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4.ナノリアとして

Author: サイ
last update publish date: 2026-08-17 17:56:26

 かなり経ってから一人のメイドが部屋を訪れる。

 私の担当のメイド——パウラ。愛想というものをどこかに置き忘れたんじゃないかっていうくらいそっけない人で、記憶にある限り笑ったところを見たことが無い。

 ナノリアはこの人が苦手だった。怒っても怒鳴っても、淡々と仕事をこなす彼女が、何を考えているかわからなくて。その内ほとんど会話をすることもなくなっていた。

 まあ、毒があるかもしれないと噂される私の世話を担当してるっていう時点で、普通のメイドではないのかもしれない。

「お呼びですか」

「支度をお願い」

 はいとも言わずにパウラは去っていって、水と着替えを持ってきてくれた。

 ナノリアは寝込んでいたから、1週間ぶりくらいに呼んだことになる。

 それでも一切の質問もない。特に私の体調とかは気にならないみたいだ。——いいけどね。

 私は顔を洗って着替えて、化粧台の前に座った。

 身支度はいつも一人でしていたから、ブラシを取って髪を梳く。その間にパウラがベッドを整えて——ぶほっ、すごい埃が立ってる。やめてくれ。

 息を止めて髪を整えた。

 服は質素な暗い色の、着古したドレスだった。背中に少し切れ込みが入っていて、そこから羽を出している。格好としては、これで十分だ。

「隠さないんですか」

「え?」

 いつの間にか側まで来ている。パウラの視線は私の背中にあった。

「その、羽です」

「ああ……」

 この羽から毒の鱗粉が出ているのではと言われていたから、人前ではいつも包帯で巻いたり、荷物を背負うように何かで包んだりしていた。

 でも、この10年誰も病気になってないんだから、そんなのは何の根拠もない。発言力のある王妃から出た妄言に皆従っているだけだ。

 この羽はものすごく敏感で、当たると剥き出しの神経に触れるみたいになる。それを包むなんて……それだけでイライラしてしまいそう。

「いいのあれは。痛いから」

「でも……」

 パウラの表情が初めて戸惑ったように動いた。

 羽の鱗粉よりこの部屋の埃の方がよっぽど害になると思うんだけど。そうは思っていないようだ。

 私は肩をすくめて見せた。

「窮屈なの。耐え難いほどにね」

「は、あ……」

「心配しなくても、羽の粉で健康を害したりはしないはずよ? 気になるなら窓を開けて換気して」

「あとで暴れたりしませんか」

「えっ、何で私が——」

 言いかけて、そう言えば、と止まる。

「つい先日も、羽がちゃんと隠れてなかったって言ってめちゃくちゃ怒ったじゃないですか」

「あ……」

 ナノリアはアディノスに忌み嫌われているこの羽を見られるのを極端に嫌っていた。恐れていた、ともいえる。無理をしてまで隠していたのもそのためだ。

 ——みすぼらしい羽だな。いっそ切り落としたらどうだ。

 ——みっともないそれを、俺に見せるな。

 そう言われて、恥ずかしくてたまらなくて。

 ちゃんと隠してくれなかったメイドらにその恥ずかしさをぶつけるように、物を投げて怒鳴り散らしていた。——ナノリアが。

「えっと……その節は、ごめんなさい」

 私じゃないけど記憶の限り私のしたことだ。

 パウラが目を丸めた。

「一体どうしたんですか、ナノリア様。謝るなんて」

「そりゃ、悪いことをしたら謝るでしょう」

「悪い事ってわかってらしたんですね」

「ねえ、一言多いって言われない?」

「まあ、ナノリア様の投げた物にぶつかるようなへましないんで、大丈夫です」

 いまいち会話がかみ合っていない気がしたけど、怒ってもいないようだしとりあえず大丈夫と言われたらそれ以上は何とも言えない。

 それよりも、この身体はもう何日も食事を摂れていない。空腹を通り越してお腹が気持ち悪いまである。

 そっちの方が深刻だ。

「朝食をもってきてくれる?」

 基本的には部屋から出るなと言われているから、食事はパウラに頼むしかない。

 パウラはまた不思議そうな顔をした。

「ダイニングには行かないんですか」

「うん」

「えっ……なんで」

「なんでって、極力出るなって言われてるじゃない」

「それでも、いつも殿下の後をつきまとってたじゃないですか」

「あ……そう、ね」

 つきまといって……人聞きの悪い。

 確かに、私は毎日アディノスの後を追いかけていた。

 それはもう、小さな時からずっと。

 4つまでは兄妹のように育てられたし、ドローネが亡くなりサフィアに拒絶されて。唯一の家族のような存在に依存したように。

 5つになって半ば軟禁状態になっても、隙を見てはアディノスに会いに行っていた。

 一方、アディノスは幼い時から神童と言われるほど優秀な子供だった。勉強も剣術も乗馬も、何でもこなせて人当たりも良く、評判が良い。

 やがて、そんなアディノスに毒蛾が付きまとって——と城の人達からはより冷たい目で見られていた。

 アディノス自身も、次第にナノリアを遠ざけるようになった。

「お前は俺に不釣り合いだ、離れろ!」

 そう言って突き飛ばされても、怪我をしながらナノリアは追いすがった。

「でんか、行かないで、でんか……!」

 どんなに邪険にされても、ひどい扱いを受けても、ナノリアは会いたくて会いたくてたまらなかった。側にいたくて我慢できなくて——これは恋、なのか?

 恋ってもっと、ドキドキして、苦しくても嬉しかったり甘酸っぱい気持ちじゃないのかな。こんなに耐え難くもがき苦しむようなものだろうか。

 記憶を辿っても、アディノスとの記憶は、ただ執着し恋焦がれるを通り越して——よく、分からない。いったいどこに好意を持つ要素があったのか、記憶を辿っても謎だ。

 とにかくナノリアはアディノスに会えるタイミングを常に見計らい、さながら城内ストーカーと化していた。

 特に朝食時はダイニングに必ずアディノスが現れる。内城のこのエリアで確実に会える唯一の時間だから、1時間前から待ち構えていた。

 それを少しでも阻む使用人には当たり散らすから、ナノリアの朝の癇癪かんしゃく——なんて言われてるのも知ってる。

「いいんですか?」

 パウラがもう一度確認してくる。

 私は首を振った。全く行きたいとも思わないから。

 私がナノリアでないからかな? 特に会いたいとも思わなかった。

 あれほど執着していたのが嘘のようにすっきりしている。

「行かないわ。これからも食事はここでいいわよ」

 パウラは変な顔をして出て行った。

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