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第656話

Author: 楽しくお金を稼ごう
天音は恥ずかしそうに呟く。「もうずいぶん経つでしょ。だって、丸々一ヶ月だもん」

要は一瞬動きを止めた。帰国してから、少しずつ天音の心を開くことができたということなのだろうか?

もし十三年前に、自分がひいていなかったら……

蓮司に負けることなんてなかったのかもしれない。

胸が締め付けられるような切なさがこみ上げてきて、要は思わず天音にそっとキスをした。唇から耳元へと口づけを移し、愛おしそうに囁く。「天音、遅くなってごめん。

十三年前、俺は君を連れて行くべきだったんだ」

要は天音の耳元で、愛情を込めて囁きつづける。十数年も胸に秘めてきた想いを、この瞬間にすべて伝えたかった。「辛い思いをさせたな」

天音ははっと目を見開いた。涙がみるみるうちに瞳に溢れ、しょっぱい雫が頬を伝って落ちていく。

十三年?

要は、十三年も自分のことを好きでいてくれたっていうの?

本当に母の日記に書いてあった通りなの?

出会った最初から、自分のことが好きだったっていうの?

要の腕の中の天音は、体の震えが抑えきれずに、嗚咽を漏らした。

要は天音の体に手を回して抱き起こすと、その涙を指で拭った。

しかし、肩を震わせる天音の涙は止まらない。

その時、ひんやりとした何かが、突然天音の首筋に触れた。

手を伸ばしてそれに触れると、瞳に溜まっていた涙の雫がこぼれ落ち、滲んでいた視界がはっきりした。微笑む要の顔が見える。

留め金をかけた要の手が天音のうなじから離れ、肩に置かれる。そして、低い声で尋ねられた。「どうかな?」

それは自分が絶対に見間違えるはずもない、母の形見のルビーのネックレスだった。

あのオークションで落札したのは、要だったのだ。

要は自分のために、一体どこまでしてくれるんだろう?

要が自分にかけてくれる想いと時間は、天音の想像をはるかに超えていた。

それなのに、自分は要に何も与えることができない。

だって、自分はもうすぐ死んでしまうのだから……

要との別れが自分の死だなんて考えると、指先が痺れるほど怖かった。しかし、天音は頷きながら、ドレスに涙をこぼす。「好き。すごく好き。

要、私のためにたくさんのことをしてくれて本当にありがとう。全てに感謝しているわ」

その瞬間、天音は強く抱きしめられた。要に顔を寄せられ、鼻先が触れ合う。要は彼女の頬を優しく撫で
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