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2.私の前に現れた女神

last update Last Updated: 2025-07-18 18:56:03

「やっと目覚めたのね」

 目を開けるとふかふかのベッドに寝かされているのがわかった。

 そして目の前にいる艶やかな黒髪に琥珀色の瞳をした女性の笑顔が女神のように見える。

 彼女は純白の騎士服のようなものを着ていて、一目でわかる品性に溢れた高貴な方だ。

 指先まで計算し尽くされているような洗練な仕草に、澄んだ包み込むような声。

 透き通るような白い肌が眩しくて、女の私でも惚れてしまいそうになった。

「あの、あなたは⋯⋯」

「私はレベッカ・アイリー。一応、オリタリア帝国の公爵令嬢よ」

 おどけたように肩をすくませているレベッカ様から、私に気を遣わせないようにしている優しさを感じた。

 オリタリア帝国といえばスペンサー王国から距離がある。

「どうして私はここにいるのですか? ここは、オリタリア帝国なのですか?」

「そうよ。ここはオリタリア帝国のアイリー公爵邸」

 洗練された調度品からもこの邸宅に住む人間の品位を感じた。

 裏切られ子を奪われても、何もできない無力な私には不相応な場所だ。 

 夢を見ているのではないのだとしたら、私は1ヶ月以上は意識がない状態だった。

 馬車を全力で走らせても、スペンサー王国からオリタリア帝国は最低でも1ヶ月は掛かる。

 その間、目の前にいるレベッカ様が然るべき処置をしてくれたのだろう。

 何の面識もない私に対して慈悲深い女神様のようなお方だ。

 アイリー公爵家といえば、私でも知っているオリタリア帝国の序列一位の歴史ある名門公爵家だ。

「気を失っているあなたを見つけて連れてきたの。その⋯⋯血だらけだったしね。自分の名前は言える?」

「⋯⋯セーラです。色々とご迷惑掛けたようで申し訳ございません」

 咄嗟に私は嘘をついた。

 私は命を狙われている身だ。

 朧げだが隠し通路の出口まで辿り着いた記憶がある。どこまでも続く広い草原のような景色が広がっていた。

 涙で滲んで視界不良だったのか、霧がかかってたのか分からない。

 この世の場所ではないような風景を見て、次に何をすれば良いのかも分からない自分に呆然とした。

 遠くから聞いたことのない獣の鳴き声がして恐怖を感じた瞬間、意識を失った。

 悪露というのだろうか⋯⋯止めどなく流れ出る血で私は貧血状態に陥り倒れたのだろう。

 扉をノックする音と共に、黒髪に琥珀色の瞳をした若い男性が入ってきた。

 おそらく、10代後半⋯⋯私と同じ年くらいの方だろう。

 少し幼なさを感じる可愛らしいルックスとは反する秘めた怒りを彼から感じた。

「アルベルト・アイリーだ。顔色が悪いが、体を起こしても大丈夫なのか? 無理をする必要は全くないのだぞ」

 優しく落ち着いた包み込むような声。

 今、私は絶望の淵にいるのに、今まで生きてきた中で1番人に心配され思いやられている。

「アルベルト、気持ちはわかるけれどセーラの事を気にし過ぎよ」

「セーラという名なのか。セーラ、君はおそらく子を産んだのだ。その事は覚えているか? 命掛けだったのだろう? なぜ、あのような場所で⋯⋯」

 私の手を取り、まっすぐに見つめてくる彼は心底私を心配している。

 とても情が深い方なのだろう、揺れる瞳や小刻みに震える手から彼の私を思ってくれている気持ちが痛い程に伝わってきた。

 彼の琥珀色の瞳に映る私は明らかに動揺していた。

「子供⋯⋯」

「僕の母上は僕を出産した事が原因で亡くなったのだ。出産時に感染症に罹ってな⋯⋯」

 私は置いてきた性別も分からない子を想った。

 頬を熱いものが伝う。

「ちょっと! アルベルトは私情を挟み過ぎよ。セーラは今目覚めたばかりなのに」

「すまなかった。セーラ⋯⋯ゆっくり休んでくれ」

 偽名を使った私を心から心配してくれている2人に申し訳なくて居た堪れない気持ちになる。

 アルベルト様が部屋を出ていくのとほぼ入れ違いに、神経質そうな男性が入ってきた。

 彼は威厳があって、私を無表情で見つめて来るのが怖くて体が震えた。

「お兄様! 黙ってないで、レディーの部屋に入ってきたなら自己紹介して」

「ランスロット・アイリー、この邸宅の主人だ。困ったことがあったら、何でも言うと良い」

「⋯⋯セーラです。このように良くして頂きありがとうございます。お陰様で体も回復しました」

 私がベッドから立ちあがろうとすると、足がぐらついた。

 地面が近くに見えて恐怖に襲われた瞬間、温かさと透明感、気品のある鈴蘭のような香りに包まれた。

 ランスロット様が私の腰をを支えてくれて、転倒が防げたようだ。

「1ヶ月も目が覚めなかったのに、急に起き上がるとは⋯⋯」

 頭の上からランスロット様の冷ややかで呆れたような声がする。

「も、申し訳ございません⋯⋯」

「もっと、ゆっくり寛いで欲しいし、そのような体で無理をしたら心配だって言いたいのよ。全く、公爵になったっていうのに相変わらず言葉選びが最低ね⋯⋯」

 レベッカ様が私の手を取り、ベッドに座らせてくれた。

「公爵様、私に仕事を頂けますか? ここに置いて頂いている間だけでも働かせて欲しいのです」

「そのようなフラフラな体でできる仕事はない。休んでいろ⋯⋯」

 ランスロット様はそっけなく言うと部屋を出て行った。

「ふふっ! 本当にお兄様って困った方でしょ。キツイ物言いかもしれないけれど一応セーラを思い遣っているのよ」

「伝わっております⋯⋯」

 ランスロット様の威圧感に気圧されてしまったが、彼が私を気遣ってくれているのは感じ取れた。

「お兄様は見た目はカッコ良いけど、あんな感じだから全くモテないのよ。婚約者も泣いて逃げ出してたわ⋯⋯モテモテのアルベルトとは真逆ね」

「分かる気がします」

「ふふっ! そこは、そのようなことありません、公爵様も素敵です! でしょ。遠慮がちかと思えば、遠慮がないくらい正直すぎだわ。セーラって面白いのね」

 私の緊張を解きほぐそうとしてくれるレベッカ様に心が癒されていくのを感じる。

 これ程、人に気を遣われた事がなくて、ここが天国かと錯覚しそうになる。

 風通しをよくしようとしてくれたのか、レベッカ様が窓を開けた。

 少し生暖かい風が入ってきて、気持ち良い。

 レベッカ様の瞳がふいに切なそうな色を浮かべる。

「レベッカ様?」

「私ね⋯⋯来月には結婚するの。ヘンゼル・オリタリア皇太子殿下。穏やかで素敵な方よ」

「結婚⋯⋯したくないのですか?」

 彼女の憂鬱そうな表情を見て思わず発してしまった言葉を後悔した。

 明らかにレベッカ様を困らせている。

「あ、あの、申し訳⋯⋯」

「謝らないで⋯⋯セーラの言う通りだから⋯⋯帝国の皇太子妃になれるのにね。私の好きな人はあそこにいる庭師なの。年齢も離れているし、身分も違う。結婚前に彼の故郷の高山植物が見たくて、スペンサー王国に行ったのよ」

 レベッカ様は口元を手で抑えて泣くのを我慢しているように見えた。

 地位も名誉も美しさも兼ね備え、約束された未来を持っている彼女の心の葛藤が伝わってきた。

「どうして、セーラが泣くの?」

 レベッカ様が吹き出している。

「あの⋯⋯庭師の方の魅力が分からなくて⋯⋯」

 レベッカ様の視線の先にいる彼女の想い人。

 窓の外を覗き見るように乗り出してみるが、特段目を引く方ではなかった。

 深い藍色の髪に焦茶色の瞳、30代前半くらいのイカつい褐色の男性が一心不乱に花を愛でている。何だか、不思議な光景だ。

「ちょっと、失礼過ぎない? 確かにケントは花の話しかしないし、気も遣えなくてモテないけれど⋯⋯」

 レベッカ様が必死に笑いを堪えている。

「申し訳ございません。ただ、レベッカ様に想われている庭師のケント様を羨ましく思った次第です」

 このような女の私でも憧れる女性が想い続ける人⋯⋯実は凄い方なのかもしれない。

 私は食い入るように窓の外のケント様を見つめた。

「セーラ、そのように必死にみてもケントの魅力は私にしか分からないのよ。あなたは仕事が欲しいの? 働き者なのね。来月、私が結婚したら私の侍女として一緒に皇宮に行かない?」

 レベッカ様の申し出は非常にありがたい事だった。

 子供を見捨てるように逃げてきたのに、私は生きたいと思っている。

(私の子⋯⋯無事でいてくれてる? 大切にされてる?)

 子を産んだ時の痛みが蘇ったように、身体中に激痛が走る。

 もっと痛みが欲しいと思った。

 愚かで浅はかな私を罰して欲しい。

 それが子を見捨てた贖罪にはならないけれど、このように人に優しくされる資格など私にはない。

「じ、侍女として働きたいです⋯⋯」

 エミリアーナ様の侍女として働いた記憶が蘇る。

 彼女も気さくで優しい方だった。

「セーラ、あなたって本当に泣き虫ね。オリタリア帝国の貴族は人前で泣いてはいけないの。皇宮に行ったら泣くのは私の前だけにしないとね⋯⋯」

 レベッカ様は私の隣に寄り添い、肩を優しく撫で続けてくれた。

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  • 契約夫無双〜冷血公爵様は妻の願いを全て叶えます〜   15.彼女を守るために(ランスロット視点)

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