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第1127話

Author: 夜月 アヤメ
「わかった、すぐ持ってくる」

修は迷いなく振り返り、車の方へと向かった。

まるで若子の言葉を一切の疑いなく受け入れているかのように。

二人のやりとりは、まるで長年連れ添った夫婦のように自然だった。

その光景に、侑子は眉をひそめる。

―どうして修は、あんなに彼女の言うことを聞くの?

言われたら、すぐに行動に移すなんて。

修は車から百合の花を取り出し、若子の前まで持ってきた。

「若子、俺が子どもを抱くから、花はお前が持ってってくれ」

「......いや、でも―」

言いかけた若子は、ふと考え込んだ。

目の前の男は、この子の実の父親。

本来なら、抱く権利だってあるはずだ。

それなのに、自分は何も言えずに―隠し続けてきた。

修はずっと、西也の子どもだと思ってる。

誰一人として、彼に真実を伝えていない。

心がきゅっと締めつけられる。

今さら何をどうすればいいのかわからない。

だから、彼女は静かにうなずいた。

「......わかった。お願い」

修はすぐに反応して、花束を侑子に差し出した。

「ちょっと、これ持ってて」

侑子は無言で受け取った。顔からは表情が消えていた。

修は、若子の腕の中から子どもを丁寧に受け取った。

そっと胸に抱き寄せる。

だが、子どもは口を大きく開けて、今にも泣き出しそうな顔をしている。

「......え?なんだ?俺、抱き方が変だったか?」

「ううん、大丈夫。たぶん人見知りしてるだけ」

二人の大人が心配そうに見守っていると―

子どもは泣き出すどころか、ぱっちりと目を開き、修をじっと見つめて......

ふっと、笑った。

その笑顔を見た瞬間、修の胸がじんと熱くなった。

―なんだろう、この気持ち。

胸の奥が締めつけられて、今にも涙がこぼれそうになる。

目の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

この子が、たまらなく愛おしく思えた。

まるで、自分の子どものように。

......いや、それはきっと若子の子どもだから。

彼女を愛しているから、だからこそ、愛おしくなる。

たとえ父親がどんな人間だったとしても、この子は若子の子どもであり、そして何よりも「罪のない命」だ。

修と子どもが触れ合っている光景に、若子は目を逸らした。

これ以上見ていたら、きっとその場で「あの事実」を口にしてしまいそうだった。
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Comments (2)
goodnovel comment avatar
barairose88
華さま、侑子の修への邪な感情を、バッチリ見抜き、警戒していますね。 ナイスフォローです。 若子の態度はとても歯がゆいですが、拗れた関係にはある程度のプロセスが必要かもしれませんね。 修は、吹っ切れて誠実になりましたね。 若子と暁ちゃんへの思いに胸が温かくなります。 華さまが、暁ちゃんを抱く修を見て、「修、若子!いつ赤ちゃんが生まれたの?」との展開にならないかな…期待です。 侑子と杏奈は破滅の道へまっしぐら、退場は思いの外近い!
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
怖 若子何かされたりするかも 修がしっかりしな キチンと見極めないと 子供の事知らせてもらえない お祖母さんがあの2人追い出して
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