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第4話

作者: 美桜
last update 公開日: 2026-07-06 10:10:37

深夜。

香織がベッドの中で鬱々と眠れずにいると、階下から玄関のドアが開く音がした。

帰って来たの…?

彼女は僅かに眉を顰めた。

渉はいつも実家に帰った時、その日は帰らず泊まってくる。

ましてや今夜は彼のグループ総裁就任と、婚約が発表されたのだ。夜を徹してお祝いをしても不思議じゃない。

それなのに、なんで…?

香織は、耳に届く彼がリビングのテーブルに鍵を置く音や、何か荷物らしき物を置く音、そして、深いため息をつく音を聞いた。

やがてー。

カチャ…

静かに寝室のドアが開き、ほんの少しだけ彼が入り口で立ち止まった気配を感じた。

ふぅ…

吐き出された息は小さかったが、香織の胸はズキリと痛んだ。

まるで、彼が自分に失望した証拠のような気がしたのだ。

「香織…起きてるだろ?」

「……」

渉は確信を持って呼びかけてきた。

香織は瞑っていた瞼を上げ、ゆっくりと身体を起こした。

「お帰りなさい」

「うん…」

彼は香織の頭をひと撫でし、上着に手をかけた。

「……」

いつもなら、ここで彼女は立ち上がり、彼から脱いだ上着を受け取ってクローゼットにしまい、寝支度を整えだすはずだ。

だが、今夜の彼女は動かなかった。

渉がシャワーを浴びた後、いつもの場所を見ても着替えは用意されてなかった。

「……」

仕方なくバスタオルを腰に巻いて寝室に戻ると、相変わらず部屋の明かりは消したままで、香織もまた、ベッドに潜り込んていた。

脱いだ上着も、そのまま放置されていた。

「香織」

渉の声に、若干の苛立ちが混じる。

彼女が再び目を開けると、真横に立った渉が探るような視線で見下ろしてきた。

「どうした?機嫌が悪いのか?」

「……別に」

香織は無感情にそう呟くと、のろのろとベッドから下りた。

そして放り出されていた渉の上着を手に取ってクローゼットに向かい、戻った時にはその手に彼のパジャマがあった。

「どうぞ」

平坦な声音で差し出され、渉の眉がピクリと動いた。

「何をそんなに怒っているんだ?」

「怒ってません」

「怒ってるだろうっ」

「いいえ…怒ってません。本当に…」

「……」

そう…香織は怒ってなどいなかった。ただ、無性に虚しかったのだ。

「香織…」

「おやすみなさい」

「待てっ」

再びベッドに入ろうとした彼女の腕を咄嗟に掴み、渉はその眉を寄せた。

「いったいどうしたんだ?何があった?」

「……」

香織はそんな彼の顔をチラリと見て、そして目を逸らした。

「何もありません。ただ…自分の愚かさに嫌気が差しただけです」

「どういう意味だ?」

投げやりな彼女の言葉に問い返すと、彼女は視線を戻さないままフッ…と鼻で嗤った。

「香織…?」

渉が訝しげに彼女の名を呼ぶと、思わぬ強さで掴んでいた腕を振り払われた。

「なんでもないって言ったでしょう!?いい加減にして!」

「なんだ、その言い方は!?こっちは心配してー」

「心配!?」

渉の言葉を遮って、香織が睨みつけてきた。

「誰がそんなこと求めました?余計なことしないでくださいよ。あなたは、あなたの大切な人を気にかけてればいいでしょ!」

「……」

渉はこんな香織を見たことがなく、呆然とした。

だがー

「ただの契約関係なんだから、これ以上踏み込んでこないで!!」

そう言われた瞬間、カッとした。

「ただの契約関係だと!?」

「そうよ!何か間違ってる!?」

「お前ー!」

咄嗟に手を振り上げた。

でもその瞬間、彼女がビクリと身を竦め、腕で顔を守ったところを目にした途端、その衝動が消えた。

はぁ……

彼は気を落ち着ける為、一度深くため息をついた。

「もし、美華のことを言っているのなら…それはお前には関係ないことだ」

「っ…」

香織はその言葉に、胸の奥が鋭いナイフで抉られたかのような錯覚を覚えた。

ズキズキする胸を抱え、自嘲するように嗤った。

「ええ…そうでしょうね…」

俯いてそう呟くと、溢れそうな涙をグッと堪えた。

関係ない。確かにそうだ。彼が誰と婚約しようが、誰と結婚しようが、そんなことに自分はまったく関係ない。自分と彼は、ただの金銭の絡んだ契約関係なのだから…。

香織は気持ちを整えると顔を上げ、平坦な声で告げた。

「おやすみなさい」

「……」

渉はそれを見て、チッと舌打ちした。

「わかった。今回の報酬に100万上乗せしてやる。それでいいだろう?いい加減、その仏頂面をなんとかしろっ。気分が悪いっ」

「っ…」

香織は、その言葉に心臓をきつく鷲掴みされたような気がした。

結局、お金なのね…。彼の中で私はお金で何でもする女…それだけの認識なのね…。

改めてそう理解すると、彼女は最後のプライドを保つ為に微笑った。

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