LOGIN新しく入ったインターンが、初日からやらかした。なんと、会社のブレーカーを落としたのだ。 全員が残業して作っていたデータは、一瞬にして消え失せた。 怒り心頭で問い詰めると、張本人の安西玲奈(あんざい れな)はさも被害者のような顔をして言った。 「だって、皆さんが遅くまで残業してて可哀想ですから…… 早く帰らせてあげようと思っただけなのに。 なんでそんなに怒るんですか?」 幸い、私の上司であり恋人でもある江川健太(えがわ けんた)のパソコンには、全員分のバックアップが保存されているはずだ。 私はすぐに彼の元へ向かったが、健太はただ首を横に振った。 「このプロジェクトの責任者はお前だろ?俺に頼るなよ。 それに、玲奈もみんなのことを思ってやったんだ。 悪気はないんだし、許してやれよ」 その言葉に、私はブチ切れた。 このプロジェクトが会社にとってどれほど重要か、彼は知っているはずだ。 それなのに玲奈は、鼻で笑い、小馬鹿にしたように言い放った。 「たかが社畜の分際で、経営者気取り? 会社の犬になって、そんなに気持ちいいわけ?」 あまりの言い草に、怒りを通り越して笑いが出てきた。 私はスマホを取り出し、社長にメッセージを送った。 【お父さん、プロジェクトがダメになりそう。今回は健太のことも庇わないから】
View More公判当日、私はあえて三十分も早く裁判所に到着した。傍聴席に座り、法廷の中央にある空っぽの被告人席を見つめる。心は凪のように静かで、波一つ立たない。まるで自分とは無関係な芝居でも見に来たかのような感覚だった。しばらくすると、刑務官に連れられて健太と玲奈が入廷してきた。囚人服に身を包み、髪は乱れ、以前のふてぶてしさは見る影もない。健太は目を泳がせ、私の方を見ようともしない。玲奈はずっとうつむき、服の裾を強く握りしめている。審理が始まると、検察官が彼らの罪状を一つひとつ読み上げていった。どの罪状も、動かぬ証拠に裏付けられたものばかりだ。だが、決定的な証拠を突きつけられてなお、健太は往生際悪く足掻いた。「裁判長、わざとじゃないんです!俺はこの女に唆されただけなんです!あいつがいじめられてるとか嘘を言うから、つい同情して手助けしてしまっただけで……それに、会社には大した損害も与えてません!どうか寛大な処分をお願いします!」それを聞いた玲奈が血相を変えて反論する。「ふざけないでよ!悦子に復讐したがってたのはあんたじゃない!会社の評判を落として、ヒサツネでのし上がろうとしてたくせに!私はあんたの指示に従っただけよ、私も被害者なんだから!」裁判官は、責任をなすりつけ合う二人の醜態を冷ややかに見下ろし、相手にしなかった。判決が出るのは早かった。健太には懲役三年。玲奈には懲役一年。判決を聞いた瞬間、健太は崩れ落ちるように被告人席に座り込み、顔から血の気が引いた。彼は弾かれたように顔を上げ、すがるような目で私を凝視し、泣き声で叫んだ。「俺はまだ若いんだ!刑務所なんて嫌だ!悦子、頼む、減刑の嘆願書を書いてくれ!これからはお前の犬になって尽くすから!会社の損害だって全部弁償する、だから……」「夢を見るのはそこまでにしなさい」私は無表情で彼の言葉を遮った。「あんたみたいな駄犬、飼うつもりはないわ。根っから腐ってる人間は、臭い飯でも食って性根を叩き直してくることね。それが、犯した罪への償いよ」玲奈が横で鼻を鳴らし、軽蔑しきった目で健太を見下ろした。「情けない男!今さら泣きついたって無駄に決まってるでしょ?散々彼女を殴ったり、私と一緒になっていじめたりしておい
録音データが公開されてから二時間も経たないうちに、ヒサツネ商事は緊急声明を発表した。文面からは、健太と玲奈とは無関係だと、必死に線引きしようとする意図が見え透いていた。「二人は臨時雇いのスタッフに過ぎず、正式な採用手続きも行っていない。虚偽の告発については一切関知しておらず、すでに契約を解除した」と。要するに、二人をトカゲの尻尾切りにして、会社への飛び火を防ごうという魂胆だ。これに焦ったのは健太と玲奈だ。その日の夕方、二人は青ざめた顔で、会社の入り口で私を待ち伏せしていた。「汚いぞ!わざと通話を録音して、俺たちをハメやがって!」健太が一歩踏み出し、怒りに震える手で私の腕を掴もうとしてくる。私はさっと身をかわし、冷ややかな視線を送った。「汚い?嘘をばら撒いて会社を陥れようとしたり、恐喝したりするのとどっちが汚いかしら?自分で墓穴を掘って証拠まで差し出したくせに、逆ギレなんて滑稽よ」玲奈も負けじと噛み付いてくる。「いい気にならないで!ヒサツネに切られたって、別の手はあるんだから!このまま終わると思わないでよ!」「別の手、ねえ」私は鼻で笑い、スマホを取り出して見せた。「ちょうどよかった。もう警察に通報済みよ。名誉毀損に恐喝未遂、あんたたちのやったことは立派な犯罪だもの。その別の手とやらは、取調室で刑事にでも話すといいわ」そう言いかけた矢先、パトカーのサイレンが近づいてきた。二人の顔から血の気が引く。逃げようと背を向けた瞬間、駆けつけた刑事たちに取り押さえられた。冷たい手錠が手首にかかった瞬間、健太が泣き叫んだ。「俺じゃない!全部こいつが考えたんだ!」彼は玲奈の手を振り払い、必死に自分だけ助かろうと言い訳を始めた。「俺にヒサツネへ行けって言ったのも、嘘を広めろって言ったのも、恐喝の電話をかけろって言ったのも、全部この女だ!俺は騙されたんだ!」それを聞いた玲奈も黙ってはいない。健太に向かって罵声を浴びせた。「ふざけないでちょうだい!あんたが復讐したかっただけじゃない!これでヒサツネでの地位を固めようとしてたくせに!私、知ってるんだからね、あんたが浮気してたこと!毎月こっそり愛人に金送ってたでしょ!私だってあんたを利用してのし上がろうとしなきゃ、付き合
モニターに映し出されたネガティブな書き込みの発信元は、すべてライバル企業であるヒサツネ商事の公式サイトだ。社名は伏せられているが、どう見てもウチへの攻撃だ。【縁故採用ばかりで実力者を冷遇】【パワハラ管理職が新人をいじめて退職強要」文面からは、ネチネチとした悪意が滲み出ていた。そして、投稿者名には堂々と「江川」とあった。私は思わず吹き出した。会社を辞めてすぐ、ライバル企業に寝返ったわけだ。しかも、我が社を潰す気満々で。ほどなくして、部下がタブレットを持って血相を変えて駆け込んできた。「部長、これを見てください!江川さんがヒサツネの記者会見で、うちの会社を告発してます!」タブレットを受け取ると、画面には記者会見の生中継が映し出されていた。健太は髪を撫でつけ、スーツを着こなし、いかにも真面目そうな顔でカメラに向かって語っていた。「私が以前勤めていた会社には、深刻なコンプライアンス違反があります。管理陣はコネだけで人事を決め、有能な社員を弾圧し、あろうことかインターン生まで退職に追い込みました。今日私がここに立ったのは、ある企業への警告です。ビジネスは誠実に行うべきであり、不正な手段で従業員を苦しめたり、市場を混乱させてはならないと!」彼が話し終えると、隣に立っていた玲奈がすぐに目を赤くし、ティッシュで涙を拭いながら訴えた。「入社初日から、上司に目をつけられて……罵倒されるだけじゃなく、他の人にも無視されるように仕向けられて。江川さんが助けてくれなかったら、どうなっていたか……」二人の息の合った演技は見事なものだった。コメント欄には事情を知らない一般人からの玲奈への同情や、我が社への非難が殺到していた。「ブラック企業を許すな」というハッシュタグまで作られ、瞬く間にトレンド入りしてしまった。その悪影響はすぐさま出た。その日の午後だけで、三社の取引先から契約保留の連絡が入った。公式サイトへの問い合わせは激減し、業績は急降下した。私が対応に追われていると、健太から電話がかかってきた。出た途端、彼の勝ち誇った声が耳に飛び込んできた。「どうだ?まだ減らず口が叩けるか?」玲奈の声も聞こえてくる。人の不幸を喜ぶような口調だ。「暴露をやめてほしかったら、誠意を見せなさいよ
社長は健太が持つ書類を指差し、淡々と言った。「去年の三月、井上商事の医療機器プロジェクトを担当した際、お前が重要な製品パラメータを書き間違えて契約が破棄されかけた。悦子が徹夜で井上商事に向かい、修正した企画書とサンプルを届けて、五億円の契約を守り抜いた」健太の顔色はさらに蒼白になり、書類を握る手が震えるほど強く食い込んでいた。社長は止まらずに続けた。「一昨年九月、オフィスビルの改装プロジェクトでは、君が予算の計算を誤り、材料費を二千万円も少なく見積もっていた。プロジェクト半ばで資金がショートし、現場の作業員たちがボイコットしかけた時も、不足分を補填したのも彼女だ。これらの事実を、忘れたとは言わせないぞ?」事実を突きつけられるたび、健太はどんどん小さくなっていった。会議室の同僚たちもざわめき始め、健太を見る目に軽蔑の色が混じり始めた。これまで優秀な部長だと思われていたが、実は他人に尻拭いをさせていただけだったのだ。健太は唾を飲み込み、顔を上げて強張った笑みを浮かべた。「社長、以前は私の不手際でした。そして、ずっと高橋さんには感謝しています。彼女には謝罪しますから、今回の件は、これでチャラにしてもらえませんか?」彼は私に向き直り、心のこもっていない口調で言った。「すまない、俺が悪かった。お前の手柄を横取りしたことも、誤解したことも悪かったよ」玲奈もすぐに切り替え、猫なで声で私の服の裾を引いた。「高橋さん、私、間違ってました。社長の娘さんだって知ってたら、逆らったりしなかったのに。どうか、許してください」二人のあまりの図々しさに、怒りを通り越して笑いが出てきた。「あんたたちの謝罪なんていらない、私の要求は一つだけ。今すぐ、出て行っていけ。二度と私の前に顔を見せないで」健太の顔色が一瞬で曇り、口調が荒くなった。「調子に乗るなよ!俺だってこんな会社に未練はない。外に出れば俺を欲しがる会社なんて、いくらでもあるんだよ!」「だったらさっさと消えなさい、時間の無駄よ」私は冷ややかに言い返した。「私が尻拭いしなきゃ、あんたがどこまでやれるか楽しみだわ」玲奈が健太の腕を引き、小声で言った。「江川さん、行きましょ。こんなとこにいても時間の無駄です」健太は私を睨みつけ、玲奈を
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