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気になる相手

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-09-07 20:48:21

 その日の夜、遥臣に送られて屋敷へ戻った綾香は、玄関の前で車を降りた。

「今日はありがとう」

「ああ」

「それだけ?」

「他に何かいるのか」

 昨日とまったく同じ返事に、綾香は思わず笑ってしまう。

「本当に愛想がないわね」

「今さらだろ」

「そうだけど」

 ドアを閉めようとしたところで、遥臣に呼び止められた。

「綾香」

「何?」

「明日は?」

「明日?」

「出かける予定」

 綾香は一瞬迷った。久世について調べたいことはあるが、まだ具体的に誰かと会う予定までは決めていない。

「今のところはないわ」

「ならいい」

「何が?」

「出るなら連絡しろ」

「……本気で言ってたの?」

「何が」

「どこに行くか、あなたに知らせろって話」

「本気じゃなき

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     その日の夜、遥臣に送られて屋敷へ戻った綾香は、玄関の前で車を降りた。「今日はありがとう」「ああ」「それだけ?」「他に何かいるのか」 昨日とまったく同じ返事に、綾香は思わず笑ってしまう。「本当に愛想がないわね」「今さらだろ」「そうだけど」 ドアを閉めようとしたところで、遥臣に呼び止められた。「綾香」「何?」「明日は?」「明日?」「出かける予定」 綾香は一瞬迷った。久世について調べたいことはあるが、まだ具体的に誰かと会う予定までは決めていない。「今のところはないわ」「ならいい」「何が?」「出るなら連絡しろ」「……本気で言ってたの?」「何が」「どこに行くか、あなたに知らせろって話」「本気じゃなきゃ言わない」 当然のように答えられてしまった。「でも、毎回あなたに報告するなんて変じゃない?」「嫌ならいい」「嫌とは言ってないけど……」「じゃあ連絡しろ」 結局そこへ戻るらしい。 綾香は呆れながらも「分かったわ」と答えた。「おやすみなさい」「ああ」 今夜も遥臣から「おやすみ」は返ってこなかった。 けれど昨日とは違い、それさえ少し可笑しく感じながら、綾香は屋敷へ入った。◇◆◇ 翌日の昼過ぎ、綾香は自室で久世について調べていた。 杉浦の家から資料がなくなった以上、祖父がどこまで調べていたのかをそのまま辿ることは難しい。だからまずは、久世が当時関わっていた会社について、公開されている情報を集めることにした。 会社の沿革や過去の役員、投資先。御影との直接的な関係がなかったかを一つずつ確認していく。 しかし、これとい

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    『会長に頼まれて調べた男の名前です』『久世雅彦です』 画面に表示された名前を見た瞬間、綾香は息を呑んだ。 長谷川が、東都ホテルで理央と会っていた年上の男として「おそらくこの人物だ」と答えた久世雅彦。 そして今度は、母から相談を受けた祖父が調べていた人物として、同じ名前が出てきた。 これでもう、ただの偶然では片づけられない。「どうした」 遥臣に声をかけられ、綾香は顔を上げた。「……少し、分かったことがあったの」「そうか」 遥臣はそれ以上聞かなかった。 綾香は杉浦へ返信する。『その名前で間違いありませんか?』 少しして返事が来た。『はい。久世という名字だったので、名前を見た時に思い出しました。雅彦で間違いないと思います』『ほかに何か覚えていることはありませんか?』 今度は返信まで少し時間がかかった。『会長が調べさせたのは、経歴と交友関係だったと思います。それと、御影家との接点がないかも調べました』 綾香の指が止まる。 父は久世と仕事上で何度か会ったことがあると言っていた。 祖父は、それ以外にも何か繋がりがないか調べようとしていたのだろう。『結果は覚えていますか?』『申し訳ありません。そこまでは。ただ、会長が資料を見たあと、かなり険しい顔をしていたことは覚えています』 なくなった控えさえ残っていれば。 そう思わずにはいられなかった。「着いたぞ」 遥臣の声で顔を上げると、車は病院の駐車場へ入っていた。◇◆◇ 遥臣に連れられて病院内へ戻ると、綾香は人目のある待合スペースに座った。「ここにいろ」「九条先生は?」「少し仕事が残ってる」「だったら私のことは気にしなくていいわよ」「気にするなって言われて、できると思うか?」「……え?」 遥臣は一瞬黙り、面倒そうに眉を寄せた。「今の状況でって意味だ」「分かってるわよ」 なぜわざわざ言い直すのだろう。 そう思った途端、少しだけ可笑しくなった。「何だ」「何でもないわ」「変なやつだな」 遥臣はそう言い残して行ってしまった。 綾香はその背中を見送り、スマートフォンへ視線を戻した。 杉浦が思い出した会社名と、久世雅彦。 改めて調べ直してみると、久世が三年前に役員を務めていた投資会社と、祖父が調べさせた会社は一致していた。 その後、その会社は別会社に吸収

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    「分かりました。警察を呼びます」 杉浦の返事を聞いても、綾香の胸騒ぎは収まらなかった。「警察が来るまで、絶対に中には入らないでください。近くに人がいる場所へ移動してください」『ええ。そうします』「何かあったら、すぐに連絡してください」 電話を切ったあとも、綾香はその場から動けなかった。 杉浦が祖父から頼まれた調査について話した。その直後に、自宅の鍵が開いている。 ただの偶然かもしれない。 そう考えようとしても、長谷川への警告が頭をよぎった。 自分が昔のことを調べ始めたと知って、誰かが動いている。 もしそうなら――杉浦と会ったことまで、すでに知られているのだろうか。 綾香は反射的に周囲を見回した。 ホテルの前には大勢の人が行き交っている。タクシーが停まり、旅行客らしい男女が大きな荷物を運んでいる。その中に不自然な人物がいるかどうかなど、見分けられるはずもない。 ひとまず人通りの多い場所を選んで歩き出した。 自分まで怯えて立ち止まってはいられない。 杉浦が警察を呼んだのなら、今できるのは連絡を待つことだけだ。 それから一時間ほどして、杉浦から電話が入った。「杉浦さん、大丈夫ですか?」『はい。警察の方と一緒に中を確認しました。誰もいませんでした』 綾香はほっと息を吐いた。「荒らされていたんですか?」『それが……一見すると、ほとんど変わっていないんです』「ほとんど?」『机の引き出しや棚を開けた形跡はあります。ただ、現金や通帳、時計などは残っています』 金目のものを狙った空き巣ではない。 嫌な予感がした。「古い書類は?」 杉浦が黙った。「杉浦さん?」『なくなっています』 綾香の心臓が大きく鳴った。『全部ではありません。私が昔の仕事関係の資料を入れていた箱が

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     祖父の元秘書だった男性――杉浦正臣と連絡が取れたのは、その日の午後だった。 すでに会社を退職しているため、最初はどう接触するべきか迷ったものの、母の実家の会社へ問い合わせたところ、綾香の名前を聞いた杉浦本人から折り返しの連絡があった。『御影綾香さんですね。お母様のお嬢さんの』「はい。突然ご連絡して申し訳ありません」『いえ。もちろん覚えていますよ。ずいぶんお小さな頃ですが、何度かお会いしています』 綾香には記憶がなかった。 それでも、母が亡くなった頃まで祖父のそばにいた人物なら、話を聞く価値はある。「少し、お伺いしたいことがあるんです。母が亡くなる前のことで」 電話の向こうで、杉浦が黙った。 ほんの数秒の沈黙だったが、その反応だけで綾香はスマートフォンを握る手に力を込めた。『……電話では話しにくいことですか』「できれば直接お会いしたいです」『分かりました』 断られるかもしれないと思っていたが、杉浦はあっさり了承した。 翌日の午後、都内のホテルラウンジで会う約束をして電話を切る。 その夜は、杉浦について分かる範囲で調べた。 祖父の秘書を二十年近く務め、祖父が亡くなった後もしばらく会社に残っていたらしい。経歴を見る限り、それ以上に気になる点はない。 理央や久世との接点も見つからなかった。 だからこそ、母が祖父に何を相談したのか知っている可能性がある。◇◆◇ 翌日。 約束の時間より少し早くラウンジへ着いた綾香は、窓際の席で杉浦を待った。 やがて現れたのは、六十代半ばほどの男性だった。「御影綾香さんですね」「はい。杉浦さん?」「お久しぶりです、と言っても覚えていらっしゃらないでしょうね」 穏やかに笑って向かいへ座る。「申し訳ありません。私、小さかったみたいで」「当然ですよ。最後にお会いしたのは十年以上

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