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父と息子

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-10-10 20:42:50

 翌日の午後、綾香は廊下で橘と顔を合わせた。

「お嬢様、お出かけでございますか」

「いいえ。少し庭を歩こうと思って」

「かしこまりました。今日はよいお天気でございますね」

 橘はいつものように穏やかに微笑んだ。

 長年、御影家に仕えてきた執事だった。母が生きていた頃から、家の中のことはほとんど橘が取り仕切っている。

「橘、少しいいかしら」

「はい。何でございましょう」

「理央から、今度あなたの昔の仕事について話を聞きたいと言われたの」

 橘は意外そうな顔をした。

「理央が、でございますか?」

「ええ。私も一緒にどうかって」

「それは……初耳でございます」

「そうなの?」

「はい。息子からは何も聞いておりません」

 橘は少し考えてから、困ったように笑った。

「あれも、私の昔話など聞いてどうするつもりなのでしょうな」

「独

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  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   婚約を待たせた理由

     土曜日の朝、理央が御影家を訪ねてきた。「おはようございます、御影さん」「おはよう、理央。さあ、入りなさい」 父はいつものように理央を迎え、書斎へ案内した。 理央は独立について相談があると言っていた。綾香も少し気にはなったものの、仕事の話なら父に任せておけばいいだろう。 綾香はリビングで本を読みながら、二人の話が終わるのを待っていた。 一時間ほど経った頃、書斎から出てきた理央が顔を覗かせた。「綾香、少しいいかな」「ええ。お話は終わったの?」「うん。御影さんにはいろいろ助言をいただいたよ」「そう。よかったわね」 理央は綾香の向かいに腰を下ろした。「独立するなら、もう少し準備が必要だって。僕もそう思うから、焦らず考えることにしたよ」「それがいいと思うわ」「ありがとう」 理央は微笑んだが、すぐには立ち上がらなかった。「実は、もうひとつ話したいことがあって」「何かしら?」「九条先生と、お付き合いすることになったんだって?」 綾香は驚いて顔を上げた。「……どうして知っているの?」「美月から聞いたんだ。綾香が教えてくれたって」 綾香は思わず眉をひそめそうになった。 美月に交際を伝えたのは、つい先日のことだった。 誰にも話さないでほしいと頼んだわけではない。けれど、自分の知らないところで理央に伝えられていたのは、あまり気分のいいことではなかった。 しかも、美月は理央と綾香の間に婚約の話があったことを知っている。 その相手に、わざわざ新しい恋人の話をする必要があったのだろうか。「そうだったのね」 綾香は静かに答えた。「ええ。遥臣とお付き合いすることになったわ」「おめでとう、綾香」「ありがとう」「九条先生なら、きっと綾香を大切にしてくれるね」

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     翌朝、綾香が朝食を終えてリビングへ向かうと、父が新聞を広げていた。「おはよう、お父様」「ああ、おはよう。昨日は出かけていたそうだね」「ええ。理央とお茶をしていたの」「理央と?」 父が新聞から顔を上げた。「珍しいな。何か相談でもあったのか?」「将来のことを少し」「将来?」「理央、自分で事業を始めたいと考えているそうよ」 父は意外そうに眉を上げた。「そうなのか。私には何も言っていなかったが」「まだ考え始めたばかりみたい。もう少しまとまってから相談するって」「なるほど」 父は新聞を畳んだ。「若いうちに挑戦したいことがあるのはいいことだ。橘も喜ぶだろう」「そうね」「ただ、今の仕事もあるからな。辞めるなら引き継ぎはきちんとしてもらわないと」 父はそう言って笑った。 綾香も微笑んだが、それ以上は話さなかった。 理央がどんな事業を考えているのか、まだ具体的には分からない。 父に伝えるにしても、本人から話すのが筋だろう。◇◆◇ 午後、綾香は書斎で母の古い書類を整理していた。 以前見つけた資料の中には、御影家の資産管理に関するものもある。 母が何を調べていたのか。 その全貌は、今も分かっていなかった。 綾香は手帳を開き、昨日の理央との会話を読み返す。『企業向けのコンサルティング』『その方面に詳しい知り合いがいる』 理央は、知人の名前を出さなかった。 綾香もその場では尋ねなかった。 けれど、理央が独立を考えているという話は、初めて聞くものだった。 前の人生では、彼は御影家の中で立場を強めていった。 父が亡くなったあとも、会社の仕事に深く関わり続けていた。 それが今度は、独立を考えているという。 綾香はペンを手に取

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