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第98話

Auteur: かおる
「あなたにはあなたの立場がある。だから私は、責めたりしないし、怒るつもりもないわ」

星は穏やかな表情のままそう言ってから、静かに続けた。

「......鈴木さん、私これから用事があるの。先に失礼するわね」

さっきまで「航平」と呼んでいたのに――

今はもう「鈴木さん」に戻っていた。

「星......」

何かを言いかけた航平だったが、彼女はそれを遮るように彩香の手を取り、そのまま振り返ることなく立ち去った。

置いてけぼりにされた航平を一瞥しながら、彩香は小声で尋ねた。

「ねえ星、あの人......あんたに会いに来たの?」

興味津々な顔つきで、さらに続ける。

「ていうか、いつの間にそんなに航平と仲良くなったの?」

星はため息まじりに答えた。

「あなたが雅臣に連れ去られて、私が病院に乗り込んだ時に、偶然彼と会ったの。事情を話したら、あなたの行方を調べてくれるって言ってくれて」

そこで星の声が一瞬だけ止まり、その瞳には冷たい光が宿った。

「......でも、あれは偶然じゃなかった。最初から、私が来るのを待ってたのよ」

「......待ってた?」

彩香が眉をひそめる。

星はそれまでの経緯を手短に説明し終えると、ぽつりと言った。

「きっと、雅臣が仕組んだことだったんだと思う」

それを聞いた彩香は少し黙り込み、やがて真剣な目で言った。

「ねえ、星。あなた......もしかしたら彼のこと、誤解してるのかもしれない」

「......誤解?」

「よく考えてみて。仮にあの場に雅臣がいたとしても、認めなければどうにもならなかったでしょ?なのに、わざわざ航平を立たせておく意味って、ある?」

「それに、もしかしたら――本当に私の居場所を掴めなかったのかもしれないし。もしくは、助けたくても動けない事情があって、私が解放されるまで黙ってたのかもしれない」

彩香は星の目をじっと見つめながら、言葉を続けた。

「だってさ、今回、雅臣がやけに素直に私を解放したの、不自然じゃない?清子に謝れって言われただけで済んだんだよ。裏で誰かが動いたと考える方が自然じゃない?」

「私はね――たぶん、航平が何か言ってくれたんだと思ってる」

「もしそうだとしたら、彼に助けられたのに、あんたが一方的に疑ってるってことになる。それってちょっと可哀想じゃない?」

星は言葉に詰
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