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失われた君

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By:  悪くないCompleted
Language: Japanese
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喜多野市女子刑務所。 桑名紅葉は無表情のまま刑務所の門の前に立ち、すっかり様変わりした外の世界を眺めていた。 看守が、彼女が入所前に所持していた私物を手渡し、言い聞かせる。 「桑名、出所したら真っ当に生きるんだ。二度とここへ戻ってくるなよ」 重い足取りで、一歩、また一歩と外へ向かう。 苦笑を浮かべながら思う。 真っ当に生きる? これ以上、一体どうすれば真っ当に生きられるのだろうか。

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Chapter 1

第1話

喜多野市女子刑務所。

桑名紅葉は無表情のまま刑務所の門の前に立ち、すっかり様変わりした外の世界を眺めていた。

看守が、彼女が入所前に所持していた私物を手渡し、言い聞かせる。

「桑名、出所したら真っ当に生きるんだ。二度とここへ戻ってくるなよ」

重い足取りで、一歩、また一歩と外へ向かう。

苦笑を浮かべながら思う。

真っ当に生きる?

これ以上、一体どうすれば真っ当に生きられるのだろうか。

二十年間、紅葉は誰に対しても誠実に接してきた。

それなのに、かつて「一生愛する」と誓った男、副島紘によって、彼女はこの刑務所へと送られた。

刑務所に入る前、彼女は喜多野市で誰もが羨む名家の令嬢だった。

才気あふれ、美貌も兼ね備え、アメリカへの留学を経て数々の栄誉とトロフィーを手にし、華々しく帰国した。

幸せな家庭、優しい両親、理解ある弟、そして彼女を深く愛する婚約者。

だが、すべては「寺島寧々」という女の存在によって一変してしまった。

何よりも皮肉なのは、その寧々が、もともと紅葉の「身代わり」にすぎなかったことだった。

初めて彼女を見たのは、紅葉がアメリカから帰国した日だった。

紘は自ら空港まで迎えに来て、彼女のために盛大なパーティーを開いた。

友人たちは皆集まり、彼女の帰国を祝うと同時に、紘がついに長年想い続けてきた幼馴染と結ばれることを祝福していた。

そんな華やかなパーティーの最中、寧々は胃薬の箱を手に、しおらしげに現れた。

彼女は何度も紘の酒杯を取り上げようとしたが、その度に無情に突き放された。

それでも彼女は怒ることなく、ただ心配そうに彼を見つめ続けていた。

「紘、お酒は控えて。飲みすぎると、また夜中に胃が痛くなるわ」

その瞬間、紅葉は知った。

彼女が留学していた数年間、紘は彼女への恋しさに耐えかね、紅葉に似ていた女性をそばに置き、「身代わり」にしていたのだと。

寧々は紘を狂おしいほどに愛していた。

自分が「身代わり」にすぎないと知りながら、それでも彼を想うことをやめなかった。

紅葉が不在の間、彼女はずっと紘のそばに寄り添い、彼のためにすべてを尽くした。

紅葉に少しでも近づくために、彼女はダンスを習い、ピアノを学び、毎日紅葉の写真を見ながら、笑顔の角度すらも彼女に寄せようとした。

紘が紅葉を想い、冷風に当たり熱を出せば、彼女は一晩中そばで看病した。

夜中に彼が手作りのおにぎりを食べたがれば、彼女はすぐに起きて作った。

彼の代わりに酒を飲み、胃に穴が開くほどの苦しみを味わった。

それでも、紘にとって彼女は「ただの身代わり」でしかなかった。

彼の態度は終始冷たく、紅葉に対するそれとは天と地ほどの差があった。

紅葉を一日も早く帰国させるため、彼は毎日メッセージを送り、ビデオ通話を欠かさず、彼女に送る贈り物をアメリカへと届け続けた。

そして彼女が帰国するや否や、すぐにプロポーズした。

それ以来、紅葉の前から寧々の姿は消えた。

彼女の最後の消息は、紅葉と紘の世紀の結婚式の場で知らされた。

二人の結婚式は全市を震撼させ、メディアによる世界同時生中継までされた。

そして、紘が彼女の指に指輪をはめようとした瞬間。

扉が突然開かれ、彼の秘書が駆け込んできた。

そして、会場に衝撃の事実を告げた。

「寺島さんが飛び降り自殺しました!」

そのとき初めて、紅葉は紘が理性を失う姿を目の当たりにした。

彼は満員の客たちを放置し、婚礼衣装のまま彼女を置き去りにし、一目散に駆け出していった。

秘書によると、寧々は飛び降りる前に日記を遺していた。

そこには、彼女がどれほど紘を愛し、尽くしてきたかが記されていたという。

その日記を読んだ紘は、完全に狂ってしまった。

彼はようやく気づいたのだ。

この数年間、いつの間にか寧々を愛してしまっていたことに。

そして、彼女の死を前にした紘の後悔は、やがて燃え盛る怒りと憎しみに変わった。

日記の最後のページには、こう書かれていた。

「私は桑名さんと争うつもりはなかった。なのにどうして、私を許してくれないの?私が死んだことで、満足できた?」

この言葉が、紘の怒りに火をつけた。

彼は紅葉を憎んだ。彼女の存在があったからこそ、寧々への想いに気づけなかったのだと。

紅葉がどれだけ弁明しようと、彼は彼女の言葉を一切信じなかった。

彼は、愛も憎しみも極端な男だった。

愛している間は、誰よりも大切にする。

だが、憎しみに変われば、その相手を地獄の底に叩き落とす。

喜多野市で彼に逆らえる者はいない。

彼が一人の人間を破滅させるのは、いとも容易いことだった。

そして、彼は紅葉を刑務所にぶち込み、5年間そこに閉じ込めた。

この五年間、彼女は地獄のような日々を過ごした。

冬の夜、毛布は常に湿っていた。

食事には砂や小石が混ぜられ、同じ房の囚人たちからは日々嘲弄を受けた。

気まぐれに踊ることを強要され、些細なことで暴力を振るわれた。

口答えでもしようものなら、一晩中壁に向かって跪かされた。

生き延びるために、彼女はすべてを耐え抜いた。

刑務所を出たとき、彼女はすっかり痩せ細っていた。

そして今、刑務所の門の前に立つ彼女の目の前には、一台の黒いマイバッハが近づいてくるのが見えた。

それが誰の車か、彼女は一目で分かった。

あの車は、かつて紅葉が気に入ったから彼が買ったもの。

「この車で、世界の果てまで一緒に行こう」と言ってくれた彼の言葉。

だが今、それは彼女を恐怖の底へと引きずり込む道具でしかなかった。

しかし、今この見覚えのある車を目にすると、林桑の全身にぞわりと寒気が走った。

車は彼女の目の前でピタリと停まり、誰かがドアを開ける。

後部座席には、紘が冷然と座っていた。

彫刻のように整った顔立ちは、氷のように冷え切っていた。

「紅葉、お前の出所を祝うために、特別な贈り物を用意したよ」

彼がそう告げると同時に、後ろに控えていた護衛が動いた。

彼女の返事を待つことなく、強引に腕を掴み、そのまま車のトランクへと放り込んだ。

道中、彼女を痛めつけるかのように、車はわざとデコボコの道を猛スピードで走り続けた。

激しい衝撃が何度も彼女の体を打ち付け、全身が傷だらけになっていく。

やがて、車はようやく停まった。

引きずり出されるようにして連れて行かれたのは、街外れの廃墟ビルの前だった。

そして、目を疑うような光景が広がっていた。

屋上の縁。

そこには、彼女の両親と弟が細い一本のロープで縛られ、高層のビルから宙吊りにされていた。

冷たい風に煽られながら、今にも落ちそうに揺れている。

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