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信じたい人

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-07-30 18:30:27

 夕食の時間。

 父はいつものように穏やかな笑顔で席についた。

「今日は検査も問題なかったよ」

「それなら安心したわ」

 綾香も自然と笑みを浮かべる。

 橘が料理を運び、最後に父の前へグレープフルーツを置いた。

「ありがとうございます」

 父は礼を言い、嬉しそうに皿へ手を伸ばす。

 その様子を見ながら、綾香は何気ない口調で尋ねた。

「そういえば、お父様」

「ん?」

「今日、病院でお薬のお話もあったの?」

「薬?」

「ええ。飲み方とか、食べちゃいけないものとか」

 父は少し考えてから首を横に振った。

「特にはなかったな」

 綾香の胸が小さくざわつく。

「そうなの?」

「薬を変えた時も、『今までどおりで大丈夫ですよ』と言われたくらいかな」

「そうだったのね」

 それ以上は聞かなかった。

 聞けば

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  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   どうして気になるの?

    「御影さん、北海道に行くの?」 理央は何でもないことのように尋ねた。 綾香はタブレットを伏せる。「そうみたいね」「そうみたいって、綾香が決めたんじゃないの?」「静養したらって勧めただけよ」「北海道まで?」「暑いから、涼しいところがいいかなって」 できるだけ普段通りに答える。 理央に警戒していると悟られたくない。「いつから?」「まだ決めてないわ」「どの辺?」 綾香は理央を見る。「どうしてそんなに気になるの?」「別に。ただ聞いただけ」「だったら、決まってからでいいでしょう」「……まあ、そうだけど」 理央は笑った。「一か月くらい行くの?」「それもまだ分からない」「綾香も一緒?」「どうして?」「一人で行かせるのかなと思って」 やはり、妙に細かく聞いてくる。 けれど、ここで露骨に嫌がるのも不自然だ。「私は行かないわよ。お父様の静養だもの」「じゃあ父さんもついてく?」「さあ。そこまでは決めてない」 綾香はわざと曖昧に答えた。「そうなんだ」 理央はそれ以上聞かなかった。「じゃあ、決まったら教えて」「どうして?」 思わず聞き返した。「御影さんには世話になってるから。見送りくらいしたいだろ」「そう」 綾香は短く答えた。 理央は軽く手を振り、そのまま廊下の向こうへ消えていく。 姿が見えなくなってから、綾香は息を吐いた。(やっぱり、詳しいことは言わない方がいい) ただの会話だったのかもしれない。 けれど、今の綾香には理央の言葉を素直に受け取ることなどできなかった。◇◆◇

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  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   遠すぎず、近すぎず

     翌日。 綾香は自室の机にノートパソコンを広げ、昨日よりさらに条件を絞って静養先を探していた。 父から、長期滞在そのものについては反対されなかった。 橘を屋敷に残すことにも、それほど抵抗はなさそうだった。 なら、あとは場所を決めればいい。「軽井沢……やっぱり近いのよね」 静養先として考えれば、悪くない。 夏でも過ごしやすく、長期滞在向けの宿泊施設も多い。 けれど、東京からのアクセスがよすぎる。(理央が来ようと思ったら、すぐ来られる) 箱根も同じだった。 伊豆も場所によっては近い。「もっと遠く……」 そう呟いて、綾香は遥臣に言われたことを思い出す。『医療機関へのアクセスは考えておけ』 遠ければいいわけではない。 父の身体を守るための静養なのだ。 綾香は地図を開いた。 東京からはある程度離れている。 けれど、現地には病院がある。 長期滞在できるホテルもあり、父が仕事をする環境も整っている。「……難しいわね」 いくつか候補を保存していると、スマートフォンが鳴った。 遥臣だった。『親父がお前の父親に電話した』「えっ」 綾香はすぐに電話をかける。「もしもし。九条先生、何て?」『休めって』「それだけ?」『他に何を言うんだ』「もうちょっとあるでしょう」『無理して仕事する必要はない。一度環境を変えて休むのもいいんじゃないかって』「それで、お父様は?」『俺が知るか』「あ、そっか」 綾香は苦笑した。「でも、これで少しは行く気になってくれるかも」『まだ探してるのか』「うん。候補が多くて決められないの」『本人に選ばせればいいだろ』「ある程度は私が絞りたいの」『好きにしろ』「ねえ、遥臣ならどこにする?」『俺が行くわけじゃない』「参考に聞いてるの」 電話の向こうで、小さなため息が聞こえた。『条件は?』「長く泊まれて、仕事もできて、食事に困らなくて、病院も近いところ」『前と同じだな』「あと、東京から少し離れてるところ」『どのくらい』「……結構」『曖昧だな』「新幹線で一時間とかだと、あんまり休んだ感じがしないでしょう?」 口にしてから、自分でも少し苦しいと思った。 けれど遥臣は特に気にした様子もなかった。『なら飛行機使うところでも探せばいい』「飛行機?」『北海道とか九州とか』 

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  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   父を休ませるために

     その日の夜。 綾香は自室で、静養先の候補を調べていた。 遥臣に言われた条件を、一つずつ確認していく。 長期滞在ができること。 食事に困らないこと。 仕事ができる環境があること。 近くに医療機関があること。 そして――。(東京から、簡単には来られないところ) これは遥臣には言っていない、綾香だけの条件だ。「箱根は……近すぎるわね」 都内から気軽に行けるのは、本来なら利点だ。 けれど今の綾香にとっては、むしろ欠点だった。 軽井沢も同じだ。 新幹線を使えば、東京からそれほど時間はかからない。「那須は……」 悪くない。 けれど、もっといい場所があるかもしれない。 検索を続けているうちに、候補はどんどん増えていった。 山梨。 長野。 新潟。 東北にも温泉地はいくつもある。(でも、遠ければいいってものじゃないのよね) 父に何かあった時、すぐ病院へ行けなければ困る。 母と同じ目に遭わせないために逃がすのに、体調を崩した時に助けられない場所を選んでは意味がない。「難しい……」 綾香は机に突っ伏した。 しばらくして顔を上げる。「……先に、お父様に聞いた方がいいのかな」 遥臣にも言われた。 結局、本人が嫌がればどうにもならない。◇◆◇ 翌朝。 朝食の席で、綾香は父の様子を窺っていた。「お父様」「ん?」「今年、夏休み取った?」「夏休み?」 父は不思議そうな顔をした。「会社員じゃないんだから、そういう取り方はしてないな」「じゃあ、最近まとまって休んだのは?」「……いつだったかな」「覚えてないの?」「必要があれば休んでるよ」「絶対休んでないでしょう」 綾香が睨むと、父は苦笑した。「何だ、急に」「この前倒れたばっかりなのに、もう普通に仕事してるから」「もう問題ないよ」 予想通りの答えだった。「そう言うと思った」「本当に大丈夫なんだが」「九条先生にも相談したの」 父の手が止まった。「九条先生に?」「うん。少しくらい休ませた方がいいんじゃないかって」「綾香……」「先生も、無理する必要はないって言ってたわ」「それはそうだろうけど」 父は困ったように息を吐いた。 完全に嫌がっているわけではない。 押せばいけるかもしれない。「一か月くらい、どこかでのんびりしない?」「一か月

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   静養先

    「そういえば」 帰ろうとしていた綾香は、ふと足を止めた。「静養って、どのくらいさせた方がいいの?」 遥臣が振り返る。「本人の状態による」「それは分かってるけど。二週間くらい?」「それじゃ旅行だろ」「そうなの?」「静養させたいなら、一か月くらいは考えてもいいんじゃないか」「一か月……」 思っていたより長い。 けれど、綾香にとっては都合がよかった。 一か月もあれば、その間に理央から父を守る方法を考えられる。「もっと長くてもいい?」「本人が嫌がらないならな。最初から期間を決めなくても、一か月くらいで様子を見ればいい」「なるほど……」「仕事を全部やめさせる必要もない。量を減らして、生活を整える方が現実的だろ」 それなら父も受け入れてくれるかもしれない。「じゃあ、どこがいいと思う?」「本人の好みだろ」「一般的に。静養するならどういうところがいいの?」「温泉とかじゃないか」「やっぱり温泉?」「年配には受けるだろ」「お父様をおじいちゃん扱いしないで」「年配と言っただけだ」「似たようなものでしょう」 遥臣は気にする様子もなく続ける。「暑いのが嫌なら避暑地でもいい」「軽井沢とか?」「その辺だな」「一か月か……」 綾香は考え込んだ。 一か月も滞在するのなら、いっそ。「海外はどう?」「海外?」「ハワイとか。気分転換にもなるでしょう?」「あまり勧めない」「どうして?」「この前倒れたばかりだ。長時間の移動もある。何かあった時に面倒だ」「今は元気よ?」「静養させ

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