「俺がこんなに結婚を前向きに考えているなんて、自分でもびっくりだよ。」
「私も。会社のことがなければ、結婚を考えなかったけれど、啓介に決めてよかった。」
啓介と出会ってからのことを思い返す。最初、私は結婚していないことに対する周りの声や偏見が嫌で回避するために結婚という選択肢を選んだ。
「自由を手に入れるための結婚だったはずが、結婚すること自体が面倒だったな。」
「そうね、それは大きな誤算だったわ。」
私たちは顔を見合わせて大きく笑った。
結婚して、独身の時の生活を謳歌しながら、社会的信用を得る「自由」を手に入れるはずだった。しかし、結婚を決めてから入籍するまでに、こんなにも困難が待ち受けているなんて思いもしなかった。
だが、凛の策略や義母との対峙、夏也との誤解という試練を乗り越えるたびに、啓介への信頼は増し、二人の関係はより濃いものとなっていった。困難が、私たちを試すように、そして二人の絆を強くするように次々と訪れた。
「結婚って面倒だけど一緒に乗り切れると思う相手となら楽しめるものね。」
「ああ、そうだな。こんなに逞しい人を奥さんにできて嬉しいよ。」
「ねー、今の『逞しい』の言い方に少し含み
「あ……」その日、佐藤は高年収者だけが参加できる会員制のプレミアム合コンに参加していた。本気の出会いを求めているのではない。彼が求めているのは、お互いに相手にのめりこむことなく、会いたいときだけ会える利害関係の一致した相手だ。(日頃の連絡は一切せずに、会いたいときだけ連絡取って会える人ってなると、どうしても既婚者の女性になりがちなんだよな……。)もし見つからなければ、それはそれで良かった。女性が自分のことを異性として意識している姿や照れた表情を見るのは、普段家族と接している中にはない高揚感があったからだ。家族のことは大事で失いたくはない、しかし、たまには自分も「男」なのだと感じられたいし、恋愛していた頃の男女の楽しさも味わいたい。妻とはすっかり家族になってしまい、もう何年も女性として見たり同じ時間を楽しむことはなくなってしまった。そんな時、人混みの中に見覚えのある女性を見つけた。啓介の会社の創立パーティーにいた凛だ。この日は、レースの繊細な刺繍が施された、白のふんわりとしたワンピースを着ており、上品だが可愛らしさもあり小柄で華奢な彼女の良さを引き立てていた。(あれは、あの時の……。あの女は、自分の良さをしっかりと理解して服や雰囲気を作っているな。相当モテてきただろうし、欲しい物は手に入れないと気が済まないタイプだ。彼女と関わったら面倒なことになる。)
「俺がこんなに結婚を前向きに考えているなんて、自分でもびっくりだよ。」「私も。会社のことがなければ、結婚を考えなかったけれど、啓介に決めてよかった。」啓介と出会ってからのことを思い返す。最初、私は結婚していないことに対する周りの声や偏見が嫌で回避するために結婚という選択肢を選んだ。「自由を手に入れるための結婚だったはずが、結婚すること自体が面倒だったな。」「そうね、それは大きな誤算だったわ。」私たちは顔を見合わせて大きく笑った。結婚して、独身の時の生活を謳歌しながら、社会的信用を得る「自由」を手に入れるはずだった。しかし、結婚を決めてから入籍するまでに、こんなにも困難が待ち受けているなんて思いもしなかった。だが、凛の策略や義母との対峙、夏也との誤解という試練を乗り越えるたびに、啓介への信頼は増し、二人の関係はより濃いものとなっていった。困難が、私たちを試すように、そして二人の絆を強くするように次々と訪れた。「結婚って面倒だけど一緒に乗り切れると思う相手となら楽しめるものね。」「ああ、そうだな。こんなに逞しい人を奥さんにできて嬉しいよ。」「ねー、今の『逞しい』の言い方に少し含み
「でも、今回の件で改めて凛と向き合わなくてはいけないと思ったよ。凛が直接指示したわけじゃないけれど、凛から話を聞いたことで、木下さんが心配して動いたわけだから。それに誤解や噂を立てるようなことは、やめてほしいし。」「そうね。夏也のように凜さんの話を聞いて行動を起こす人ばかりではないにしても、偏見で見られるのは困るわよね。私たち二人が言って、納得するかしら。どうしたら、凜さんの諦めがつくかな?」私は、啓介と手を繋ぎながら、凛という強敵について話し合った。凛の執着心の強さは、もはや笑い話では済まされない問題だった。「それなんだよ。普通の人なら、とっくに諦めると思うんだけど……。」今までの凛の行動を思い出す。啓介と自分の関係を都合のいいように湾曲して説明し周りの協力を仰いでいること、パーティーでのDVD、そして突然のカフェでの再会。その常人離れした行動力に二人で同時に溜め息をついた。「結婚最大の敵が元カノっていうのも面白いけどね。」私の言葉に、啓介は心底うんざりしたような顔をしながらも小さく笑った。「やめてくれよ……。でも、佳奈が冗談でもそう言って笑ってくれる人で良かったよ。」「啓介は、私から離れないし、凜さんのところにはいかないって自信があるから言えるのよ。」
「俺たちが誤解していただけで、木下さんは悪い人じゃなかったんだな。申し訳ないことしたと思うけれど、安心したよ。」夏也と別れた帰り道、啓介と手を繋ぎながら今までの出来事を話していた。急に元彼アピールをしたり、啓介を挑発するようなことをするから、てっきり未練があって関係を壊そうとしているのだと啓介も私も思っていた。まさか、そんな真意があったなんて想像もしていなかった。「仕事も転々としているって聞いていたけど、大手IT企業にも勤めていたなんて全然知らなかったわ。」「佳奈のことが大切で、好きなんだね。」啓介の言葉に、嫉妬や棘のある含みはない。啓介は、私と夏也への信頼からか穏やかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。「うん、もうお互いに恋愛感情はないけど、相手の幸せを心から願える家族みたいな感じかな。そういえばね……。」夏也に結婚を考えている彼女がいることを伝えると、さきほどの私と同じように「えー!」と大きな声を出して驚いていた。「もー、なんなんだよ。悪い人じゃないけれど、よくそこまでできるな。」啓介は手を額に当ててため息をついていたが、しばらくすると小さく笑った。「でも、良かった。実は、佳奈が木下さんのことを『家族みたい』って言うたびに、関係の深さを見
「さっき私のこと、色々言ったけど、夏也も信じたら疑わない頑固者だと思うけど?」私の言葉に、夏也は苦笑した。「ああ、そうだな。似た者同士なのかもな。」夜風が心地よく少しだけ冷たくなった空気の中、私たちは顔を見合わせ笑った。過去の出来事が、すべて解き明かされた今、二人の間に怒りも後悔はもはやなかった。「佳奈、幸せになれよ。」「ありがとう。夏也も。いい人見つけて幸せになってね。」私の言葉を聞くと夏也は少し気まずそうな顔をして頭を掻いた。「あー、実はさ、付き合って三年の相手がいるんだ。結婚も真剣に考えている」「はああーー!?!?」私は、この日一番の大声を上げた。今までの一連の行動はなんだったの!?と、心の中で叫びたくなる。しかし、夏也自身にも大切な人がいると知って、心が温かくなった。「佳奈は家族みたいなもんだから、幸せになって欲しかったんだよ。」「私も、夏也はさ、家族みたいなもんなんだよね。」過去の
「夏也、色々とありがとう。あと、勘違いして怒ってばかりでごめんね。」この場は啓介が会計をしてくれたので、その優しさに甘えることにした。私は夏也と二人で先に店を出たタイミングで、改めてお礼と謝罪をした。「いいんだ、俺も良いやり方がこれしか思いつかなくて。それにしても、高柳さんにも俺たちが別れた理由を留学って言っているんだな。」「うん。本当は夏也が何回も謝ってきたときに許そうと思ったの。でも、夏也が『他の女を知らないのは恥ずかしい』って言ったのを聞いて幻滅しちゃって。」私の言葉に夏也は大きくため息をついた。その表情には、過去の自分の言動に対する後悔と、恥ずかしさが入り混じっていた。「あー、あれか。あれ、馬鹿だったよな、俺。絶対的に俺が悪いんだけど、言葉足らずというか、やり方を間違えたというか……。」「どういうこと?」夏也は、言いづらそうに言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。「俺も佳奈も初めて同士で、異性の身体のことって相手以外知らなかっただろう?佳奈をもっと喜ばせるには、一緒に楽しくなるためにはどうすればいいか考えたら、テクニックを上げることだと思ったんだよ。それで、練習をしたかったというか、もっと色んなことを知って佳奈を喜ばせたかったんだよ。しかも、驚かせたいとも思ったわけ。言い訳がましいし、本当に馬鹿な発言なんだけどさ。」