ログイン星は驚いて聞き返した。「ものすごくいい知らせ、ですか?」葛西先生は笑いながら言った。「お前の手が、治るかもしれん」星は一瞬、言葉を失った。聞き間違えたのかと思った。「葛西先生……今、何て?」葛西先生は笑みを含んだまま、もう一度繰り返す。「星、お前の手は、六割の確率で回復する見込みがある」六割。それは十分に高い可能性だった。星は思わず指先に力を込める。「葛西先生、本当なんですか?」葛西先生はふんと鼻を鳴らした。「わしがいつ、お前に嘘をついたことがある?」星は尋ねた。「先生が、新しい治療法を見つけてくださったんですか?」葛西先生はわざとらしく咳払いをした。「いや、それは違う。この手の手術は、わしの専門分野ではないんじゃ」そこで言葉を継ぐ。「だが、その分野に長けた専門家を見つけた。お前の状態を見てもらったところ、六割は見込めると言っておった。星、時間のある時にこちらへ来て、詳しい検査を受けてみるといい」自分の手を治せる医師を、葛西先生が見つけてくれた――それは星にとって意外でもあり、けれどどこか納得もできることだった。あれほど卓越した医師なのだ。それ以上に優れた医師を何人か知っていても、不思議ではない。だが、なぜかその瞬間――星の脳裏に、怜央の姿が浮かんだ。彼もまた、自分の手を治せる医師を見つけたと言っていた。星は言う。「今はM国にいるんです。来週には戻れると思います」葛西先生は頷いたような声で答えた。「そうか。戻ったら忘れず連絡しなさい」電話を切ったあと、葛西先生は背後に立つ、若く冷たい雰囲気の男を振り返った。その表情は一気に険しくなる。「こうなるくらいなら、最初からあんな真似をしなければよかったんじゃ。星の手を潰した時、自分の逃げ道を何ひとつ残さなかった。そのせいで、今では自分がこんな有様じゃ。身体まで壊し、命まで落としかけて」視線は鋭い。「せっかく星の手を治せる医者を見つけたくせに、自分では表に出てこん。相手に受け入れてもらえんのが怖いんじゃろう」そして容赦なく言い放つ。「怜央、お前はまったく自業自得じゃないか?」怜央の顔色は、病的なほど白かった。彼は仁志に撃たれ、そのまま海へ落ちた。救い上げられた時には瀕死で、本当
星はどうにか気力を振り絞り、翔太に付き添って遊園地を回っていた。だが昼食を終えて間もなく、また強い眠気が襲ってくる。少しでも目を閉じれば、そのまま眠ってしまいそうだった。その様子を見て、翔太が不思議そうに尋ねる。「ママ、最近ちゃんと休めてないの?」星は少し間を置いてから答えた。「……うん」翔太は気遣うように言った。「ママ、ちゃんと休めてないなら、先に帰って休んでいいよ?大事なことがあるなら、そっちをやって。また時間ができた時に会いに来てくれればいいから」その言葉に、星の胸が痛んだ。本当に何か大事な用事があるのなら、まだよかった。けれど実際は――ただ、あの夜のせいなのだから。星は薄々分かっていた。それでも、仁志を責めるような言葉はどうしても口にできない。翔太が危険な目に遭うたび、彼は命がけで助けてくれた。そんな彼を責める資格なんて、自分にはない。それに――美咲が言っていた通り、自分は仁志が向けてくれるほど、まっすぐで一途な想いを返せていない。だからこそ、今のように黙って受け入れることしかできなかった。雅臣は、深く星を見つめる。「星、つらいなら先に帰ったほうがいい。Z国を発つ時は、その時にまた見送りに行く」星の声はとても小さかった。「……ごめん」雅臣は静かに言う。「帰りな。見えないところで、お前を守っている人間がいる。だから俺は送らない」星は一瞬きょとんとしたが、すぐに気づいた。彼の言う守っている人間とは、きっと仁志がつけている者たちのことだ。あの二度の件があってから、彼がもう二度と不測の事態を許すはずがない。星はそっと翔太を抱きしめた。「分かった。じゃあ、ママは先に帰るね」遊園地を出て、タクシーを呼ぼうとしたその時――入口の前に、すらりとした見覚えのある影が立っているのが見えた。人通りは多い。けれど仁志は、ひと目でそれと分かるほど目を引いた。若い女の子たちが何人も携帯を向け、頬を赤くしながらこっそり写真を撮っている。けれど本人は、そんな視線などまるで気にも留めず、淡々とそこに立っていた。やがて彼は、彼女の視線に気づいたように顔を上げる。そして、迷いなくまっすぐ星を見つけた。その瞬間、彼の瞳には星が落ちたような光が宿る。澄んでいて、眩しいほどだった。
スカーフの下から、まだらに残る濃い痕がかすかに覗いていた。雅臣は、心臓を大きな手で強く鷲づかみにされたような感覚に襲われた。息が詰まり、痛みが走る。覚悟はしていたはずだった。それでも、こうして実際に目にしてしまうと、言葉にできないほど苦しかった。この瞬間になってようやく、はっきりと思い知らされる。――本当に、星を失ってしまったのだと。まだ時間は早かった。翔太への埋め合わせとして、星は映画を観に行こうと提案した。一秒でも長く星と一緒にいられるなら、それだけで翔太は嬉しかった。彼はすぐに手を叩いて喜ぶ。「いいね!パパとママと三人で映画館に行くの、ぼく初めて!」以前、星が翔太を映画に連れていったことはあった。だが雅臣は仕事が忙しく、一度も一緒に行けなかった。今日は翔太と過ごすためでもあり、少しでも長く星のそばにいたいという思いもあって、雅臣は一日まるごと予定を空けていた。当然、反対する理由などない。映画館に着くと、雅臣は手際よくチケットを買った。上映中、翔太を挟むように、星と雅臣が左右に座る。初めてパパとママと一緒に映画を観る翔太は、見るからに嬉しそうだった。だが、上映が始まって十分ほど経つと、星は眠ってしまった。映画が終わるまで、彼女は一度も起きなかった。エンドロールのあと、雅臣にそっと起こされる。「星、終わったよ。もう帰れる」星は目を開けた。館内の照明はすべて点き、客もほとんど帰りかけていた。よく思い返してみても、映画の内容がまったく思い出せない。つまり、始まって間もなく眠ってしまっていたのだ。翔太に付き合って映画を観るつもりが、結局、丸々一本眠り通してしまったことになる。星は時間を確認し、言った。「翔太、晩ごはん何が食べたい?ママが連れていってあげる」だが、翔太が口を開く前に、雅臣が先に言った。「星、今日はもう帰って休んだほうがいい。翔太とはまた明日、ちゃんと過ごせばいい」星は十分に休めておらず、もうすっかり気力を失っていた。正直、これ以上はかなりきつい。無理をしても空回りするだけで、満足に付き合ってあげることはできないだろう。そう思い、彼女はもう頑張るのをやめた。「……分かった。じゃあ、今日は先に帰って休むね」雅臣は言う。
仁志は、ローテーブルの上に置かれていた一冊の本に目を留めた。薬膳に関する本だ。明らかに、かつて星が読んでいたものだった。その時、扉の方から、低く冷ややかな男の声が響く。「ここに来るとは、正直意外だった」仁志が振り返ると、入口には雅臣が立っていた。翔太は父の姿を見るなり、嬉しそうに声を上げる。「パパ、おかえり!」雅臣は軽く頷き、息子に言った。「翔太、先にママのところへ行っていなさい。仁志さんと少し話がある」翔太は素直に頷き、部屋を出ていった。彼が去ると、雅臣は部屋の中へ足を踏み入れる。「どうだ?ここを見て、何か感じるか」仁志は淡々と答えた。「雅臣の見る目のなさに、感謝すべきかな」「……」一瞬、沈黙が流れる。やがて雅臣が口を開いた。「彼女が出ていってから、この家のものには一切手をつけさせていない。いつか戻りたくなった時、いつでも帰ってこられるように」仁志の唇に、薄い笑みが浮かぶ。「正妻の座にいながらそれを手放して、今は自ら控えに回るとは。だが、残念ながら――」その視線が冷たく光る。「お前が待ち続けても、彼女は戻らない。俺がいる限り、絶対に」そう言い残し、仁志は立ち去ろうとした。その背に、雅臣の静かな声がかかる。「二人の関係を壊すつもりはない。だが、機会を逃す気もない。ここを見たお前なら分かるだろう。一度刻まれた痕跡は、そう簡単には消えない。俺に可能性がないわけじゃない」仁志はわずかに唇を歪めた。どこか邪気を帯びた笑みだった。「それはどうかな」それ以上は何も言わず、彼はそのまま部屋を後にした。雅臣は去っていく背中を見つめ、わずかに眉をひそめる。――あの最後の目。どこか妙だった。その後、雅臣が戻ってきてしばらくしてから、星と仁志も屋敷を後にした。帰り際、翔太が念を押すように言う。「ママ、週末の親子イベント、忘れないでね!」星は微笑んだ。「うん、忘れないよ」……ベッドサイドで、携帯がずっと震えていた。星はようやく目を開け、ぼんやりと手を伸ばして携帯を取る。「……もしもし?」声はひどく掠れていた。受話器の向こうから、雅臣の落ち着いた声が届く。「星、今どこにいる?」まだ頭がはっきりしないまま、彼女は聞き返した。
別荘に入ると、そこは星が去った時のままだった。置物の位置に至るまで、何ひとつ変わっていない。玄関では田口が、少し興奮した様子で星を出迎えた。「奥様、お久しぶりでございます!またお会いできて、本当に……!」星と田口の関係は良好だった。雅臣と結婚して以来、田口はずっとこの家で働いていたのだ。懐かしい顔を見て、星も柔らかく微笑む。「久しぶりね」一度言葉を切り、静かに続けた。「私、雅臣とはもう離婚したの。これからは星と呼んで」田口は慌てて頷いた。「はい……つい癖で……申し訳ありません」その時、田口は星の隣に立つ若く整った顔立ちの男に気づき、少し驚いた。「こちらの方は……?」星は微笑んで紹介する。「私の婚約者、仁志」そして振り返り、彼に言った。「仁志、この方が前に話した田口よ。この五年間、ずっと私を支えてくれたの」仁志は丁寧に挨拶した。星は尋ねる。「翔太は?」「翔太様はお部屋で勉強中です。神谷様は急用で外出されましたが、すぐお戻りになるとのことです。奥様……いえ、星野様がいらしたら、ご自由にとのことでした」星は軽く頷いた。「先に翔太のところへ行ってくるね」久しぶりに戻った場所だったが、体はすべてを覚えていた。彼女は迷うことなく、仁志を連れて二階へ向かう。仁志は周囲に興味を示し、あたりを見回しながら家の様子を観察していた。やがて二人は、翔太の部屋の前にたどり着く。星はそっとドアをノックした。「はーい」幼い声が中から返ってくる。ドアが開いた瞬間――そこに立っていたのが星だと気づいた翔太は、目を大きく見開いた。「ママ!?どうして……来てくれたの!?」雅臣はサプライズにしたかったのか、事前に何も伝えていなかったらしい。その驚きようを見て、星は彼の意図を察し、微笑んだ。「翔太、体の調子はどう?」「もう全然大丈夫!あと数日で小学校にも行けるよ!」その言葉に、星は一瞬はっとした。――もう、小学生になる年齢なんだ。翔太は期待に満ちた目で彼女を見つめる。「ママ……今回は、少し長くいてくれる?」星は優しく尋ねた。「何かお願いがあるの?」翔太はこくりと頷く。「今度の週末、学校で親子イベントがあるんだ……ママ、一緒に来てくれる?」
雅臣はそれ以上何も言わず、その知らせだけを星に伝えると、電話を切った。火を放ったのが誰なのか――それについて、星も雅臣も口にはしなかった。そんなことができる人間は、能力の面でも動機の面でも、そう多くはない。仁志が戻ってきた時、星が起きているのを見て、その瞳に一瞬だけ光が走った。彼は彼女の前まで歩み寄る。「星、いつ起きた?」「今、ちょうど」星は彼を見上げた。「仁志、さっきどこに行ってたの?」仁志は淡々と答える。「美咲に、早めに出ていくよう伝えてきた。ここにいられると目障りだし、俺たちの邪魔になる」その態度は、とても元妻に向けるものとは思えなかった。もっとも――星が雅臣に向けていた態度は、それ以上に冷たいものだった気もする。星は言った。「明日、翔太に会いに行こうと思うの。仁志も一緒に来て」仁志はあっさり頷いた。「いいよ」……翌日。仁志は約束通り、星の指にはまっていた指輪を溶かして外させた。指輪が外れると、指にはくっきりと跡が残っていた。しばらくすれば消えるものだ。それでも今は、どうしても目についてしまう。美咲はすでに去っていた。別れの挨拶はなく、ただ一通のメッセージだけが残されていた。――何かあれば、いつでも連絡して。仁志は、その指に残る跡をじっと見つめる。その表情からは、喜怒のどちらも読み取れなかった。星が何か言おうとした時、彼は先に彼女の手を取った。「次は、もっといい指輪を作る。高温でも簡単に溶けないし、そう簡単には外れないものを」星はその手を握り返した。「……うん」指輪の件を片づけたあと、二人は翔太の見舞いに向かった。翔太は今も、星と雅臣が五年間暮らしていたあの家に住んでいる。見慣れた別荘の門の前に立った時――星は一瞬、現実感を失った。離婚を決めてから、一度もここには戻っていない。隣で、仁志もその屋敷を見上げていた。「ここが……昔、お前が住んでいた場所か?」星は我に返る。「うん、そう」「入ろう」そう言われても、彼女は少し躊躇した。翔太とは頻繁に電話している。この家の中が、自分が出ていった時のまま、何一つ変わっていないことも知っていた。あの時は、過去と完全に決別するつもりで、持ち出した荷物も少なかった。







