ヘンゼル・オリタリアと私レベッカ・アイリーは10年も婚約をしていた。
そして、今日私たちは結ばれる。 オリタリア帝国中が沸き立っていた。 国婚は国を挙げたお祭りだ。花嫁の控え室にヘンゼルが入って来る。皆が気を遣って私たちを2人きりしようと部屋を出て行った。
「レベッカ、女神のように綺麗だ」「ありがとうございます。殿下」 鏡を見て自分が全く幸せそうな顔をしていないのに気がついた。 慌てて口角をあげ花嫁の顔を作る。 扉をノックする音がして振り向くと、意外な来客が立っていた。 私が殺してやりたい相手、ロバート・スペンサーだ。冷や汗を掻き動揺を隠しきれない顔をしている。「このようなプライベートな場所に、不躾に入り申し訳ございません。国に急ぎ戻らなければならなくなりました。せめて、ヘンゼル皇太子殿下にご結婚のお祝いをと思いお探ししておりました」
「事情は分かっています。国の有事ですから当然の判断です。慌てずお気をつけてお帰りください」
ヘンゼルが無表情で淡々と対応する。 軽くお辞儀をして、ロバート国王は足早に去って行った。「スペンサー王国で何があったのですか?」
「クーデターが起きた事になってるが、実際は何もない。でも、留守を預けられる信用できる臣下がいないのだろう」 ヘンゼルが楽しそうに笑いながら説明してくれた。「もしかして、お兄様が?」 私の質問にヘンゼルは深く頷いた。彼は皇太子だからカリナの事情も当然知ってるのだろう。恐らく多くの協力者を使って兄はフェイクニュースを流した。「公爵にも愛する人ができたのだな」 ヘンゼルが微笑ましそうに呟いた。「えっ? お兄様はカリナを愛しているのですか?」「かなりのリスクを負って結婚までするのだぞ。当たり前じゃないか」 私は兄ランスロットが女性に恋をしたり、愛を語るのが全く想像できなかった。♢♢♢長い1日はまだ続き、夜には夫となったヘンゼルを寝室で待つ。
私は赤ワインを浴びるようにクリスティーナ王妃はカリナを蔑むと同時にエミリアーナ王女の血筋も貶している。 (側室の子だから? なんて嫌味ったらしいの!) 私はカリナを騙したエミリアーナ王女を憎んでいるが、少し同情した。 私が口を開こくより先に、カリナは天使のような微笑みを浮かべながら口を開いた。「私は亡くなった母譲りのこの髪色を気に入ってます。エミリアーナ様は私よりも光沢のあるパールグレーの髪色で、私はいつも月の女神様の髪を梳かしている気持ちでした」 カリナは自分を騙した悪女を女神と言ったのだろうか。 クリスティーナ王妃はカリナの事情を知っていそうだ。 明らかに彼女の返しに驚き過ぎて絶句している。 確かに自分を陥れた相手を嬉しそうに褒めちぎっている彼女の感覚は私も理解できない。 「クリスティーナ王妃殿下のライラック色の髪は艶やかで美しいですね。春の女神様のようです。そのピンクルビーの髪飾りも素敵ですわ」 カリナは優しく微笑みながら彼女を褒めた。(あの髪飾りについている石はピンクサファイアじゃないの?) サマルディー王国にはサファイア鉱山が沢山あり、有名なサファイア産出国だ。「ふっ、この髪飾りは夫からのプレゼントなの」「クリスティーナ王妃殿下の誕生石ですものね。素敵な夫婦関係ですね」 どうやら、本当にピンクルビーだったらしい。 私は傷ついた天使のようなカリナを守らなければならないか弱い存在だと決めつけていた。実際の彼女はとても強い子だったみたいだ。(カリナ⋯⋯宝石鑑定士の過去もあるのかしら⋯⋯) 私はクリスティーナ王妃が離れたのを見計らってから、カリナに話し掛けた。「カリナ、私は何の女神かしら」「レベッカ様は私を救ってくれた太陽の女神様です。改めてご結婚おめでとうございます」 真っ直ぐに私を見つめる澄んだ彼女の瞳を見ていると心が洗われるようだった。 貴族同士の足の引っ張り合いが嫌いで、距離を置いて人と付き合ってきたがカリナには私の近くにいて欲しい。 主催者の私
ヘンゼル・オリタリアと私レベッカ・アイリーは10年も婚約をしていた。 そして、今日私たちは結ばれる。 オリタリア帝国中が沸き立っていた。 国婚は国を挙げたお祭りだ。 花嫁の控え室にヘンゼルが入って来る。皆が気を遣って私たちを2人きりしようと部屋を出て行った。「レベッカ、女神のように綺麗だ」「ありがとうございます。殿下」 鏡を見て自分が全く幸せそうな顔をしていないのに気がついた。 慌てて口角をあげ花嫁の顔を作る。 扉をノックする音がして振り向くと、意外な来客が立っていた。 私が殺してやりたい相手、ロバート・スペンサーだ。冷や汗を掻き動揺を隠しきれない顔をしている。「このようなプライベートな場所に、不躾に入り申し訳ございません。国に急ぎ戻らなければならなくなりました。せめて、ヘンゼル皇太子殿下にご結婚のお祝いをと思いお探ししておりました」「事情は分かっています。国の有事ですから当然の判断です。慌てずお気をつけてお帰りください」 ヘンゼルが無表情で淡々と対応する。 軽くお辞儀をして、ロバート国王は足早に去って行った。「スペンサー王国で何があったのですか?」「クーデターが起きた事になってるが、実際は何もない。でも、留守を預けられる信用できる臣下がいないのだろう」 ヘンゼルが楽しそうに笑いながら説明してくれた。「もしかして、お兄様が?」 私の質問にヘンゼルは深く頷いた。彼は皇太子だからカリナの事情も当然知ってるのだろう。恐らく多くの協力者を使って兄はフェイクニュースを流した。「公爵にも愛する人ができたのだな」 ヘンゼルが微笑ましそうに呟いた。「えっ? お兄様はカリナを愛しているのですか?」「かなりのリスクを負って結婚までするのだぞ。当たり前じゃないか」 私は兄ランスロットが女性に恋をしたり、愛を語るのが全く想像できなかった。 ♢♢♢ 長い1日はまだ続き、夜には夫となったヘンゼルを寝室で待つ。 私は赤ワインを浴びるように
皇宮に到着して会談の議場に向かう途中の廊下で、カリナに迫るロバート国王を発見した。人の執念とは恐ろしいもののようだ。(もう、見つけられた!?)「ヘンゼル皇太子の結婚式が終わったら、共にスペンサー王国に帰ろう。そなたの部屋も用意してある」 当たり前のようにカリナを自分の所有物のように語るロバート国王に吐き気がした。 カリナはただ真っ青になり小刻みに震えている。 彼女に起こった悲劇を考えれば当然だ。 私は国際会談でカリナとの結婚式を挙げることを発表した。 皇宮の執務室にいる私をレベッカが尋ねてきた。 カリナは彼女に自分の正体を明かしたのだろう。「お兄様! カリナがロバート・スペンサーに部屋で襲われかけていたのですよ。しかも、悪びれもせずに去っていきました。あの男は何なのですか?」「襲われかけていた?」 部屋の場所がバレていたとしたら、私がつけられていたという事だ。慌てていたとはいえ、迂闊だった。 倒れたばかりのカリナを1人にしてしまったのは私の致命的ミスだ。 それにしても、そこまでロバート国王がなりふり構っていないのなら、こちらも強行手段に出たほうが良いだろう。(もう、彼には国にお帰り頂くか⋯⋯)「それに、どうしてアルベルトにカリナの護衛をさせるのですか? お兄様はアルベルトの気持ちをご存知ですよね」「私はアルベルトを信用している」 アルベルトは人の気持ちの分かる人間だ。 だからこそ、彼は周囲に優しくできて人に好かれる。 今、初めての恋で自分を見失っている部分もあるが、愛する人を傷つけたりはしない。「はぁ⋯⋯確かにロバート・スペンサーのようにカリナを無理に自分のものにしようとはしないと思います。お兄様もアルベルトのようにカリナを愛しているのですか?」「そう見えるか?」 カリナを自分がどう思っているかは、あまり考えた事がなかった。 彼女はレベッカが守って欲しいとお願いしてきた子で、アルベルトが大切にしている子だ。 当然、
ランスロット・アイリーは、父が母レイリアを失ってから毎日のように彼女にもっと尽くしてあげたかったと嘆いたことを知っていた。 そのような父を見て、自分は妻を娶ったら後悔のないようにしようと誓った。 妻の望みを全て叶える夫になる。 それが父を反面教師にして学んだ彼の出した答えだった。 幼い頃から神童のように扱われてきた彼は何でもできてしまって後悔した事がなかった。 多くの事を先読みし行動でき、周囲は彼を称賛してきた。 彼の父は周囲から見て理想の公爵だったが、家の中では酷い体たらくだった。 彼が6歳の時に弟アルベルトの出産が原因で母レイリアが亡くなった。 その時、妹のレベッカはまだ2歳で母を失った事も理解できていなかった。 彼には父と母が非常に仲睦まじい夫婦だった記憶があった。 貴族には珍しい恋愛結婚をした2人だから当然かもしれない。 父は母を失うまでは家では子煩悩な上に穏やかな男だった気がする。 しかし、愛し合った片割れを失った父は変貌した。 毎晩のように酒を浴びるように飲み、母の喪失を嘆いた。 彼はそのような父を情けなく思い領地に追いやった。 大雑把で突拍子もないことをして目が離せないレベッカと、傷つけられてきて自分を卑下しながら生きる哀れなアルベルト。2人の繊細な心を守るのが自分の役目だと思った。♢♢♢ レベッカはとっても手がかかる妹だ。 ある日、彼女は銀髪の気を失った女性を連れて来た。 スペンサー王国とサマルディー王国の戦争の引き金になりかねない、国際問題を抱えた女性カリナ・ブロワ男爵令嬢だ。「お兄様、早馬で知らせた通りです。この子を助けてください」 レベッカは兄である私を何でも解決してくれる何でも屋だと勘違いしている節がある。 彼女は思いつきで行動することも多く、完璧な令嬢と評判だが実は仕事のミスも多い。 そのフォローをしている内に、彼女の中で問題を家に持ち込んでも私が何とかするという数式が出来上がってしまった。 今回もヘンゼル皇太
私は必死に目に力をいれ涙を堪えながら、ランスロット様に語り掛けた。「セシリア様を助けてくださるのですね。心から感謝申し上げます。それと、もしかしてランスロット様は魔法使い様ですか?」 ランスロット様は不思議な方だ。 無口で無愛想で何を考えているか分からない。 でも、彼が深い優しさを持っているという事だけは伝わってくる。 そして、彼が大丈夫だと言えば、本当にな大丈夫な気がしてくる。「すまない。どうして私が魔法使いということになるのかが全く分からない」 ランスロット様が笑いを堪えている。 彼の笑いのツボは分からないが、私は普段無表情な彼の目がほにゃっとなり笑ったような顔になると嬉しくなる。「ランスロット様が指で指輪の石を撫でると、石からエミリアンの声がするので⋯⋯」「君が撫でても声が拾えるはずだが?」 彼に言われて、私も必死に指輪の石を撫でてみた。 耳に石を当ててみても、全く声が聞こえない。 彼は私の人差し指を軽く握ってきた。「体温が低いな。この石はエミリアン王子の部屋に設置してある盗聴器の音を拾えるようにしている。体温に反応するようにできているのだが、君の体温では低過ぎるらしい」 私は彼が触れてくれている自分の人差し指をじっと見つめていた。 指先を触れられているだけなのに、心臓が小動物のように早くなる。 彼は体温が高いのか暖かくて気持ちが良くて、ずっと握っていて欲しいと思った。「すまない。不躾に触れてしまった。エミリアン王子の安全に関しては最優先事項として確保している。また、声が聞きたくなったら言ってくれ」 彼に慌てて手を離されて、名残惜しい気持ちになった。「あの⋯⋯エミリアンはいつも泣いているようなのですが、何を嘆いているのでしょうか?」「な、何を嘆いている? 赤子は泣くのが仕事だ。自分の要求を泣くことで伝えているのだ」 周囲に赤ちゃんがいた事がないから、的外れな事を聞いてしまったようだ。 なぜだかまた彼は口を押さえて笑いに堪えている。 指輪か
アイリー公爵邸に向かう馬車の中でアルベルト様と2人きりになる。 アルベルト様は向かいではなく、私の隣に座って来た。 気まずい空気が流れるが当然だ。 私はずっと心から私を心配してくれている彼を騙していた。「アルベルト様、申し訳ございませんでした。私は嘘をついていました⋯⋯」 「カリナ⋯⋯嘘というのは人を騙す為に吐くものだ⋯⋯君は俺たちを巻き込みたくなくて偽名を使っていたんだよね。それは嘘じゃない⋯⋯」 アルベルト様が真っ直ぐに私の目を見ながら話してくる。 「私を軽蔑しますよね」 「軽蔑? あぁ、してるよ」 当然、紡がれた彼の言葉に私は目を瞑った。 彼はいつも私を優しく気遣ってくれた。 それなのに、全てが嘘だったと聞かされた彼の苦悩は計り知れない。 その時、ふわりと暖かい温もりに包まれる。 私は気がつけば彼に抱きしめられていた。「俺はロバート・スペンサーを軽蔑しているどころか、殺したいよ。どうして君を軽蔑できるの? 地位も体格も違う彼を、こんなか弱い君がどうやって拒絶できるのだ!」 アルベルト様が震える体から怒りや悲しみを感じた。 私のことで怒ってくれる彼に喜びのような感情が生まれてくる。「でも、私は子を見捨てて逃げたのですよ」 「たらればの話をするのは好きじゃないけれど、もし君がエミリアン王子を連れて逃げてたら、彼は死んでたよ。姉上が発見した時、君は気を失っていたのだから⋯⋯君は結果的に子を守っている。結果が全てだ」 結果が全て⋯⋯冷たく聞こえるかもしれないその言葉は私の心をなぜか癒した。 アルベルト様はいつも欲しい言葉をくれる方だ。「私、アイリー公爵家の皆様のお役に立てるよう頑張ります。ダメなところがあったら言ってください。アルベルト様はいつも優しいけれど、私には気を遣わないでください。自分がまだまだだって自覚してますから」 「君は俺にとっては完璧だよ。理想の女の子だ」 抱きしめられていて、彼の表情が見えない。 「理想の女の子」だなんて初めて言われた。