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第1884話

Author: かおる
帰り道。

星はしばらく考えた末、やはり聞かずにはいられなかった。

「仁志。朝陽がどこにいるか、知ってる?」

ハンドルに添えられた仁志の手が、ほんのわずかに止まる。

だがすぐに、何事もなかったように答えた。

「知らない」

「じゃあ、誰が彼を拉致したのかは?」

「彼は多くの人間に恨まれている。誰であってもおかしくない」

星は長いまつげを伏せ、そのまま黙り込んだ。

……

雲井家。

誠一から電話を受け、朝陽が失踪したと知った明日香は、ただでさえ白い顔をさらに青ざめさせた。

朝陽が失踪した。

葛西家の当主である彼が、まさかこんな形で姿を消すなんて。

明日香の脳裏には、ほとんど反射的に仁志の顔が浮かんだ。

「この件、絶対に仁志が関わってるわ!」

誠一は息を吸い、先ほど葛西先生のもとで起きた出来事を、すべて明日香に話した。

聞き終えた明日香は、長いあいだ黙り込んだ。

胸の奥が、じわじわと冷えていく。

自分が仁志に関する調査資料を朝陽に渡した。

その直後に、朝陽が突然失踪した。

そう考えずにはいられなかった。

仁志は、当主でさえ拉致する男なのだ。

では、次
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