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第464話

Author: かおる
瑛は眉をひそめ、きっぱりと言い放った。

「無理よ。

その時期は私の大事な親友が音楽会を開くの。

もう彼女の特別ゲストを引き受けると約束しているの」

兄の和泉彦一(いずみ ひこいち)は強い調子で応じる。

「もしそれが晴子なら断ればいい。

だが、澄玲なら......」

言葉を切り、さすがに簡単ではないと気づいた様子を見せた。

「澄玲を優先しろ。

ただ、開催日は必ずしも同じじゃない。

神谷雅臣に顔を立てると思って、一度だけ足を運んで、象徴的に一曲弾けば十分だ」

瑛は冷笑した。

「じゃあ、雅臣に伝えて。

愛人のために、元妻からゲストを横取りして脅す――それがどれほど下劣かって」

彦一は目を見開いた。

「元妻?

愛人......?」

瑛の声は冷水のように澄み切っていた。

「雅臣の元妻は、私の親友よ。

彼女は彼のためにキャリアを諦め、家庭に尽くした。

なのに彼は裏切って愛人を作った。

いま彼女は離婚して、再び自分の道を歩こうとしている。

その会に私を招いてくれたの。

あなたは私に、親友を裏切って、彼女の家庭を壊した愛人のために力を貸せって言うの?」

彦一は長い沈黙ののち、言葉を失った。

利益第一の彼でさえ、この状況では厚顔無恥な要求を押し通せなかった。

もし相手が他人なら、星を差し置いてでも協力を求めたかもしれない。

だが、親友の家庭を壊した愛人のために、瑛に親友を裏切らせるなど――さすがに口にできなかった。

それに、瑛は澄玲とも深い縁がある。

和泉家もそのつながりで志村家と関わりを持ち、多くの利益を得てきた。

わざわざ瑛を怒らせる理由はなかった。

彦一は声を和らげた。

「瑛......俺も立場がある。

だからこうしよう。

澄玲に頼んでみないか?

彼女が動けば、雅臣も和泉家に無理は言えないはずだ」

和泉家の人間はみな利益を重んじ、瑛が音楽を学ぶと言い出した時も誰ひとり支持せず、逆に「反抗的だ」と援助を断ち切った。

そんな中、陰ながら彼女を支えてくれたのは、彦一だった。

だからこそ瑛は、これほど多くを語り、今も兄に気を遣っている。

「......分かったわ。

澄玲に聞いてみる」

星のスタジオにて。

顔をそろえた友人たちは、雅臣が自分たちを特別ゲストに招こうとしていることを、すぐに打ち明け合った。

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Comments (3)
goodnovel comment avatar
あき
星、読者もみんな同じ気持ちよ。
goodnovel comment avatar
橋田光代
雅臣…アンタもいい加減気づけよ!最終のカモは自分なんだって。 清子…ここまでやらかして、仮病がバレた時の事を考えてんのか?雅臣が「奇跡だ」とかで騙されてくれると思ってんのか?…いや~騙されそう…(-_-;)
goodnovel comment avatar
しょう
もっとやれ!とことんやれ! これ以上何も奪わせるな! 頑張れ星ちゃん!
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