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第2話

Author: 朝凪
藤堂誠は私をひょいと抱き上げ、腰をかがめて首筋に顔を埋め、甘えた声で言った。

「年を取ってもこうやって、俺だけの可愛い子ちゃんを抱きしめるんだ」

彼は優しい眼差しで私を見つめ、顔には溺愛するような笑みが浮かんでいた。

しかし私は目を閉じ、私たちは白髪になるまで一緒にいられないと、心の中で彼に告げた。

彼の腕の中で、私は深く眠りに落ちた。

出かける間際、私は試着室で両親に会うための服に着替えた。家政婦は驚嘆の視線を私に送った。

「清水様、藤堂様はあなたのために百着以上も服を選ばれたんですよ。どれもこれも似合っていて、本当に綺麗で、選ぶのに困ってしまいますね!」

私はぎこちなく口角を上げ、視線を藤堂誠へと向けた。

藤堂誠は面白そうに携帯を見つめており、目には隠しきれない欲望が満ちていた。

あの表情は、彼が清水彩葉の上で腰を振っている時にだけ見せるものだった。

顔を上げると、藤堂誠は既に表情を変え、申し訳なさそうに、早口で私を抱きしめながら言った。

「柚葉、会社の役員会で急用ができて、今日は両親との食事に付き合えなくて済まない」

「もう家族同然だし、これからいくらでも時間はあるだろう?柚葉」

私の返事を待たずに、彼は踵を返し出て行った。私は、ぽつんと一人残され、全身鏡に映る自分の姿を見つめていた。

家政婦は言いたげに口を開きかけた。

「清水様、藤堂様は......」

私は努めて明るく笑い、「大丈夫よ」と言った。

どうせ、これからもないのだから。

個室に着いて座ったばかりで、両親に藤堂誠が来られない理由を説明する間もなく。

清水彩葉からメッセージ動画が送られてきた。

彼女は黒のシースルーの服を着て、ベッドにうつ伏せになり、カメラを見つめながら妖艶に体をくねらせていた。

「あなた、どこまで来たの?もう我慢できないわ」

メッセージを読んだ後、すぐにメッセージは取り消された。

「お姉ちゃん、彼氏に送るはずだったの!間違えて送っちゃった、怒らないでね!お姉ちゃん大好き!」

私は携帯を強く握りしめ、画面を消した。心臓に無数の針が突き刺さるような痛みが走った。

それは波のように押し寄せ、骨の髄まで染み渡った。

泣き出しそうな声で両親に説明した後、両親は藤堂誠の事情を理解してくれた。

「男の人って、忙しい方がいいのよ。柚葉、もっと理解してあげなさい」

「ちょうど彩葉も時間がないみたいだし、また今度でいいわ」

私は無表情に頷き、食事もせずに個室を後にした。

深夜、藤堂誠が玄関を開ける音と清水彩葉からのメッセージ通知音が同時に響いた。

「柚葉、今日の会社のパーティーが早く終わったから、すぐに駆けつけてきたぞ!」

藤堂誠は言葉を途中で止め、リビングに私がいないのを見て、沈黙したようだった。

いつもなら、この時間には私がリビングで藤堂誠を待っていた。

しかし今は、彼と一言も言葉を交わしたくなかった。

携帯のメッセージ画面を消し、布団に横たわると、涙が静かに流れ落ちた。

「あなた、今日帰らせたのは、色んな体位で遊んだからもうヘトヘトなの!今度あんなことしたら本当に怒るんだから!」

藤堂誠は洗面後、私を抱きしめ、私が好きな歌を口ずさみ、ご機嫌だった。

しかし、私の冷たい涙の跡に触れた途端、体が硬直し、慌てて電気スタンドのスイッチを入れた。

「柚葉、どうしたんだ?なぜ泣いてる?」

私は自分の顔に触れた。いつの間にか、涙で顔が濡れていた。

私は顔を上げて、優しく微笑みながら彼を見つめた。

「何でもないわ、ただの悪い夢よ。私が死んで、最愛の人の腕の中で息を引き取る夢を見たの」

藤堂誠は胸が締め付けられる思いで、私を強く抱きしめ、背中を優しく撫でた。

「柚葉、そんなことを言うな。お前はずっと俺のそばにいるんだ。誰よりも長生きするんだぞ、いいな?」

私は何も答えず、彼の腕の中に身を委ねた。

「昨日は両親との約束をすっぽかしてしまったから、今日はこの街で一番のレストランの個室を予約した。後で俺が車で連れて行ってやる」

私は苦笑しながら頷き、藤堂誠の腕の中で夜明けまで目を開けていた。

ドアをノックする音と、執事の声が聞こえてきた。

「藤堂様、清水様。清水邸へお向かいする車は準備が整いました。いつでも出発できます」

藤堂誠は声に気づき目を覚ました。彼は体が丈夫で、普段は数時間しか寝なくても元気だった。

彼は起き上がり、私を抱き上げて部屋から出て行った。

彼は昨日の私の様子がおかしいことに気づいていた。

「柚葉、昨日の埋め合わせに、先に買い物に連れて行ってやろう。お前があそこのブランド品が好きだろう?」

彼は自ら私の服を選び、靴を履かせ、化粧をし、着付けをし、一口一口朝食を食べさせ、車に乗せてくれた。

昨日の罪滅ぼしのため、藤堂誠はビル中のブランド品を買い占めた。

店員たちは羨望の眼差しで言った。

「藤堂様は本当に清水様を大切にされていますね!この前も大量にプレゼントを買っていかれましたのに、またすぐに清水様を連れてお買い物にいらっしゃった!」

「清水様が好きだと言ったら、藤堂様はきっと空の星だって取ってきてくださるでしょうね!」

「本当に!清水様の半分でも幸せになれたら、もうお線香をあげなきゃ!」

私は微笑みながら店員たちを見つめ、何も言わなかった。

この前、『大量のプレゼント』をもらったのは、私ではない。

それに、ブランド品が好きなのも、私ではなく清水彩葉だ。

その時、藤堂誠が休憩室の入り口に立って私を呼んだ。彼は逆光に照らされ、まるで神のような威厳を放っていた。

私は藤堂誠を見つめた。十七歳の頃の記憶にある彼とは、もうまるで別人だった。

「柚葉、行こう。荷物は全部積んである」
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