Share

第102話

Author: かおる
翔太は信じられないという顔で星を見つめた。

「でも......お母さん、まだ何があったかも聞いてないじゃないか!」

星は静かに言葉を返す。

「あなたたちだって同じよ。

事情も確かめず、いつだって私のせいにしてきたでしょう?

それに......」

そう言って、彼女は怜に目を落とし、優しいまなざしを向けた。

「私は怜くんを信じてる。

理由もなく人を殴る子じゃないもの」

ここ最近、星はずっと怜の世話をしてきた。

彼は頭の回転が早く、年齢以上にしっかりした子で、その健気さは胸を締めつけるほどだった。

夕食のあと、翔太は食べ終えるとそそくさと部屋へ戻ってしまう。

だが怜は、後片付けを手伝い、食卓をきれいにしてくれる。

食事中もさりげなく彼女に取り分け、どんな料理にも「おいしい」と笑顔を見せてくれた。

その満ち足りた表情は、見ているだけで温かな気持ちになる。

一方翔太は――ただ自分を責めるばかりだった。

そのとき、怜の声が星の思考を断ち切った。

「星野おばさん......僕が悪かった。

翔太お兄ちゃんが何を言っても、手を出しちゃいけなかった。

僕、翔太お兄ちゃんに謝りたい」

星は怜を見下ろし、問いかける。

「本当に謝る気があるのね?」

怜は真っ直ぐにうなずいた。

「うん。

謝りたい」

星の眼差しが柔らぎ、微笑が浮かぶ。

「いい子ね。

それなら、まず謝ってごらんなさい」

怜は翔太の前へ進み出て、頭を下げた。

「翔太お兄ちゃん、ごめんなさい。

僕が悪かった。

殴ってはいけなかった」

翔太は名家の子として厳しく育てられてきた。

だが結局、まだ幼い子供でしかない。

しかもこのところ怜にずっと挑発され続け、感情は揺さぶられていた。

彼はぷいと顔をそらし、鼻を鳴らす。

「ふん!」

許す気など、さらさらなかった。

怜は困った顔で星に視線を送る。

星は手を差し伸べ、励ますように微笑んだ。

「相手が許すかどうかは別のことよ。

大事なのは、自分の非を認めて、謝る勇気があるかどうか」

「怜くん、ちゃんと責任を取ろうとする姿勢は立派な男の子の証拠よ」

その言葉に、怜の瞳はきらきらと輝いた。

一部始終を見ていた幼稚園の先生たちは、ようやくはっと気づき、声を上げる。

「奥さま......もしかして、榊怜くんの保護者で
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第114話

    そのとき、清子が怜を乱暴に突き飛ばした。「何をしてるのよ!」怜は床に倒れ込み、手にしていたスプレー薬が転がり落ちる。清子は眉をひそめ、冷ややかに言った。「ここは子どもの悪ふざけをする場所じゃないの!」怜の腕には擦り傷ができ、血がにじんでいた。鼻をくしゃりとしかめ、怜は震える声で答える。「僕、悪ふざけなんてしてない」「まだ言うの?あなた、普段から幼稚園で翔太くんをいじめてたでしょう。今、翔太くんが発作を起こしてるのに、また邪魔をしにきて......本当は翔太くんを死なせたいんじゃないの?」清子の表情は真剣そのもので、声は鋭く責め立てる。「小さな子どもなのに、どうしてこんなに意地が悪いの?」怜は必死に首を振った。「違う!僕は翔太お兄ちゃんを助けたいだけだよ!」雅臣の眼差しも冷たく光る。「なら、さっきのお前の行動は何だ?」怜はすくみ上がりながらも、弱々しく答える。「助けようとしたんだ......」「嘘をつかないの!」清子がきつく言い放つ。「嘘じゃない!星野おばさんがそう言ったから、僕はその通りにしただけ!」「ふん」清子は鼻で笑った。「ここには専門医がいるのよ。なのに、医者の言うことを無視して、あの人の言葉を信じるって?」怜は真っすぐに言い返す。「だって......星野おばさんは翔太お兄ちゃんのママだもん。誰よりも翔太お兄ちゃんのことをわかってる」その言葉に、雅臣の瞳は鋭く細められ、冷たい殺気が漂う。「もし翔太に何かあったら......たとえ子どもでも、俺は絶対にお前を許さない」その時だった。「見て!あの子の様子が良くなってる!」人ごみから驚きの声が上がる。雅臣ははっとして翔太に目を向けた。火照っていた顔色は落ち着き、呼吸も楽になっている。赤い発疹は残っていたが、痙攣は止まった。医師も思わず目を見張る。床に落ちていたスプレーを拾い上げると、市販では見かけない薬だと気づいた。嗅ぐと薬の匂いがする――特別に調合されたものだ。星は翔太の容体が安定したのを見て、張り詰めていた気持ちが一気に切れた。その場に崩れ落ち、肩で大きく息をつきながら虚脱したように座り込む。その様子を見た周囲の人々は顔を見合わせ、彼女

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第113話

    涙に濡れた目で、清子が訴えかける。「星野さん、お願いだからもう時間を無駄にしないで。このままじゃ、翔太くんにもしものことがあったらどうするの!」星は雅臣に手首を強く押さえつけられ、さらに清子に道を塞がれ、額に汗がにじむ。――翔太は十月十日、自ら命を懸けて産んだ子だ。たとえどんなに失望させられても、目の前で死なせるわけにはいかない。彼女の瞳がぎらりと光り、一気に清子を突き飛ばした。「きゃっ!」清子は思いがけずよろめき、後ろに倒れ込む。「清子!」雅臣は顔色を変え、とっさに星の手を離して清子を支えた。その隙を逃さず、星は救急処置をしようとした医師に向かって突進する。清子はその動きを目ざとく見つけ、叫んだ。「雅臣、早く止めて!」だが、もう間に合わなかった。清子はすぐさま周囲の客に助けを求める。「どなたか力を貸してください!この子を救えたら、必ずお礼をいたします!」その言葉を合図に、星の近くにいた客たちが一斉に飛び出した。もともと、救助を妨害している星を疎ましく思っていたところに、「人助け」と「謝礼」という大義名分が加わったのだ。「放して!放してよ!」星は必死に暴れるが、数人がかりで両腕を押さえ込まれ、身動きが取れない。嗄れた声で叫ぶ。「私のバッグに薬があるの!それを使えば......!」だが清子がすかさず言葉を遮った。「星野さん、もうやめて!これ以上治療を遅らせないで!」男たちに押さえ込まれ、星はなおも必死に雅臣を睨みつける。「私はこの子の母親よ!生まれてからずっと私が世話をしてきた!誰よりも翔太の体を知っている!雅臣、あなたは私より他人を信じるの!」清子が一歩前に出て、涙ながらに責めるように言う。「星野さん、家を空けて子どもを放っていた時は母親の自覚なんてなかったのに。いざ子どもが危険になると、逆に救助を妨げるなんて、動機を疑わざるを得ないわ」その一言で、見物していた人々はざわめいた。「なんだって......この人が母親?」「子どもを放っておいて、危ないときに邪魔をするなんて」「こんな母親いるか?冷たすぎる」「どうせ再婚したくて、子どもを厄介者扱いしてるんだろう」「やっぱり女は怖いな......」根

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第112話

    事態は一刻を争う。星は男と口論している暇などなく、必死に言い放つ。「雅臣、放して!これ以上ぐずぐずしていたら、翔太の命が危ない!」清子が慌てて星の前に立ちはだかる。「星野さん、気持ちはわかるわ。でも私たちは医者じゃないのよ、素人が下手に手を出せば、かえって悪化させかねないわ!専門のことは、専門家に任せるべきでしょう?」「専門家?」星の口元に冷笑が浮かぶ。「もし本当に専門家なら、最初から何も考えずに心肺蘇生なんてしないはずよ!」男の顔は真っ赤になった。「呼吸困難だ!心停止のリスクもある!先に心肺蘇生で安定させるのが何の間違いだ!」「それにあんた、この人が20億払うと聞いて欲に目がくらんだんだろ!知ったかぶりして邪魔するな!」清子は涙混じりに訴える。「星野さん、今は命が最優先なのよ!もしお金が欲しいなら、この先生が助けてくれたあとで渡せばいいじゃない!」雅臣の脳裏に、以前の光景がよぎった。――星は翔太を家に置き去りにして、よその子を世話していた。その怒りが甦り、視線に険が宿る。「星、金が欲しすぎて頭がおかしくなったのか?翔太がこんな状態なのに、まだ金のことを言うのか!」周囲の人々も口々に非難を浴びせる。「ひどい......子どもの命より金だなんて!」「お嬢さん、これは人の命がかかってるんだ!一秒が勝負なんだ、邪魔するな!」「もしこの子に何かあったら、あなたの責任になるんだからね!」星は必死で翔太のそばへ行こうとするが、雅臣に手首をがっちりと掴まれた。必死にもがくが、どうしても振りほどけない。目尻に涙をにじませ、星は歯を食いしばる。「雅臣、もしそのヤブ医者に任せれば、翔太は死ぬ!私は母親よ!一番よくわかってる!」雅臣の瞳に一瞬だけ迷いが走る。そこへ清子が泣き声で縋る。「雅臣!早く助けてあげて!翔太くんの容体は本当に危ないのよ!」男は思わず身を引いた。――この女が本当に母親?ならば病状も知っているはずだ。だが、頭をよぎるのはあの20億だった。揺れ動きながらも、結局は欲に負け、彼は翔太に手を伸ばす。星はその動きを見て、ほとんど錯乱したように叫んだ。「触らないで!本当に助けたいなら、翔太の

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第111話

    翔太の顔に、突如として赤い発疹が浮かび上がった。頬は火照り、息は荒く、身体は小刻みに痙攣している。今にも気を失いそうな様子だった。雅臣は慌てて翔太のもとへ駆け寄り、名を呼んだ。だが反応はない。すぐに呆然と立ち尽くす清子に怒鳴る。「救急車を呼べ!」清子はその声に我に返り、青ざめた顔で慌てて電話をかける。レストランの客たちも騒然とした。「アレルギー反応だ!すぐ処置しないと危ないぞ!」「救急車を待ってたら間に合わないかもしれない!」清子は涙に声を震わせる。「雅臣、どうすればいいの......?」雅臣は眉間に深い皺を刻み、唇を結ぶ。彼にとっても初めて見る症状だった。だが素人判断で翔太を動かすわけにもいかない。彼は鋭い視線を巡らせ、低い声で叫んだ。「医者はいないのか!誰でもいい、この子を救えるなら20億払う!」20億。その言葉に、場内は一斉にざわめいた。他人が言えば大げさな冗談で済まされたかもしれない。だが雅臣の佇まいからすれば、それが虚言でないことは誰の目にも明らかだった。大金の響きに釣られて、一人の男が前へ出た。「見せて!」雅臣の冷ややかな眼差しが突き刺さる。「助けられるのか?」一瞬ひるんだものの、男はすぐに気を取り直した。「私は医者だ」確かに彼は医師だった。だが専門は外科で、小児科ではない。それでも――20億の誘惑に勝てなかった。男は慌てて証明書を差し出す。「ほら、これが医師免許だ」雅臣は目を細め、それを確認すると少し表情を和らげた。男は翔太の容体を見て、心肺蘇生を行おうと身構える。その瞬間。「待って!」澄んだ女性の声が空気を裂いた。男は手を止め、驚いて振り返る。人垣を押し分け、星が駆け込んでくる。先ほど洗面所に立っていた彼女は、騒ぎに気づき、不安に駆られて駆けつけたのだった。そこに倒れているのが翔太だと知り、血の気が引く。さらに、見知らぬ医師が心肺蘇生を始めようとしているのを見て、慌てて声を上げた。清子が取り乱して叫ぶ。「星野さん、止めてどうするの!今は一刻を争うのよ!このままじゃ救急車が来る前に――」「星野さん、やらせて!この先生に救わせて!」星の瞳は氷のように冷た

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第110話

    「怜くんにあるものが翔太くんになければ、どんなに傷つくかしらね。翔太くんだって怜くんに負けていないのに。星野さんはどう考えているのかしら、あんなふうに翔太くんをいじめる子を庇うなんて」清子の言葉に、翔太は無意識に拳を握りしめた。――そうだ。母は自分を差し置き、他の子の味方をしている。怒りが胸に渦を巻いた。清子は隣の店員に声をかけた。「すみません、あちらのテーブルと同じものをお願いします」店員が「かしこまりました」と笑顔で答え、ほどなく星と怜が食べていたのとまったく同じ料理を運んできた。子ども用のスイーツが中心で、ミルクシェイクに生クリームのケーキ、ミルクティーまで並んでいる。清子は思わず口にした。「このお店、デザートが名物なんだって。星野さん、ほんとによく知ってるわね」翔太が憤然と声をあげる。「僕たち、何度も来たのに......ママは一度も頼んでくれなかった!それどころか、絶対に食べちゃだめだって言ってた!」雅臣はテーブルを見下ろし、静かに言った。「どれも乳製品だ。お前の体を心配してそう言っただろう」清子の眉がわずかに跳ね、思わず雅臣を見た。――彼が星の肩を持つなんて。今までにないことだった。清子は目を伏せ、翔太に穏やかに声をかける。「翔太くん、体調のことはわかっているでしょう?さっき約束したじゃない。ほんの一口だけにしようって。守れるよね?」翔太は唇を尖らせ、しょんぼりとうなずいた。「......はい」清子は約束どおり、一口だけを分けてやると、それ以上は与えなかった。翔太は名残惜しそうにしながらも、自分の料理を大人しく食べはじめる。だが胸の奥には、母への恨みがさらに積もっていった。――おばあちゃんも、清子おばさんも言っていた。母が自分を身ごもったとき、ちゃんと守らなかったから、こんな弱い体で生まれたんだって。だから母が自分に尽くすのは当然のこと。これは全部、母が償うべきなんだ。食事の最中、雅臣の携帯が鳴った。画面を見て、彼は眉をひそめる。発信者は雨音だった。席を立ち、電話に出る。「どうした?」受話口から、雨音の声がせっぱ詰まったように響く。「この前の薬、お母さんが叩き落として壊しちゃったの。ここ数日

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第109話

    清子の瞳に、ふっと光がよぎった。彼女は眉を寄せ、わざとらしく問いかける。「雅臣、あの怜って子......星野さんとどういう関係なの?どう見ても、翔太くんよりずっと怜って子の事を可愛がっているように見えるんだけど」雅臣は、それまで星に意識を向けていなかったが、その言葉に眉を動かし、視線をやった。ちょうどそのとき、怜が何かを言ったのか、星がやさしく笑みを浮かべ、ティッシュで怜の口元を拭ってやっていた。怜も顔を上げ、眩しいほどの笑顔を星に返す。その眼差しには、母を慕うような憧れと信頼がいっぱいに宿っていた。――その光景は、翔太の胸を鋭く抉った。かつては自分も、母に同じように世話を焼いてもらっていた。だが今は、母は家に帰ってくることもなく、自分を顧みてもくれない。「パパ。ママはあの悪い子がいるから、もう僕のことなんていらないじゃないの?」雅臣が口を開く前に、清子が先に優しい声で答えた。「そんなことないわ。星野さんはただ、あの子に惑わされてるだけ。あなたは彼女の本当の子なんだから、見捨てられるわけがないでしょう?」「でも、さっきだってあの子の味方をした!」翔太は思い出すだけで腹が立ち、ますます母に不満を募らせる。「ふん!お母さんなんていらない!僕だって、あんな母親こっちから願い下げだ!」清子はそっと翔太の小さな手を握り、温かい声で囁いた。「大丈夫よ。たとえママがあなたを捨てても、清子おばさんがずっと傍にいるわ」翔太は感激して彼女を見つめた。「やっぱり清子おばさんが一番」そう言ったきり、ふと瞳が潤む。「でも......清子おばさんも、あと半年しかいられないんだよね」清子の表情が一瞬凍りつく。――そうだ、自分の病のことを忘れていた。だがすぐに目を潤ませ、悲しげに微笑んだ。「私だって翔太くんを置いていくのは辛いわ。本当に私がいなくなったら......翔太くんはどうしたらいいのかしら」「嫌だ!」翔太は清子にしがみつき、涙声で叫んだ。「清子おばさん死なないで!僕を置いて行かないで!」雅臣はそんな二人を静かに見つめ、口を開いた。「勇が言っていた。知り合いには、葛西という腕の立つ先生がいるらしい。見つけ出せれば、病の進行を遅らせ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status