Share

110話

Author: 籘裏美馬
last update Last Updated: 2025-11-27 07:48:12

社長室。

椅子に座っている滝川さんの後ろに控えた私の目の前には、会社の受付に配属されている三橋まどかさんが立っている。

彼女は、こちらが気の毒になるくらい顔を真っ青にして、カタカタと微かに震えていた。

それもその筈。

彼女の目の前に座っている滝川さんは、恐ろしいほど冷たい目をしていて、彼女を鋭い視線で見据えていた。

そんな滝川さんが、口を開く。

「三橋社員。社内チャットに加納さんの誹謗中傷を投稿したのは君だね」

滝川さんの言葉に、三橋さんが弾かれたように顔を上げ、慌てたように返す。

「ち、違います…っ!どうして私が…っ、それに、私がやったって言う証拠があるんですか!?」

顔を覆い、わっと泣き出す三橋さん。

けど、滝川さんは態度を変える事なく、あっさりと肯定した。

「証拠があるからそう言っている」

「──ぇ」

滝川さんの言葉に、泣いていた筈の三橋さんが驚いたように顔を上げた。

彼女の顔には涙一筋も伝っておらず、その顔は唖然としていて、驚きに口を開いていた。

滝川さんは、自分の懐から社用スマホを取り出すと、いくつか操作をして三橋さんに見やすいようにデスクに置いた。

「秘書に調べさせた。匿名で書き込んだようだが、IPアドレスを調べ、君のスマホから書き込んだ形跡を入手した」

「そ、そんな事有り得ません……!社長が社に戻ってきたのはついさっきじゃないですか!し、調べるなんてとても……」

三橋さんは必死に言い訳を口にしている。

私も、滝川さんがいつの間に調べていたのか知らず、驚いて彼を見つめる。

すると、私の視線に気付いた滝川さんがふ、と表情を緩めて私に答えた。


Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 婚約者は私にプロポーズをしたその口で、初恋の幼馴染に愛してると宣う   152話

    そして、父はしばらく沈黙した後、ふと顔を上げて涼真さんに視線を向けた。 「滝川さんは、こんな娘で本当にいいのか……?」 まさか、こんなタイミングで涼真さんに話を振るとは思わなかった。 私は、慌てて涼真さんに顔を向けた。 だけど、急に父から話を振られても涼真さんは1つも慌てる素振りを見せず、穏やかな表情のまま力強く「はい」と答えてくれた。 そして、涼真さんは私を優しく見つめたあと、そっと繋いだ手に力を込めた。 「むしろ、私から心さんにお付き合いを申し込んだんです。私が、心さんと離れたくなくて。彼女の優しさや、心の強さにとても惹かれたんです」 「──涼、真さん」 「心さんは、昔から真っ直ぐで、強い心を持っています。そんな彼女に私が相応しいかは、分かりません。だけど、彼女に相応しい男になりたい、と思っています」 ──分かって、いる。 これは、婚約の振りだから。 滝川本家の了承は既に得ているし、大々的に発表だってした。 加納家の了承も、既に得ているとは聞いているけど、涼真さんは私の両親に改めて婚約の了承を得ようと、言ってくれているのだ。 涼真さんは優しいから。 私の両親に安心して欲しいから。心配をかけたくない、と思ってそう話してくれているのかもしれない。 だから──。 本気にしちゃ、駄目だ。 私は、婚約の振りをしているだけなんだから。 必死に自分自身に言い聞かせる。 私の父と母は、涼真さんの言葉に本当に嬉しそうに表情を綻ばせた。 「君のような素晴らしい男性と巡り会えて、心は幸せだ」 「滝川さん、心の事……どうかよろしくお願いしますね」 父のあとに、母が涼真さんに向かってそう告げる。 涼真

  • 婚約者は私にプロポーズをしたその口で、初恋の幼馴染に愛してると宣う   151話

    ひゅっと息を呑む。 まさか、父の口からこんな言葉が出るとは思わず、私は慌ててソファから立ち上がった。 「や、やめてください……!我が家が動けば、清水家も黙っているはずがありません……!」 「だが、娘を傷付けられて黙っていられる訳がないだろう。あの家にはしっかりと賠償を──」 「そ、そもそも清水瞬は、私が加納家の娘だと話していません……!ただの、一般家庭の出だと思っていると思います」 「──なんだと?」 私の言葉に、父は顔を顰める。 「心の実家の事も知らず、婚約していたのか……」 「はい。当時は、ただ私自身を見てくれていたので……」 「知らせていなくて正解だったかもな。下手に加納家の娘だと知られていれば、手放さなかったかもしれん」 「はい。私も今は私の実家の事を伝えていなくて良かった、と心からそう思っています。……それに、彼とはもう関わりたくありません。賠償に関しても、特に望んでいません」 「お前は、それでいいのか。10代、20代とあの愚か者のせいで時間を無駄にしたんだぞ。それに、子供だって……」 父が悔しそうに、悲しそうに私のお腹に視線を向ける。 妊娠した、と知った時。 確かに初孫になるから、父と母が喜んでくれるかも、と思っていた。 それに、迷惑をかけて、逃げてしまったけど、私が妊娠した、と知ったら父と母も初孫嬉しさに、過去の蟠りを捨てて、元に戻れるかもしれない、と考えていた部分もある。 もしかしたら、亡くした子を。妊娠を純粋に喜ぶんじゃなくて、そんな下心を抱いていた私に天罰が下ったのではないか、と考える事もあった。 自分の過ちを素直に認め、もっと早くに父と母に謝罪していれば。 そうすれば、お腹の子も無事だったのではないか、と言う「たられば」を考えた。 私が親不孝をしたから。 家族を大事にしなかったから。 だから、お腹の子が帰ってしまったのでは……。そう考えて、泣き続けた夜もあった。 でも、時間と共に現実を受け入れ、今はお腹の子の事を前向きに考えるようになった。 お腹の子は、忘れ物をして一旦帰っただけだ、と。 忘れ物を取ってきたら、きっとまた帰ってきてくれる。そう考えられるようになった。 そうやって前向きに考える事ができるようになったのも、全部涼真さんのお陰だ。 いつも優しく接してくれて、困った時には必ず手を差

  • 婚約者は私にプロポーズをしたその口で、初恋の幼馴染に愛してると宣う   150話

    「……心?」 私の反応に、父が怪訝そうに眉を顰める。 いくら子供の頃に家を飛び出したからと言って、私の癖までは忘れていないのだろう。 何か疚しい事があると、私は過剰に反応してしまうし、父や母の目を見れなくなってしまう。 父は、私にじっと視線を向けたまま、口を開く。 「──家出したからと言っても、お前が大事な娘だと言う事には変わりない……。だから、お前が出て行ったあと、人を使ってお前の居場所を突き止めたし、1年に1度はお前についての報告は得ていた。……心、お前があの愚か者と同棲していたのは、知っている。まだ、隠し事があるのか?」 「──っ」 私について、報告を受けていた……? 頻度は多くないけど、1年に1度は報告を受けていたのなら──。 私の妊娠も、そして交通事故で流産してしまった事も、近い内に知られてしまう。 それに、清水瞬の事を私が捨てた、と父は言っていたけど……。捨てて、捨てられたようなものだ。 むしろ、今現在その報告を受けていないのが不思議なくらい。 私は、ごくりと喉を鳴らす。 これは、父と母に自分の口から話さないといけない。 こんな事を、他人の口から聞かさせるべきじゃない。 僅かに震える私の手を、隣に座っていた涼真さんが心配そうにそっと握ってくれる。 視線にもありありとその感情は滲んでいて、私は涼真さんに緩く微笑み返してから、父と母に向き直った。 「──お父様、お母様。私がこれからお話する内容は……、衝撃的な内容です。ですが、実際にあった事、です」 「……なんだ?」 私のただならぬ雰囲気に、父も母もすっと居住まいを正す。 私は、清水瞬と別れた経緯や子供がいた事を話すため、口を開いた──。

  • 婚約者は私にプロポーズをしたその口で、初恋の幼馴染に愛してると宣う   149話

    1度溢れ出した涙は、暫く収まる気配を見せない。 私は、母と抱き合いながら嗚咽を漏らしつつ短く言葉を交わした。 そっと優しく頭を撫でてくれる感触も、声も。全然変わらなくて。 私と母が涙を流しながら抱き合っている傍ら。 涼真さんは父と強く握手を交わしていた。 ◇ 「大変、失礼しました……」 「もう泣き止んだか?話を始めてもいいのか?」 ソファに座り直し、ようやく感情の昂りも落ち着いて、話せるようになった。 先ずは話の腰を折ってしまった事を謝罪しないと、と私が声を上げると、意地の悪い父の声が聞こえた。 母が「あなた!」と小さく咎めているのが見えたけど、私は苦笑いを浮かべて答える。 「──はい。大変失礼しました……そして、本日お話をさせていただく前に、いいでしょうか?」 きゅっと私は自分の膝の上に置いた両手を握りしめる。 私が話そうとしている内容を、事前に伝えていた涼真さんから勇気付けるように手を握られる。 そんな私と涼真さんの姿を、眩しいものを見るかのように目を細めて眺めていた父が「なんだ?」と小さく答えた。 「先ずは……、謝罪をさせてください。過去の……子供過ぎた私が犯した愚かな行為のせいで、お父様にも、お母様にも……そして、加納家にも多大なご迷惑をおかけしました」 「……そうだな」 「そして、お父様やお母様の言葉に聞く耳を持たず、家を飛び出して……このように長期間連絡もせず、親不孝な事をいたしました。簡単に許していただきたいとは思っていません。だけど、今後……少しずつでもお父様とお母様の信頼を取り戻したいと考えています」 本当は、しっかりと言葉を紡ぎたかった。 だけど話していくうちに、やっぱりまた感情が揺れて、声が震えてしまう。 それでも、父も母も私が話し終わるまで一切口を挟まず、真剣に最後まで聞いてくれた。 「あの時の事は私たちも後悔している。後悔だらけだ……私たちももっとお前と対話をすれば良かったものを、それを諦めて親としての責任を放棄してしまった。子の過ちは親の責任だ。私たちも子供のお前に酷い事をしてしまった」 「私たちも、心。あなたにずっと謝りたかったの……。こんなに遅くなってしまって、ごめんなさい……」 父と母が、しっかりと私を見つめ返して真摯に話してくれる。 それだけで、私はもう十分だった。 私が顔を覆

  • 婚約者は私にプロポーズをしたその口で、初恋の幼馴染に愛してると宣う   148話

    広い広い応接室に通された私と涼真さん。 私は、見慣れた室内が何故か落ち着かなくってそわそわとしてしまう。 お手伝いさんの顔も、屋敷内にいる使用人の顔も、以前私が居た頃とはガラッと変わっていて。 私が知っている人はいないのだろうか……。 そう考えつつ、出された紅茶のカップに口をつけた。 喉を潤していると、この部屋に近付いてくる足音が廊下から聞こえた。 「──っ、」 「心。落ち着いてくれ」 涼真さんが苦笑いを浮かべつつ、隣に座る私の手をそっと優しく握ってくれる。 大きな手のひらに包まれて、安心感を感じた私は小さく息を吐き出すと、涼真さんに頷いて返す。 「そう、ですね。すみません、緊張してしまって……」 「はは。ご両親に会うのに緊張する事はない。心だって、過去の自分を恥じているんだから、素直にその気持ちをご両親に伝えればいいよ」 「……はい。ありがとうございます、涼真さん」 短い会話をしていると、応接室の扉が不意に開く。 開けたのは、この屋敷で長く働いている使用人の男性。私も見知った、懐かしい顔だ。 以前より皺が増えて、所々に白髪があった程度だったのに今はもう髪の毛が真っ白になっている。 使用人の男性──加藤さんが、私に視線を向けて柔らかく、懐かしむような優しい笑みを浮かべてくれた。 「お嬢様」と加藤さんの口元が小さく動いた気がする──。 加藤さんに意識が持って行かれてしまっていたけど、室内に入って来た加納家当主の厳しい低く、重い声が室内に響いた事で、私ははっとして視線を父に戻した。 「待たせてすまない、滝川涼真さん。……それに、心」 「とんでもございません。本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」 涼真さんが、父に向かって深々と頭

  • 婚約者は私にプロポーズをしたその口で、初恋の幼馴染に愛してると宣う   147話

    「全く……油断も隙もないな……」 「確か、あちらの社長には丁度いい年齢のご子息がいたはずですよ、滝川社長」 「高遠副社長……」 「ははは、すみません。余計なお節介でしたね。それでは、私もここで失礼しますよ。加納さんも、また」 涼真さんと高遠副社長は、軽口を叩き合うようにいくつか言葉を交わし、高遠副社長は肩を竦めたあと、私に挨拶をして部屋を出て行ってしまった。 あまりにも速い退出だったので、私は副社長にご挨拶が出来ないままで。 私がわたわたとしていると、涼真さんが疲れたようにため息を吐き出しつつ、こちらに向かって歩いて来た。 「全く……彼は他人事だと思って俺を揶揄ってる……」 「滝川社長と副社長、随分気心が知れた仲なのですね……?」 「ああ。彼の兄が俺の父親の部下なんだ。兄弟揃ってうちの会社を支えてくれていて……感謝しているんだが、昔から知っているからこそ揶揄われて堪らない……」 「そうだったんですね。皆さん、仲が良さそうで、傍で見ていて微笑ましかったです」 「そう?加納さ……心も、その内の1人だよ」 「──っ、そう、なれるでしょうか」 「もちろん。と言うか、もうなっているだろ?」 涼真さんは、本当に心からそう思ってくれているのだろう。 きょとん、とした顔でそう口にし、笑ってくれる。 なんの意識もしていない、本心からの言葉。 それがとても嬉しくて、私はついつい涼真さんに笑い返してしまった。 「……心、」 「滝川社長、戻りまし──失礼しました」 涼真さんが、ふと真剣な顔で、私に向かって手を伸ばした。 その瞬間、応接室の扉がノックされてすぐに扉が開かれる。 持田さんは、顔を上げて室内を見た瞬間、すぐにそう告げて扉を閉めてしまった。 その後、慌てて涼真さんが扉に向かい、持田さんと間宮さんを迎えているのを、私はどこかぼうっとしながら見つめた。 ◇ それから、数日。 涼真さんが話してくれた通り、涼真さんと私の婚約が大々的に発表された。 そして、それと同時に滝川本家が私に対して誹謗中傷を行ったネットニュース会社を提訴した、と言うニュースも公開された。 その事は、大々的に報道され、SNSでも大きな騒ぎになった。 滝川本家が、私を認めた──。 その事で、私に対する興味や、バックグラウンドを調べようとする人達まで現れている

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status