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3.蝶から毒蛾

Penulis: サイ
last update Tanggal publikasi: 2026-08-17 17:54:34

 徐々に蘇ってくる記憶を思い起こしながら、私は相変わらず窓の外を見つめていた。

 ——そう、ナノリアは愛情深く育てられていた。

 途中までは。

 国王ドローネの温かい抱擁は今でも覚えている。王妃サフィアも優しく、一人息子のアディノスと兄妹のように育てられた。——4歳までは。

「……………」

 日はもう既に高く昇り、朝ご飯のいい香りが漂って来る。

 まだこの部屋に来る人はいない。——いや、呼ばない限りここには誰も来ない。

 あれほど眩しかった日々が、嘘だったかのように色を失っていった。幸せだった記憶さえ、消えそうなほどに。

 ——そう、あの日を境にナノリアの世界は一変した。

 ナノリアが4つになった時、国王ドローネが、病に伏した。

 国政の場で突然倒れたと聞いて、ナノリアは慌てて駆け付けた。

 いつもなら素通りするはずの扉は固く閉ざされ、ナノリアを中に入れてはくれなかった。

「へいかは……へいか!」

「お入り頂くわけにはいきません。姫様、お戻りください」

 いつもは挨拶を交わす近衛が今日は立ちはだかり、頑として退いてくれない。

 心配でたまらないのにどうしようもなくて、ナノリアはその場にへたり込んだ。

「どうして……」

「陛下は病に侵されておる。原因不明のな」

 聞き慣れた王妃サフィアの声。でも、これまで聞いたことが無いくらい冷たい声だった。

 青い顔をしていた。袖には血が付いている。——ドローネは吐血して倒れたと聞いた、それだろうか。

「おうひさま、へいかは……ご、ごぶじで」

「今は、まだ」

「あいたい——」

「ならぬ!!」

 びくりと肩が震えた。

 サフィアのこんな大きな声も、初めて聞いた。

「これまでロフェリア王国は精霊の加護により盤石であった。——そなたが来るまでは!」

「え」

「国王が謎の病に倒れるなど、ありえなかった。昨日までお元気でいらしたというのに」

 それは、その言い方だとまるで。

「陛下に何かしたのではあるまいな」

「え……?」

 言っている言葉の意味が分からなくて、ナノリアはただサフィアの顔を見た。サフィアはハンカチで口と鼻を覆っていた。

「聞けば蛾の羽には、毒の鱗粉りんぷんなるものがあるらしいではないか」

「でも。でも、わたし……」

 サフィアが近衛に厳しい視線を向けた。

「連れてゆけ。ナノリアを部屋より出すな」

「おうひさま……!」

 バタン! 大きな音を立てて、扉は閉められた。そして二度とその扉がナノリアに開かれることはなかった。

 王妃サフィアはそれ以降、ナノリアとの会話を全て拒否した。

 愛する夫の吐血と急激な病があまりにもショックだったのだろう。これまで優しい母の顔だったサフィアはどこにもいなかった。一瞬でナノリアを王の敵として責め立て、許さなかった。

 動揺し、理由を探し——これまでは美しいと褒めていたナノリアのその羽が、急に異質なものに見えてきたのだろう。

 王妃が手のひらを返せば、王城の者らはみな従わざるを得ない。

 ナノリアは急激に人々から冷たくされた。もう誰もナノリアを姫とは呼ばなくなった。

 ドローネの病は良くなることはなかったが、病床にありながらもなんとか自分の後継をアディノスと定め、辺境からその後見人を呼び寄せた。

 毎日欠かすことなく祈り続けた甲斐もなく、あっという間にドローネは息を引き取った。

 ドローネとの別れはナノリアにとってもあまりにもショックだった。

 会う事は敵わなかったが、遺言でナノリアを頼むと言い残して、崩御したらしい。

 最後まで心配をしてくれたという事に涙が止まらず、一人部屋で泣き続けた。

 その遺言のお蔭で、ナノリアは何とか今日まで生き続けることができた。

 王族の生活空間である内城の、限られた一角から出ることは許されなかったが、それでも殺されることも追放される事もなく、暮らすことを許されて。

 毒蛾の妖精だと言われ、羽を隠し、忌み嫌われながら——10年。

 そうして15の歳、ついにナノリアの魂は擦り切れてしまった。

「わたし、死ぬのね」

 ナノリアは最期、一人きりの部屋で、このベッドの上でそう呟いていた。

 身体はもう、指一本動かすのもつらい。食事も喉を通らなくなって、部屋に閉じこもるようになって。それでも誰一人見舞いには来なかった。

 ひたすら縋りついたアディノスからも、もう何日も口をきいてもらえていない。

 寂しい人生。

「わたしが何者かもわからないまま、こうして死ぬんだわ」

 飛べない妖精。妖精かどうかも分からない異質な存在。

 前国王の恩情により何とか生きながらえていたけれど、長く生きられないような気はしていた。国王が亡くなってから、日に日に体が重たくなっていたから。

 ナノリアは最期——そのすべてが絶望の中、ひっそりと息を引き取った。

*** 

 私はまだ空虚なままの胸に手を当てた。

 ここは、まだぽっかりしたままだ。埋まる日なんて来ないのかもしれない。——でも。

 胸に手を当てて、その感触を確かめる。この感覚は現実のものだ。

「よし」

 記憶は整理できた。

 不思議な感覚だ。確かに自分の体験として頭の中にあるのに、俯瞰して見たような気もする。

「ナノリア」

 名前を呼んでみる。

 応える声は勿論ないし、彼女はもう消滅してしまったのだろう。

 時間が経てば経つほど、少しずつこの身体が私に馴染んでくるのがわかる。

 託されたのだとしたら——何かの導きと思って精一杯、生きるしかない。

「私はナノリア……」

 ナノリアとしての人生を今から歩むしかないのなら、過去は代えられないし、未来はまだどうなるかわからない。

 だから、今を生きていくしかない。

 そのためにはこの状況を少しでも良くしなければ。

 私は呼び鈴を鳴らした。

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  • 妖精に転生した私は、年上の摂政殿下にめちゃくちゃ甘やかされる   45.コーンワルドで、側に

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