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第1128話

Auteur: 夜月 アヤメ
「若子が来たのね、若子!」

若子が来たと知ると、華は嬉しさを隠せず、執事の手を借りながら階下へと急いだ。

「若子!」

「おばあさん」

若子は一歩前に出て、華を抱きしめた。

その目には、自然と涙が溢れていた。

華は若子の姿を見て、顔をくしゃくしゃにして笑った。

「ようやく来てくれたのね。おばあさん、ずっと会いたかったのよ。すっごく会いたかったの」

何か大事なことを忘れていたような―そんな感覚がずっとあった。

その正体が、目の前にいるこの子だった。

「ごめんなさい。もしまた会いたくなったら、これからはちゃんと来ます」

若子はずっと、華が自分のことを思い出さないままだと思っていた。

侑子を「若子」だと信じて、そのまま認識が戻らないのだと―

「それなら、たくさん来てちょうだい。おばあさんも年だし、先が長いわけじゃない。会えるうちに会っておきたいのよ」

「そんなこと言わないで。おばあさんは、きっと長生きします」

若子は胸がぎゅっと締めつけられるような思いで、そう返した。

華は若子の手をぎゅっと握りしめた。

「おばあさんも、長生きしたいよ。若子と修の赤ちゃんが見たいし......曾孫も抱いてみたいの」

一方で―

その光景を見ていた侑子は、胸の奥で怒りと焦りが混ざり合っていた。

これまで、どれだけこの年寄りに頭を下げてきたと思ってるの。

ずっと傍で「孫の嫁」のように振る舞ってきたのに―

どうしてこの人は、よりによって今、若子の顔をちゃんと認識してるのよ。

そのとき―

修がそっと歩み寄り、腕の中の子どもが小さく「あー、あー」と声をあげた。

華がその声に気づき、振り返ると―

「こ、これは......」

驚きで声が詰まる。

修が言おうとしたその瞬間―

「おばあさん、覚えてませんか?」

若子がすぐに割って入った。

彼の腕から、子どもをさっと抱き取って、自分の胸に抱え直す。

「修とは、もうずいぶん前に結婚してるんですよ。この子は、私たちの子です」

その言葉に―

修は、呆然と若子を見つめた。

胸の奥に、これまで感じたことのないほど強い感情が込み上げてくる。

その一瞬、修は思った。

―若子の言葉は、本当なんじゃないか。

この子は、二人の子どもなのではないかと。

けれど、視線をおばあさんへと移した途端―

その思いは霧
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Commentaires (1)
goodnovel comment avatar
hayelow488
修って、元妻と恋人を鉢合わせさせるの平気なんだ。普通は、気まずいと思うけど。
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