Masuk美月は母との電話を切ると、すぐに藤崎へ連絡した。 仕事中だったため、まずはメッセージで事情を送る。『母が赤ちゃんを連れていたところ、朝倉和江さんに接触されました』 そこまで入力して、美月の指が止まった。 接触。 それだけでは、今日あったことが伝わらない。 和江は赤ちゃんを抱こうとした。 母が断っても手を伸ばし、帰ろうとした母の後までついてきた。 美月はできるだけ感情を入れず、母から聞いたことを順番に書いた。 送信すると、十分もしないうちに藤崎から電話が入った。『お母様とお子さんに怪我などはありませんか?』「はい。大丈夫です」『和江さんがお子さんに触れることは?』「母が避けたので、なかったそうです」『分かりました』「先生」『はい』「私、もうお義母さんには会わせたくないです」 今度は迷わなかった。「少なくとも、今は絶対に嫌です」『承知しました』「母に電話しないでほしいって伝えたばかりですよね?」『はい』「それなのに、今度は近所に来て……偶然だって言ったみたいですけど」 美月は唇を噛んだ。「私、偶然だと思えません」『お母様から、場所や時間なども確認しておいていただけますか』「はい」『和江さんが何と言ったか、どの程度ついてきたかも、覚えている範囲で構いません』「分かりました」『今回のことはこちらから先方代理人へ連絡します』「お願いします」 電話を切っても、美月の胸は落ち着かなかった。 自分が一緒だったなら、まだよかった。 母しかいない時に来た。 しかも赤ちゃんを抱いている母へ手を伸ばした。 もし母が強く断れなかったら。 もしそのまま赤ちゃんを渡してしまってい
「偶然ね」 和江にそう言われても、すぐには返事をしなかった。 ここは自宅からそう遠くない公園だ。 和江が普段から来るような場所ではないことくらい分かっている。「……こんにちは」 とりあえず挨拶だけを返し、腕の中の赤ちゃんを抱き直した。 その動きに合わせるように、和江の視線も動く。「その子……」 和江が一歩近づいた。「美月さんの赤ちゃんよね?」「はい」「やっと会えた」 嬉しそうな声だった。「写真では見ていたけど、本当に小さいのね」 和江がさらに近づこうとする。 反射的に半歩下がった。 その動きに、和江が眉を寄せる。「何もしないわよ」「すみません」「ちょっと顔を見せてもらうだけ」 ここで少し顔を見るだけなら、危険なことが起きるとも思えない。 けれど、美月はまだ和江に会わせると決めていない。「今は、私の判断で会わせることはできません」「もう会ってるじゃない」「そういう意味ではなくて……」「顔を見るくらいいいでしょう?」 和江はそう言いながら、赤ちゃんの顔を覗き込んだ。「あら……」 和江の表情が緩む。「かわいい」 赤ちゃんは知らない人の声が聞こえたからか、泣き止んで和江の方を見た。「私よ。おばあちゃんよ」「……」「初めまして」 和江が笑う。 その様子だけを見れば、初孫に初めて会えた祖母にしか見えない。 それ自体を責める気にはなれなかった。 けれど――。「抱かせてもらってもいい?」「それは……
『どうして?』 拓也へ送ったメッセージを見ながら、和江は唇を結んだ。 返事は来ない。 拓也は会える。 九条という男も、美月と一緒に赤ちゃんに会っている。 美月の母親に至っては、仕事へ行く美月の代わりに赤ちゃんの面倒まで見ているという。 なのに、自分だけが会えない。「私だって、おばあちゃんなのに……」 写真の中でしか見たことのない孫。 一度くらい抱いてみたいと思うことの、何がいけないのだろう。 ◇ 数日後。 和江は買い物へ出かける支度をしながら、ふと以前訪れたことのある美月の実家を思い出した。 結婚していた頃、何度か近くまで行ったことがある。 今でも同じ家に住んでいるはずだ。「……別に、会いに行くわけじゃないもの」 自分に言い聞かせるように呟く。 拓也からは、もう美月の家族へ電話しないように言われている。 直接連絡するつもりはない。 家を訪ねるわけでもない。 ただ近くまで行くだけだ。 もしかしたら、偶然会うことがあるかもしれない。 その時に少し話をするくらいなら、問題ないだろう。 そう考えて、和江は家を出た。 久しぶりに訪れた街は、以前とそれほど変わっていなかった。 駅前の店はいくつか入れ替わっていたが、見覚えのある道は残っている。「確か、こっちだったわね」 記憶を頼りに歩く。 美月の実家の前まで行くつもりはなかった。 近所を少し歩いたら、そのまま帰る。 そう決めていた。 けれど、ここまで来ると気になった。 赤ちゃんは今、美月と一緒にいるのだろうか。 それとも、美月の母親が見ているのだろうか。 先日の電話では、そこまでは聞けなかった。 和江は近くのス
数日後。 美月は藤崎から連絡を受けた。『拓也さん側から、お子さんとの次回の交流について提案がありました』「次ですか?」『はい。前回問題なく終了したことを踏まえて、少しずつ交流時間を延ばしたいとの希望です』「……そうなんですね」 美月は赤ちゃんを抱きながら、ソファに座った。『最終的には、第三者の同席なしで外出できる形を希望しているようです』「えっ」 思わず声が出る。「赤ちゃんを拓也に預けるってことですか?」『すぐに、という提案ではありません。段階的に、という話です』「……」『それから、和江さんについても、いずれ同席を認めてほしいとの希望が改めて出ています』 美月は眉を寄せた。「この前のことがあったばかりなのに?」『拓也さんから、今後はご家族へ直接連絡しないよう話したとのことです』「……そうですか」 美月は複雑だった。 拓也が約束を守り、前回の面会でも何も問題を起こさなかったことは事実だ。 だからといって、まだ小さな赤ちゃんを預けて二人だけにすることを想像すると、不安の方が大きい。「すぐに返事しなくてもいいですか?」『もちろんです。先方も段階的な話として提案していますから、こちらから条件を出すこともできます』「分かりました。考えます」 電話を切る。 美月は腕の中の赤ちゃんを見る。「難しいね……」 離婚すれば、拓也とのことは終わる。 以前は、どこかでそう思っていた。 けれど、この子の父親であることまで終わるわけではない。 それは美月自身も分かっている。 だからこそ、全部を拒否してしまうつもりもなかった。 ただ――。「二人きりかぁ&hel
母との電話を切ったあとも、拓也はしばらくスマートフォンを握っていた。 今回は駄目だった。 けれど、二度と会わせないと言われたわけではない。 母が美月の家族へ勝手に連絡したことを問題にされただけで、それさえしなければ、次は認めてもらえるかもしれない。「……次か」 拓也は呟いた。 その言葉から、昼間に弁護士から聞いた話を思い出す。 九条は、すでに子どもに会っている。 美月と三人で外出したこともある。 父親のように養育しているわけではない。 そう回答されていた。 それでも――三人で出かけている。 拓也が子どもに会えたのは、これまで一度だけだった。 時間も場所も決められ、第三者の目がある中での面会だった。 もちろん、それでも会えたことは嬉しかった。 小さな顔も、手も、写真で見るのとはまるで違った。 けれど、九条は違う。 美月と一緒に公園へ行ける。 隣を歩ける。 赤ちゃんが泣けば、その場にいられる。「……俺は父親なのに」 口にした途端、胸の奥に引っかかっていたものが形になった。 ◇ 翌日。 拓也は仕事の昼休みに弁護士へ電話した。「子どもとの面会のことで相談したいんですけど」『はい』「次、もう少し長く会うことってできますか?」『前回は特に問題なく終了していますから、希望として出すことはできます』「外で会うとかも?」『それも提案自体は可能です。お子さんはまだ小さいですから、体調や生活リズムへの配慮は必要ですが』「じゃあ……」 拓也は少し迷った。「母も一緒に、三人で会いたいです」『お母様も、ですか』「はい」『今回、お母様の同席は一度見送られています』「分かってます。でも、もう連絡しないように俺からも言いました」 少なくとも、母は「分かった」と答えた。「俺と母と子どもで出かけるのは無理ですか?」『最初からお子さんを預かって三人だけで外出する、という意味でしょうか』「……できれば」『希望として伝えることはできます。ただ、前回が第三者同席での面会だったことを考えると、いきなりそこまで条件を変えることに相手方が同意するかは分かりません』「じゃあ、段階的でもいいです」 拓也はすぐに答えた。「最初は誰かが一緒でもいいから。ちゃんと会えて、問題がなければ、次は時間を延ばして、その次は俺だけで会う
翌朝。 藤崎から電話が入った。『昨日の件、確認しました』「すみません。遅い時間に」『いえ。美月さんとしては、どうされたいですか?』「……今回は、お義母さんが一緒に会うのはやめたいです」 美月ははっきり答えた。「もう二度と会わせないって決めたわけじゃありません。でも、まずは私の家族に直接連絡するのをやめてほしいです」『分かりました』「それを守ってもらえるなら、そのあとで改めて考えます」『では、そのように先方へ伝えます』「お願いします」 電話を切る。 断ったからではない。 嫌いだからでもない。 今はまだ、安心して任せられない。 美月は自分でそう判断した。 ◇ 同じ日の午後。 拓也は弁護士から連絡を受けた。『お母様の同席についてですが、今回は見送るとの回答がありました』「……そうですか」 やっぱり駄目だったか。 そう思ったところで、弁護士が続けた。『それから、もう一点あります』「何ですか?」『お母様から、美月さんのお母様へ直接連絡があったそうです』「え?」 拓也は眉を寄せた。「母さんが?」『はい。相手方から、ご家族への直接の連絡は控えてほしいとの申し入れがありました』「……分かりました」 電話を切ったあと、拓也はしばらくスマートフォンを見つめた。 母には待つように言った。 なのに、勝手に美月の母親へ電話したらしい。「何やってんだよ……」 これでは、また美月が警戒する。 それくらいは分かった。 それでも拓也は、すぐに母を責め







