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第1064話

Author: 夜月 アヤメ
成之の冷たい表情を見て、西也は思った。

―この人は、俺が若子と離婚しない限り、絶対に引かないつもりなんだ。

さすがは、立派な「叔父さん」だ。

「若子は......このこと、知ってるんですか?」

「今はまだ知らない。けれど、俺たちが伝えるつもりだ」

「駄目です!若子には絶対に言わないでください!」

西也は怒声をあげた。

「その話を若子にするのは、絶対に許しません!」

「どうして言ってはいけないんだ?」

成之は眉をひそめる。

「まだ彼女に幻想を抱いているのか?若子は、お前の従妹なんだぞ」

「従妹だったら何だって言うんですか!?」

西也の声が鋭く響いた。

「昔なんて、兄妹同士で結婚だって珍しくなかったんですよ?遠い親戚に過ぎないじゃないですか。だったら、若子と子どもを作らなければいい。それで誰に迷惑がかかるって言うんですか!」

成之はそんな西也の狂気じみた言葉に、ただ静かにため息をついた。そして、立ち上がる。

―もう、これ以上何を言っても通じない。

「西也、お前がそう思うなら、もう私から言うことはない。ただ、この結婚は、お前ひとりの意志で続けられるものじゃない。若子がどう思うかが大事なんだ」

成之の声は、どこまでも冷静だった。

「今の彼女は、お前と離婚したいと思っている。そこへきて、彼女が自分の出生の事実を知ったら......お前と一緒にいようと思うとでも?無理だ。だから、早く諦めた方がいい」

「黙れ......黙れ!!」

西也の怒りは、ついに制御不能になった。

「お前が......お前が全部ぶち壊したんだ!!」

彼は成之に殴りかかろうとし、誰が相手かも考えずに突進した。

「お兄ちゃん、やめて!!」

花が必死で彼を押さえつける。全身の力を振り絞って、ベッドに押し戻した。

「お前なんか......くたばれ!!」

バチンッ!

鋭い音が病室に響いた。

西也の手が、花の頬を打っていた。

「花......お前、俺の妹のくせに、どうしてもっと早く言わなかった!?ずっと黙ってて、みんなでグルになって......最低だ......!」

花は頬を押さえて、ぽろぽろと涙をこぼした。

言葉が出なかった。

西也にとってこの事実が、どれほど残酷か、痛いほど分かっていたから。

何度も言おうと思った。でも、最初に言えなかった。それがだん
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