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第7話

Auteur: キヒロ
西京市に戻ってから、夜神源(やがみ げん)は私を彼の西京市の別荘に連れて行った。

私は一ヶ月間昏睡してからようやく目を覚ました。

手や身体の傷はすでに治療されていたが、心の傷はまだ鈍く痛んでいた。

目覚めてからというもの、私は毎日ベッドに横たわり、何も話さなかった。

源は何も言わず、ただ静かに医者に栄養剤の注射を指示していた。

自分で歩けるようになると、彼は毎日別荘にやってきて、私が食事をするかを見張るようになった。

彼はいつもと同じ、落ち着いた声と鷹のような目で私に言った。

「食べて」

私がまだ幼い頃から、彼はいつもこんな調子だった。

私は反抗心から、茶碗いっぱいのご飯を無理やり詰め込んで部屋に戻った。

背後で彼の微かな笑い声が聞こえた時、私はふと気づいた。

もう七年も、こんな風にわがままを言ったことがなかったのだ。

ある日、彼の友人たちが別荘にやってきて、からかうように笑った。

「西京市じゃ、夜神家の当主が女を隠してるって噂だぞ」

「さっさと紹介してくれよ、なあ?」

「どんだけ厳重に隠してんだよ」

「こいつの心の中にいるお姫様に、俺らが簡単に会えるとでも?」

「大事にしてんだな。つーかさ、マジで美月がいなくなってから何年も独身だったよなお前。

ようやく誰かに夢中になれたんだろ?親友の娘だっていうけど、実の娘ってわけじゃないし、いつまでも家庭持たずに探し続ける必要あったのか?」

階下でそんな軽口が飛び交うのを聞いて、私は一瞬、現実感を失った。

あの頃、両親が亡くなって、行き場をなくした私は、彼に縋りつくように頼んだ。けれど彼は毅然とした態度で私を拒絶した。

花のような年頃は、外に出て咲くべきだって。

そう言われ、私は心が折れ、いっそ両親のあとを追おうかと考えていた。

そして湖畔をさまよっていたとき、偶然遼を助けたのだった。

遼と義明はとてもよく似ていた。けれど後に西京市で義明を初めて見た瞬間、私はすぐに違いを悟った。

あのときの少年の瞳にあった深い悲しみは、義明にはなかった。

その悲しみを読み取れるのは、私だけだった。

遼と結婚するために上江市に向かったとき、私は心から源に感謝していた。

あのとき源が私を突き放してくれたからこそ、私は遼との人生を歩めると思った。

私は意地になって、遼ときちんと家庭を築こうと
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