レベッカ様の結婚式があと1週間と迫り、今日、式の準備もあると言うことで皇宮入りすることになった。
アイリー公爵家は昨年23歳になるランスロット様が爵位を継承し、お父様は首都の邸宅を離れ領地経営に専念しているらしい。 ランスロット様、レベッカ様とアルベルト様の3人はとても仲が良く、私を家族のように受け入れてくれた。 私は幼い時、感染症で両親を亡くし親戚の叔母に預けられた。 14歳の時、王宮で住み込みの下女の仕事を得た。 16歳で、王妃エミリアーナ様の侍女に取り立てられた。 そして、19歳、死にかけのところをレベッカ様に助けられた。沢山の出会いに支えられてきたが、今、この空間にいる人たちとの出会いは神が与えてくれた奇跡のように思える。
毎日のように会話をしながら朝食を食べるのは私にとって記憶に残っている限り初めての経験だった。 幸せ過ぎて胸がいっぱいで、とても美味しい食事なのに喉を通らない。「姉上も、とうとう結婚か⋯⋯スペンサー国王も離婚したようだし、あまりお転婆が過ぎてヘンゼル皇太子殿下に愛想尽かされないようにした方が良いんじゃないのか?」
珍しくレベッカ様に突っかかるような物言いをするアルベルト様が可愛らしい。ずっと一緒に暮らしていた彼女と離れるのが寂しいのだろう。 スープを飲む手を止めて、先ほどからレベッカ様の方ばかり見ている。(えっ? スペンサー国王? ロバート・スペンサー? 離婚?)
「スペンサー王国のエミリアーナ王妃は生きているのですか?」
「突然どうしたのだ? エミリアーナ王妃は先月王子を出産したばかりだ。ようやっと誕生した王子にスペンサー王国ではお祭り騒ぎだったらしいぞ。それなのに離婚とは⋯⋯」アルベルト様が目を丸くしながら説明してくれたスペンサー王国の事情。
私もその可能性を考えたことがなかった訳ではない⋯⋯ただ、耳を塞ぎ、目を閉じて考えるのをやめていただけだ。『エミリアーナ王妃は生きている』
結婚して2年、子供ができなかった彼女は周囲から不妊ではないかと陰口を叩かれていた。でも、侍女であった私はロバート国王が初夜の1回しか彼女の寝室を訪れていない事を知っている。
不妊だということは婚前から分かっていて、私に代わりに子を産ませるように画策していた?
「泣かないでくれ、セーラ。俺が悪かったよ。スペンサー王国の話なんてするんじゃなかった」
気が付くとアルベルト様は立ち上がり、私の真横まで来て親指で私の涙を拭ってくれていた。 彼は私がスペンサー王国で血だらけで倒れていた事を知っている。 その理由を私はこの家族から尋ねられた事はない。「アルベルト、食事中に立ち上がるな」
ぶっきらぼうな声がした方を見ると、冷たい瞳でランスロット様がこちらを見ていた。 アルベルト様が無言で席に戻ると、隣にいたレベッカ様が白いハンカチを渡してくれた。「あの⋯⋯生まれた王子様の名前は⋯⋯」
その子は私が産んだ子だ。 なぜだか確信があった。「エミリアンだ。子にそのような自分の所有物のような名前をつけ、自分だけ国に帰る。自分の代わりに人質にしろとでも言いたげだな。エミリアーナ・サマルディー⋯⋯争いの火種を撒いて楽しんでいるような女だ⋯⋯」
ランスロット様が軽蔑するように淡々とエミリアーナ様を語る。
「何だか、悲しい方ね。血を分けた子を自分の身代わりにするなんて⋯⋯」
レベッカ様の言葉に胸にひゅっと冷たい空気が入ってくる。 「み、身代わり?」 私の掠れた呟きに反応するようにアルベルト様が口を開いた。「スペンサー王国とサマルディー王国の戦争は避けられないだろう。どちらが勝っても死の運命にあったのがエミリアーナ王妃だ」
私は自分の浅はかさに鳥肌がたった。 今、将来、死の運命しか残されていないのは私の産んだ子エミリアンだ。 (どうして、あの時にエミリアンを置いてきてしまったの?)後悔しても遅い。
私は自分の子を見捨てて逃げてしまった。 国王の子だから大切にされるだなんて甘い考えをしていた自分が憎い。ふと、下を向いていると私の手にそっとレベッカ様が手を乗せてきた。その温かさに慰められてる自分が許せない。
「セーラ、君は今何を考えているのだ?」 ランスロット様が静かに私を見据えている。自分の最低な所業を打ち明けたくなりながらも、この家の人に軽蔑されるのが怖くて押し黙った。扉をノックする音と共に、執事が困ったような顔をして入ってくる。
「レベッカお嬢様、ヘンゼル皇太子殿下がお見えです」 殿下はレベッカ様のことが待ちきれなくて迎えに来たのだろう。迎えに来てくれる人がいる彼女を羨ましか思っていると、舌打ちと共に不満げな彼女の声が頭の上から聞こえた。
「全く大人しく待ってなさいよ⋯⋯鬱陶しい」
驚きのあまり彼女の顔をみると、薄く微笑みを讃えて完璧な貴族令嬢の顔をしていた。「レベッカ、待ちきれなくて迎えに来てしまったよ。今日から、ずっと一緒に居られるのだな」
扉から顔を出した薄茶色の髪にエメラルドの瞳をしたヘンゼル皇太子は、肖像画で見た印象よりも少し幼く見えた。 深いグリーンの見るからに最高級の礼服を着た彼の佇まいは気品に溢れていて、オリタリア帝国の豊さと余裕の象徴のような方だと思った。 頬を少し高揚させながら、愛おしそうにレベッカ様を見つめていている。「殿下、レディーには長い準備がありますのよ。いつも一番美しい私を殿下にはお見せしたいのです。あまり、慌てさせないでくださいな」
レベッカ様は美しく微笑んでいるのに、泣いているように見えた。 (ケント様と会えなくなるからよね)私は出発前にレベッカ様をケント様のところに連れて行くことにした。
「ヘンゼル皇太子殿下、レベッカ様の準備が済むまでお待ち頂けるでしょうか?」 「そなたが、レベッカの話していた侍女か。余はレベッカを待つのは苦ではない。いくらでも待てるのだ。ここで、久しぶりに公爵と話でもして待ってるよ」微笑みながら席についた殿下に、メイドが慌ててお茶を淹れている。
私は少し驚いたような顔をしているレベッカ様を庭に連れ出した。 (皇太子殿下は優しそうな方だけど、彼女が好きなのは庭師のケント様なのね)空は雲一つない青空が広がっていた。
日差しがキツくて、慌てて日が当たらないようレベッカ様に手をかざす。 私の様子を見て少し笑ってくれた彼女が前を向くと、整えられた庭には色とりどりの花を束ねたケント様が微笑みながら立っていた。「どうして?」
「レベッカお嬢様、少し早いですがご結婚おめでとうございます」 「やめてよ⋯⋯私の気持ちを知っている癖に⋯⋯嫌がらせ?」 「お嬢様はご自分の気持ちは知っていても、私の気持ちはご存知ないですよね」ケント様はそう囁くと花束の中から向日葵を一輪取り出し、レベッカ様の髪に刺した。
「花言葉で告白? 相変わらずなんだから⋯⋯こんな事されたら戻って来たくなるじゃない」
「いつでもお待ちしております」 「とんでもない事を言うのね! あなたも早く結婚しなさいよ!」 レベッカ様は顔を真っ赤にして、胸を抑えながら私の手を引いてケント様に背を向けた。「セーラ、ありがとう⋯⋯もう、この思い出だけで一生生きていけそうよ」
レベッカ様に感謝の言葉を告げられる。 私はケント様としめし合わせた訳ではない。 でも、彼もレベッカ様を想っている事は度々彼女の部屋の窓を切なそうに見つめていたので分かってしまった。 (このような素敵な女性から想われているのだから、当然ね⋯⋯)身分的に彼からレベッカ様に会いに行く事はできない。
きっと彼は今日1人で彼女を想う気持ちの片づけをしているのだろうと思った。「いえ⋯⋯『略奪愛』とかですか⋯⋯向日葵の花言葉」
向日葵の花言葉を知りたくなった。 花言葉で会話ができる程、通じ合う2人の間柄を感じたからだ。「えっ? な、何を言っているの。向日葵の花言葉は『あなただけを見つめる』よ。全く何を言わせるのよ。本当にセーラは面白いんだから」
声を出して笑う太陽のようなレベッカ様の幸せそうな表情に私まで嬉しくなった。
「エミリアーナ! カリナを逃したのか?」 僕は急いでエミリアーナの部屋に向かい問い詰めた。 産婆はカリナの行方を頑なに吐かなかったが、隠し通路の方に血の跡が続いていた。 エミリアーナは赤いベロアのソファーに腰掛け足を組み、グラスを傾けながら赤ワインを飲んでいた。 随分と長い時間飲んでいるのか、彼女からむせ返るような強い酒の匂いがした。 彼女は僕の問いかけに慌てるそぶりもなく、唇の端をあげてニヤリと笑った。 「カリナを逃したのは産婆ですわ。ただ、カリナに騙された事を認識させ長い通路を抜けた先で獣の餌になる絶望を与えてみたいと考えたことはありますが⋯⋯」「⋯⋯!!」 僕は目の前の悪魔のような女の言動に絶句した。(カリナには心を許して、別れを惜しんでいるように見えたのに⋯⋯)「ロバートも私に隠れてカリナを愛でる部屋を作っていたようですね。それでは彼女は自分の不幸に気がつけませんわ。実は私は彼女が大嫌いなんです。この私に烏滸がましくも同情しているのですよ。だから、教えてやったのです。あなたの方がずっと可哀想よって!」「僕は生まれた赤子に何かあった時の為に、カリナを残して置こうと思っただけだ。僕はいつも国の為に動いている」 カリナを生かすリスクは理解していた。髪色、目の色だけでなく顔立ちも彼女に似て来たら疑惑の目を持たれないとも限らない。だから、わざわざ僕しか入れない彼女を隠す部屋を作った。「国の為? 良いでしょう、そういう事にしといてあげますわ。子も生まれた事だし、離婚しましょう。最初から男の子を産むなんてカリナは本当に良い子でしたわ」「離婚?」 エミリアーナの元からの計画には離婚も含まれたのだろう。 飲み過ぎているせいか目が座っているが、口調はしっかりしている。彼女は淡々と用意していたように言葉を紡いだ。「生まれた赤子の名はエミリアンにしましょう。私の代わりに人質として使ってくださいな。カリナを探しても無駄だと思いますよ。あの子、骨まで美味しそうだし跡形もなく獣に食べられているでしょう」 一瞬カリナに
ロバート・スペンサーは、カリナとの馴れ初めを思い出していた。 彼女は彼にとって唯一王でもない自分を求めてくれる必要な存在だった。 スペンサー王国の地下資源を狙い、いつ戦争を仕掛けてくるか分からないサマルディー王国。 2カ国は話し合いで解決できないくらい多くの問題でぶつかり合ってきた。 貴族たちからのすすめもあり、人質としてエミリアーナ・サマルディー王女を娶る事に決めた。 当時22歳のエミリアーナ・サマルディーの初対面の印象はあまり良いものではなかった。 彼女は贅沢を好み、暇さえあれば宝石を買い漁った。 臣下にはキツくあたり、スペンサー王国の貴族と友好関係を築こうともしない。 政略結婚とはいえ、彼女と夫婦を続けなければならない事を思うとため息が漏れた。 一大行事である国婚を終え、深夜に王妃の寝室に行くとエミリアーナは中が透けて見えそうな夜着を着てベッドに横たわっていた。 まだ、今日の最後の行事である初夜が残っていると思うとため息が漏れた。「ロバート、面倒に思うなら何もしなくても良いのですよ。するだけ無駄ですから⋯⋯」「するだけ無駄とは、もしかして不妊の王女をサマルディー王国は送り込んで来たのか?」「正解ですわ。勘はよろしいけれど、大切な事実に気がつくのが遅すぎますわね。その少しの遅れが命取りですわよ」 エミリアーナはベッド横の引き出しから小瓶を取り出して、ベッドに赤いサラっとした液体を垂らした。「馬の血です。初夜が滞りなく行われ、私が純潔を失った証が必要ですから。まあ、私はとっくに純潔など失ってますわ。そもそも幼い頃に受けた暴行が原因でこのような体になったのですから⋯⋯」 エミリアーナは周囲の人間を深淵に引き摺り込むような暗い瞳をしていた。 王女に暴行? 一体誰が⋯⋯何がサマルディー王国で起こっているのだろう。「なぜ、今、種明かしをしているのだ? 待てど暮らせど跡継ぎができない事で我が国が混乱することを見越して、そなたが嫁いで来たのであろう?」 サマルディー王国が一夫多妻制をとっているのに対
カリナは夢の中にいた。 幸せだった時の記憶を夢の中で手繰り寄せるのが彼女の蘇生術だった。 目の前には下女に過ぎなかった自分を侍女に取り立ててくれた、エミリアーナが微笑みながら自分を見ている。 『カリナ、本物を見極める力をつけるのよ』 エミリアーナが目の前に沢山の金色の宝石を並べる。 『さあ、この中でイエローダイヤモンドはどれでしょう』 『えっと、こちらの石でしょうか?』 とても透明感があり、高級そうに見えた右から2番目の宝石を指差す。 『それは宝石の中で最も歴史が深いと言われる琥珀よ。摩擦によって静電気を帯びる性質を持っているから幸運の石とも呼ばれるの。イエローダイヤモンドはその隣にある石』 『どの石も、とても綺麗に見えます』 彼女の言葉にエミリアーナは、「カリナらしい」と言って笑った。『カリナ、よく聞いて。宝石の区別がつかないと貴族としては本物を知らないと馬鹿にされるわ。左からシトリン、琥珀、イエローダイヤモンド、ゴールデンベリル、トパーズ、イエローサファイア⋯⋯』 エミリアーナはその後もそれぞれの宝石の特徴を、石言葉と共に細やかにカリナに説明した。彼女は宝石の並び位置を入れ替えて、カリナに再び質問をする。『カリナ、では、琥珀はどれでしょう?』『え、えっと⋯⋯』 カリナはエミリアーナが丁寧に時間を掛けて説明してくれたのに、ここで間違った答えを出すわけにはいかないと緊張して固まってしまった。 カリナの手にエミリアーナはそっと琥珀を握らせた。 黄金に輝く見た目とは異なり驚くような軽さだ。『琥珀は宝石の中で最も軽い石。よく目を凝らしても分からないなら触れてみなさい。自分には理解できないと目を逸らしていてはダメよ』 真剣な目で語り掛けてくるエミリアーナの姿にカリナは感動を覚えた。 記憶にある限り自分にこれ程、丁寧に向き合ってくれた人はいない。『エミリアーナ様、私なんかの無知の為に貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます』『私なんか? 聞き捨てならないわね。あなたは私の侍
「ただ、名門アイリー公爵家ともなると、結婚相手の選定は難しくなるはずだと余計なお節介を口にしてしまいました」 私は初めて人間らしく狼狽えるロバートを見た。 彼はいつも何を考えているか分からなくて私を不安にさせた。 そのせいで私は彼を逆らえない巨大な存在のように感じていた。(自分の失言に狼狽える、普通の男だわ⋯⋯)「選定? 家の為の結婚をしなければならないと考えた事はありません。アイリー公爵家と縁を持ちたい家門は多いですが、こちらは必要としてませんので。将来的に我が妹がオリタリア帝国の皇后になりますが、ロバート国王は我が家門の心配を? それともオリタリア帝国の行く末を心配なさってるのでしょうか」 淡々と語るランスロット様の言葉の通りだ。 アイリー公爵家はオリタリア帝国の皇家より歴史が深い伝統のある名家だ。 その上、レベッカ様は次期皇太子妃に内定している。 カイゼル・オリタリア皇帝陛下は近々譲位する事を考えているともっぱらの噂だから、レベッカ様が帝国の女性最高地位である皇后に即位する日も近い。 富と権力を持ち平和と安寧を築いているオリタリア帝国のアイリー公爵家に対して、ロバートの物言いは的外れで失礼だ。「し、支度金を用意できないのではないかと心配しているのです。カリナの両親は亡くなっていて、預けられた親戚の叔母の家は貧しく借金まみれです。カリナも王宮での給与は全て借金返済に回してました」 私は自分のプライベートな事情をロバートに知られていることに驚いた。「支度金? お金の話をするのは下品だというのが父上からの教えなのです。オリタリア帝国とスペンサー王国では常識が違うのでしょうか?」 ランスロット様がほくそ笑む。 威圧感、飄々とした態度。 彼を前にするとロバートが私を自由にできる国王ではなく、どこにでもいる男に見える。「いえ⋯⋯ただ、カリナはその⋯⋯僕と⋯⋯」「いい加減、私の妻になる女性を恋人のように呼ぶのはやめて頂けませんでしょうか。辛抱強いと自負しておりましたが、流石に我慢の限界かもしれません」 瞬間、
私はヘンゼル皇太子とレベッカ様と共にオリタリア帝国の皇宮に向かった。 ここが世界の中心であると、遠くスペンサー王国内でしか生きていない私でも知っている。「ここが、皇宮⋯⋯」 世界中の富と権力が集結しているのが一目で分かる。 オリタリア帝国はその領土だけでもスペンサー王国の10倍以上の規模だ。 その上、世界のリーダーと言っても過言ではない程、政治経済の中心になっていた。 アイリー公爵邸もスペンサー王国の王宮並みに豪華で驚いたが、皇宮の豪華絢爛とした荘厳さと建築技術の繊細さに私は見入ってしまった。 皇宮の内部に入ると全面大理石の床には埃1つ落ちていなかった。(私なんかが歩いても良いのかしら⋯⋯)「レベッカ、今から父上に挨拶に行こう」 ヘンゼル皇太子はレベッカ様に微笑みながら語りかける。 彼の全身から彼女が好きで堪らないという気持ちが伝わってくる。「はい。カイゼル皇帝陛下とお会いするのは久しぶりで少し緊張しますわ」 レベッカ様はヘンゼル皇太子の前では演技をしているように見えた。 彼女は緊張など全くしていないのに、ヘンゼル皇太子が喜ぶ言葉を選んでいる。 庭師のケント様といる時の彼女は、心臓の音がこちらまで聞こえそうなくらい緊張して昂っていた。「ふふっ、父上は恐ろしい逸話を沢山持った方だからな。でも、父上もそなたを気に入っているし、余もいるから緊張などしなくても大丈夫だ」 周囲の目も憚らず、ヘンゼル皇太子はレベッカ様を抱き寄せた。 レベッカ様は感情を失ったような琥珀色の瞳を、そっとまつ毛を伏せて隠すように目を閉じた。「セーラ、中庭で待っていてくれる? あなたに付く下女を後で紹介するから」「はい。畏まりました」 2人は仲睦まじそうに話しながら去っていった。 オリタリア帝国では侍女になる私の世話をする下女までつくらしい。(いいご身分ねカリナ⋯⋯) 産んだ子の世話もせず、逃げてきた先で厚遇を受ける自分に呆れた。
レベッカ様の結婚式があと1週間と迫り、今日、式の準備もあると言うことで皇宮入りすることになった。 アイリー公爵家は昨年23歳になるランスロット様が爵位を継承し、お父様は首都の邸宅を離れ領地経営に専念しているらしい。 ランスロット様、レベッカ様とアルベルト様の3人はとても仲が良く、私を家族のように受け入れてくれた。 私は幼い時、感染症で両親を亡くし親戚の叔母に預けられた。 14歳の時、王宮で住み込みの下女の仕事を得た。 16歳で、王妃エミリアーナ様の侍女に取り立てられた。 そして、19歳、死にかけのところをレベッカ様に助けられた。 沢山の出会いに支えられてきたが、今、この空間にいる人たちとの出会いは神が与えてくれた奇跡のように思える。 毎日のように会話をしながら朝食を食べるのは私にとって記憶に残っている限り初めての経験だった。 幸せ過ぎて胸がいっぱいで、とても美味しい食事なのに喉を通らない。「姉上も、とうとう結婚か⋯⋯スペンサー国王も離婚したようだし、あまりお転婆が過ぎてヘンゼル皇太子殿下に愛想尽かされないようにした方が良いんじゃないのか?」 珍しくレベッカ様に突っかかるような物言いをするアルベルト様が可愛らしい。ずっと一緒に暮らしていた彼女と離れるのが寂しいのだろう。 スープを飲む手を止めて、先ほどからレベッカ様の方ばかり見ている。(えっ? スペンサー国王? ロバート・スペンサー? 離婚?)「スペンサー王国のエミリアーナ王妃は生きているのですか?」「突然どうしたのだ? エミリアーナ王妃は先月王子を出産したばかりだ。ようやっと誕生した王子にスペンサー王国ではお祭り騒ぎだったらしいぞ。それなのに離婚とは⋯⋯」 アルベルト様が目を丸くしながら説明してくれたスペンサー王国の事情。 私もその可能性を考えたことがなかった訳ではない⋯⋯ただ、耳を塞ぎ、目を閉じて考えるのをやめていただけだ。 『エミリアーナ王妃は生きている』 結婚して2年、子供ができなかった彼女は周囲から不妊ではないかと陰口を叩