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第1203話

Author: 夜月 アヤメ
「私ですよ、あなたを助けた者。こんなに早く忘れるなんて、ちょっと悲しいですね。まだそんなに時間も経っていないのに」

「助けた?何の話よ......」

若子が反論しかけたそのとき、ふと一つの記憶が蘇る。

「......まさか、私を誘拐した人間?」

電話の向こうの男は、少し大げさにため息をついた。

「そんな言い方、ひどいじゃないですか。あのときだって、私はあなたを助けたんですよ?あのままだったら、命はなかった」

「助けた?誘拐して、二択を迫って、私に感謝しろって言いたいの?ふざけないで!」

男の声には、どこか寂しげな響きが混じる。

「そんなふうに言われると、さすがに傷つきますね。そんなに私のこと、嫌いだったんですか」

「ブレスレットを盗んで何がしたいの?ずっと私を監視してるの?あなた、一体何者なの!?」

若子の声が震える。怒りと恐怖が入り混じったその声が、部屋の空気を張り詰めさせた。

「そんなに一気に聞かれると、どう答えたらいいか分かりませんね。でも、どんな形であれ、私はあなたの命を救ったんですよ。それに、藤沢さんが病気じゃないことも教えてあげました。感謝してくれとは言いませんが、少しぐらい優しくしてくれてもいいのでは?」

「何が目的なの!?」若子の声が一段と強くなる。

「さあ、私にも分かりません。気分次第......でしょうか」

若子は深く息を吸い、目を閉じて感情を落ち着ける。そして目を開き、毅然とした声で言い放った。

「そのブレスレットで私を脅そうなんて無駄よ。欲しければ持っていけばいい。私は、そんなことであなたの言いなりにはならない」

「そうですか」男の声は、どこか楽しげに揺れた。「分かりました。それでは」

プツッ、と通話が切れる音が鳴った。

若子は手をゆっくりと下ろし、その場に立ち尽くす。

千景が彼女のそばに歩み寄り、表情を曇らせながら問いかけた。

「さっきのやつ......ただのストーカーか何かか?前に何かあったのか?」

若子は少しの沈黙のあと、かつての出来事を語り始めた。

その話を聞き終えた千景の顔には、うっすらと怒りの色が浮かんでいた。

「そんなことがあったのか......そりゃ、君が叔母さんとうまくいってなかったのも当然だな」

「あの出来事......もう過去のことだと思ってたのに」若子の目が少し赤くなる。
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Comments (3)
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ayako
これ何話まであるんでしょうね?完結した作品の一例としては1700話弱くらいだったので、この作品も結構終盤になってきてるのかな?若子が辛い目にあいっぱなしで可哀想過ぎるのでそろそろ心の安定をあげて欲しいです。
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hayelow488
いつもノラの思う壺なんですね。 1200話を超えました。そろそろ出し抜いてくれないとおもしろくありません。
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hayelow488
小説に本名出したら罠だって気付かれそうだけど、フィクションだからありなのかな? 早く仲間割れでもして自滅してください。
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