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第977話

Author: 夜月 アヤメ
―だめだ、絶対に死んじゃいけない。

震える手で薬をかき集めた侑子は、床に落ちた錠剤をそのまま手に取り、汚れなんて気にもせず、口の中に放り込んだ。ごくん、と無理やり飲み下す。

少しずつ、薬が効いてきた。

呼吸が落ち着き、心臓の痛みも引いていく。ベッドに戻った彼女は、天井をぼんやりと見つめながら呟いた。

「私は、絶対に死なない......何があっても生きてやる。修......私は、生きてあんたを手に入れるの。あの女なんかに渡してたまるもんか。

夫もいて、子どももいるのに、まだ修を誘惑するなんて......あの女、ほんとに最低。

修を危険に晒して、さらにまた奪おうとするなんて、どこまで浅ましいのよ。

どうせ母親も同じような女だったんでしょ。ろくでもない母親に育てられて、男と乱れて......下品でだらしない血を引いてるんだわ」

そのとき―

廊下から声が聞こえた。

「藤沢様、お帰りなさいませ」

侑子の目がパッと見開かれた。足音が、こちらへ近づいてくる。

彼女はすぐに反応した。肩紐をぐいと引きちぎるように外し、白く滑らかな肩と谷間を露わにする。

乱れた服のままベッドに横たわり、まるで酷く傷ついた花のように、儚く、美しく、哀しさを帯びた姿を演出する。

修が部屋に入ってきたとき、目に飛び込んできたのは、床一面に転がった薬、そしてベッドに横たわる侑子の姿だった。

「......!」

修の顔が一気に青ざめた。

彼はすぐにベッドへ駆け寄り、侑子を力強く抱きしめる。必死に肩を揺らしながら、名前を呼びかけた。

「侑子!おい、しっかりしてくれ!

侑子っ!」

その目には、深い不安と焦りが浮かんでいた。今すぐ病院に運ばなければ、と口を開きかけたそのとき―

侑子がゆっくりと目を開けた。

「修......やっと、帰ってきてくれたのね。待ってたのよ、どれだけ待ったか......」

彼女のその姿は、まるで何年も帰ってこなかった恋人を待ち続けた人のようだった。

「......ああ、帰ってきたよ、侑子。ごめん、どうしたんだ?具合、悪いのか?」

修の視線が薬へと移った。これはまさか―

「薬、ちゃんと飲んだか?」

「うん......飲んだよ。でも、手が滑って、薬を落としちゃって......全部撒いちゃった
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Comments (1)
goodnovel comment avatar
nami
第2の雅子誕生ですね笑 修、表の性格だけ見て騙されちゃう第二弾スタートです(笑)
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