Se connecter第114話 裸の覇権と自縄自縛ヴィクトリアの手によって「赤星」のプロセスが不可解な強制停止を遂げた直後、思わぬ二次災害が龍神集団を襲った。赤星の強みであった「カオス暗号による自己変容型の防壁」は、システムが稼働しているからこそ機能していたものだった。だが、プロセスそのものが根底から物理的に凍結されたことで、その強固なシールドが一瞬にして消失。無防備となったサーバー内部の構造、通信ログ、さらには隠蔽されていたバックドアのデータが、無防備な裸の状態でネットワーク空間に曝け出されたのだ。「な……なんだこれは! ログが隠せない!? バックアップサーバーの暗号まで解けているぞ!?」 「ロシアからの不正資金の送金ルート、軍事データの購入履歴……全データが外部から丸見えだ!!」龍神集団のエンジニアたちが悲鳴を上げた。赤星が自動展開していた隠蔽工作がすべて剥がれ落ちたことで、中国国家公安および国際警察機関の監視システムが即座に異変を検知。違法な軍事サイバー兵器の運用と、未承認の通信ジャックの決定的な証拠が自動的に各捜査機関へと送信されてしまったのだ。ドカァンッ!上海のカンファレンスセンターの重厚なドアが蹴り破られ、黒い特殊装備に身を包んだ公安警察の突入部隊が一斉に雪崩れ込んできた。「動くな! 中国国家公安だ! 龍神集団幹部、および久我蒼真! 国際違法サイバー兵器の所有ならびに密輸、国家安全維持法違反の容疑で拘束する!」「ひっ……!? な、なんで警察が……!? 違う! 俺じゃない! 俺はただ技術を提供されただけで——」腰を抜かして床を這い回っていた久我蒼真の首元に、容赦なく金属製の手錠が打ち嵌められた。「離せ! 離してくれ! 俺はネクスト・AIを超える天才なんだぞ! 鷹司澪に勝ったんだ! 逮捕されるべきは奴らのほうだぁぁぁっ!」かつてオーシャン商事の栄光にすがりつき、澪の成果を奪い、最後は海外の悪質勢力に魂を売った男のあまりにも惨めで哀れな末路。報道陣の無数のカメラのフラッシュが焚かれる中、久我と龍神集団の幹部たちは、引きずられるようにして会場から連行されていった。敵の「最高傑作」は、自らの暴走と上位存在の介入によって、自縄自縛の形で自滅したのだ。防護リムジンの車内。モニター越しに久我が逮捕される一部始終を見届けていた澪は、小さく息を吐き出した。「久
第113話 介入者の静寂「いけ……! 【アマテラス・ブレイク】起動っ!」澪が渾身の力でエンターキーを叩きつけた、まさにその瞬間だった。バチィンッ——!車内の多重ホログラムディスプレイが一瞬激しく明滅し、次の瞬間、すべての計算ログと数式プロットが不気味な静寂と共に黒く塗りつぶされた。SYSTEM WARNING: PROCESS FORCED TO TERMINATEOVERRIDE BY HIGHER AUTHORITY [LEVEL 00]「え……っ!?」澪の指がキーボードの上で凍りついた。画面に躍り出たのは、エラー表示すら許されない「強制停止(強制終了)」の無機質な文字列。鷹司財閥が誇る最強の量子計算サーバー「天照」のプロセスが、外部からの不可解なシグナルによって、まるで電源を直接引き抜かれたかのように完全に停止させられていた。「そんな……! 天照の防御壁(ファイアウォール)を突破して、処理そのものを上書き停止された……!? 一体誰が、どうやって……!」澪が混乱し、青ざめた顔で端末を叩き直そうとしたその時、車内のメインモニターが勝手にジャックされた。そこに映し出されたのは、龍神集団のカンファレンス会場の様子だった。画面の向こうでは、勝ち誇っていたはずの久我蒼真や龍神集団の幹部たちもまた、蒼白な顔でパニックに陥っていた。『な、なんだ!? 「赤星」が動かないぞ!?』 『全サーバーのプロセスが凍結された! 制御不能だ!』 『ロシアの軍事暗号だぞ!? 停止コマンドなんて存在するはずが——』そう、停止させられたのは「天照」だけではなかった。 中国の国家級スパコンとロシアの軍事暗号が融合したはずの「赤星」までもが、まったく同じタイミングで、完全に息の根を止められていたのだ。「赤星まで……同時に……?」澪が絶句する中、ホログラム画面の中央に、優雅なシルエットがぬうっと浮かび上がった。黒いシルクのドレスを纏い、胸元に六角形(ヘキサゴン)のダイヤモンドブローチを光らせた貴婦人——ヴィクトリア・フォン・ハプスブルクである。『そこまでにしなさい。……見苦しいわよ、子供たち』鈴の音のように透き通った、しかし氷のように冷ややかなヴィクトリアの声が、車内と上海の会場全体に響き渡った。「ヴィクトリア……!」怜央が目の奥を鋭く光らせ、澪を背後に庇い
第112話 天照(アマテラス)の覚醒上海カンファレンスセンターの会場は、かつてないどよめきと混乱に包まれていた。「ネクスト・AIの株価、取引開始と同時に急落!」 「中国・龍神集団の『赤星』がアジア圏のデータインフラを完全に制圧!」 「鷹司澪CTO、敗北か!?」会場に詰めかけた報道陣が狂ったようにシャッターを切り、世界中で「ネクスト・AIの敗北」という衝撃的なニュースが駆け巡る。壇上で高笑いを上げる久我蒼真の顔には、今まで溜め込んできた嫉妬と怨念が醜く歪んでいた。「ハッハッハ! ざまあ見ろ、鷹司澪! 鷹司怜央! どんなに天才を気取ろうが、ロシアの軍事極秘技術と中国の国家級スパコンが融合した『赤星』の前には無力だ! お前たちの時代は今日、ここで終わったんだよ!」だが、その罵詈雑言は、怜央の冷徹な眼光によって一瞬で遮られた。「騒ぐな、負け犬が。……澪、行くぞ」「はい、怜央さん!」怜央は澪の手を強く握りしめると、群がる記者たちを圧巻の威圧感で跳ね返し、会場に横付けされた鷹司財閥の最高級防弾リムジンへと乗り込んだ。車内はすでに、移動式超高負荷コマンドセンターへと変貌を遂げていた。車が発進すると同時に、車内の多重ホログラムディスプレイが一斉に青い光を放ち始める。『接続確認……鷹司家極秘量子計算サーバー【天照(アマテラス)】、全コプロセッサ起動』「これが……鷹司財閥が秘密裏に建造していた次世代量子計算基盤……!」端末に向かう澪の瞳に、圧倒的なデータ濁流が映り込む。「天照」は、従来のスーパーコンピュータ数百万台分に匹敵する並列計算能力を持つ、文字通りの怪物だった。「澪、時間は稼ぐ。お前は心置きなく、奴らの『最高傑作』を解体しろ」怜央は手元の暗号化電話で、香港およびロンドンの金融市場へ矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。「龍神集団の関連企業の株式に対して、段階的空売りを開始。ロシアからの技術買収ルートにおける不正資金の流れを、香港規制当局および国際マネーロンダリング監視機関へ匿名リークしろ。……奴らの足元を根底から揺さぶる」「頼もしいです、怜央さん……! 私も負けていられません!」澪の指先が、キーボードの上で目にも留まらぬ速度で躍動する。スクリーン上に展開されるのは、自律型覇権AI【赤星- Polaris】の攻撃波形だ。非線形カオス暗号によって毎ミリ
第111話 赤い影の極星(ポラリス)上海のウォーターフロントに聳え立つ、超高層カンファレンスセンター。 アジア最大のITイノベーション・サミットの会場は、満場の熱気と異様な緊張感に包まれていた。「……信じられない。我が社の『ルミナス・グリッド』のレスポンスが完全に遮断されている……!?」壇上の控えエリアで、澪の指先が端末の上で凍りついた。中国市場への本格進出を目前に控え、ネクスト・AIは現地でのデモンストレーションを準備していた。だが、会場のネットワーク空間に展開された「謎の領域」に接触した瞬間、ネクスト・AIが誇る世界最高峰の自律型防衛システムが、一切の抵抗もできずに無力化されたのだ。「落ち着け、澪」背後から、怜央の低く冷徹な声が響く。怜央は澪の肩を力強く抱き寄せ、その画面を鋭い眼光で見つめた。「敵のアルゴリズムか?」「……ただのアルゴリズムではありません。従来の中国ハッカー集団『黒客連盟』の攻撃パターンとは次元が違います。攻撃の核(コア)に使われているのは……旧ソ連時代から軍事極密として眠っていた、ロシアの超非線形カオス暗号『ポラリス』の技術です……!」ロシアが長年秘密裏に開発していた、観測することすら不可能な非線形サイバー兵器。それを中国の巨頭『龍神(ロンシェン)ITコンソーシアム』が裏取引で入手し、自国の巨大スパコンインフラと融合させて生み出した最高傑作——。その名は、自律型覇権AI【赤星(チーシン)- Polaris】。「ハッハッハ! どうだね、鷹司CTO! 誇り高きネクスト・AIの技術も、我が『赤星』の前では赤子の手手をねじるようなものだろう!」会場のVIP席から、高笑いと共に一人の男が歩み出てきた。かつてオーシャン商事で澪の手柄を奪い、今や黒客連盟と龍神集団のパイプ役として中国に亡命同然で逃げ込んでいた男——久我蒼真(くが そうま)だ。久我の顔には、ネクスト・AIへの激しい執着と、勝ち誇った醜い笑みが張り付いていた。「久我……あなたがロシアとの裏取引を仲介したのね……!」「そうだとも! ネクスト・AIに捨てられた俺が、最高の手土産を持って龍神集団の最高幹部に迎えられたのだ! ロシアの極秘軍事AIと中国の膨大なデータ資産……この二つが融合した『赤星』は、既存のいかなるAIアーキテクチャをも一瞬で解体する!」プレゼンテーシ
第110話 招待状と開かれた扉ジュネーブ近郊のプライベートジェット専用滑走路に、鷹司財閥が誇る最新鋭ビジネスジェットが滑り込んだ。タラップを降り立つと、アルプスの山々から吹き下ろす気品に満ちた冷気が、澪の頬をかすめた。抱っこ紐の中でぬくぬくと温まっている陽は、初めて見る雪山の景色に目を丸くしている。「寒くないかい、澪?」怜央が手際よくカシミアのストールを澪の首元に巻き、その腰を引き寄せた。「大丈夫です、怜央さん。……でも、本当に世界未来技術サミット(WTS)から、我が社に『基調講演』の依頼が来るなんて」手元のタブレットに表示されているのは、純金箔で刻印された最高格式の招待状だった。世界中の政財界の第一人者と、選ばれたIT巨頭のみが集う国際会議。本来なら創業間もない「ネクスト・AI」が出席できる場ではないが、オリオン・システムズのサイバーテロを退け、ディープフェイクを解体した「真眼システム」の功績が評価され、異例の招待となったのだ。「表向きは名誉ある招待だが……油断は禁物だ」怜央の瞳には、一切の隙がなかった。「オリオン・システムズが崩壊した直後に届いた招待状だ。この最高峰のサミットすら、奴らの『上の組織』が用意した舞台である可能性がある」「はい。私もルミナス・グリッドのローカル・イージスをフル稼働させて臨みます」澪は力強く頷いた。しかし、澪の胸の奥には、もう一つ消えない『違和感』が渦巻いていた。サミットに向かう前夜、亡き母・白石由紀子の遺品を整理していた時のことだ。かつて一流の数学者でありながら、澪が幼い頃に謎の失踪を遂げた母。その母が残した古びた研究ノートの余白に、今回サミットの主催団体が掲げるシンボルマーク——「六角形(ヘキサゴン)」の刻印が残されていたのだ。(お母さん……あなたは一体、何と戦っていたの……?)サミット初日の夜。レマン湖畔に佇む最高級ホテルのグランドボールルーム。クリスタルのシャンデリアが眩い光を放ち、世界中のVVIPたちが最高級のタキシードとドレスに身を包んで歓談していた。シックな深いネイビーのロングドレスを纏った澪が登場すると、会場中の視線が一斉に集まった。「彼女が噂の……天才エンジニア、鷹司澪か」 「オリオンのサイバー兵器を一瞬で無力化したという……」 「隣にいるのは鷹司財閥の若き総帥だな。なんと圧倒的な
第109話 束の間の安らぎと、蠢く深淵オリオン・システムズの壊滅と経営陣の一斉逮捕というショッキングなニュースは、世界中に怒涛の衝撃を与えた。ネクスト・AIの株価は止まることを知らず連日の最高値を更新。澪が開発した【真眼(シンガン)システム】は、ディープフェイクや偽情報を見破る「デジタル世界の羅針盤」として世界各国の報道機関や政府機関へ導入され、同社の信頼性は絶対的なものとなった。世間では「ネクスト・AIの天才CTO・鷹司澪」と「冷徹無比のカリスマCEO・鷹司怜央」の夫婦を、時代を切り拓く奇跡のタッグと称賛していた。週末。騒々しいオフィスから離れた鷹司家の本邸では、穏やかな陽光が庭園の芝生を優しく照らしていた。「あー、ばー!」芝生の上に広げられたピクニックシートの上で、陽(はる)が元気いっぱいに両手を広げてはいはいをしている。その先には、膝をついて優しく微笑む澪の姿があった。「陽ちゃん、おいで。もう少しでママのところだよ」「……ば、……ま、……ママ!」はっきりと口にされたその言葉に、澪は目を見開いた。「えっ……!? 今、ママって……!」「ママ! ママー!」陽が愛くるしい笑顔を咲かせながら、澪の胸へと飛び込んできた。澪はたまらず陽を強く抱きしめ、目元を潤ませた。「怜央さん! 聞きましたか!? 陽ちゃんが初めて『ママ』って……!」少し離れたベンチでノートPCを開いていた怜央が、素早く画面を閉じると、長身を揺らして歩み寄ってきた。普段の冷徹な経営者の顔は跡形もなく消え去り、そこにあるのは愛おしい家族を見つめる一人の夫であり、父親の表情だった。「ああ、聞いたよ。……陽、次は『パパ』だ。言ってみなさい」怜央が陽の目線に合わせてかがみ込むと、陽は首を傾げた後、ぽんぽんと怜央の鼻の頭を小さな手で叩いた。「パ……パ! パパ!」「……ッ」あの沈着冷静な鷹司怜央が、一瞬だけ言葉を失い、心底嬉しそうに目元を和らげた。そして陽を両腕で高く抱き上げ、その額に優しくキスを送る。「よく言えたな、陽。お前は天才だ」「ふふ、怜央さんったら完全な親バカですね」澪がクスッと笑うと、怜央は陽を片腕で抱きかかえたまま、もう片方の腕で澪の腰を寄せて引き寄せた。「親バカで結構だ。……君と陽が無事でいてくれるなら、俺は他に何も要らない」澪は怜央の肩に頭を預け、温か







