ログイン◇ 2回目の検診の日。 この日も涼真さんはお休みを取ってくれて、検診に一緒に来てくれた。 そして、この日。 前回と一緒の女性医師から、驚く事を告げられた。 「──ああ、やっぱり。前回も違和感があったのですが、確信しました」 「えっ?」 「心音が2つ確認できますね」 「──えっ!?」 「おめでとうございます、お子様は双子ですね。双子の妊娠です」 ◇ 「──ぅっ、うぅ……」 「心、心大丈夫か?」 「ごめんなさい、涼真さん……。涼真さん、明日もお仕事で早いのに……」 「気にしないでくれ。心が辛い時に1人のうのうと眠っていられない」 涼真さんは、私がつわりで辛い時もずっと傍に寄り添ってくれていて。 匂いが駄目でご飯が食べられない時は、私が食べられる物がないか、とスーパーに走ってくれて。 沢山のフルーツや、食べられそうな物を買ってきてくれた。 双子の妊娠は、私が考えていたよりも凄く大変で。 つわりも酷いし、体調の変化が出やすいし、お腹も凄く重くなる。 私の体調を心配してくれた涼真さんは、私の仕事を一時休職扱いにしてくれて。 私が家で1人になってしまわないよう、持田さんや間宮さん、それに母がしょっちゅう家にやって来てくれた。 以前会議終わりに倒れてしまい迷惑をかけてしまった帝都ホテルの専務取締役に涼真さんと一緒に後日妊娠を報告しに行くと、凄く喜んでくれて。 家族でいつでもホテルを利用してくれ、と言ってもらえた。 そして、やっぱり涼真さんは新築の家を建ててしまって。 私がお腹が大きくなる前に、新築の家が出来る前に賃貸のお家に移動した。 階段が少なく、私の移動しやすさを大前提に考えて見つけてくれた賃貸。 この子達が生まれる頃には、新築の家が出来上がるだろう、との事。 私の父は、初孫だと喜び、涼真さんのご両親と一緒になって色々とベビーグッズを競うように購入しているらしい。 ◇ 「──私の所に、また帰ってきてくれたのかな?」 「心?」 夜。 寝室で、ぽつりと呟いた私の声に涼真さんが反応する。 私は笑顔で涼真さんに向き直ると、言葉を続けた。 「以前、前の子を亡くしてしまったけど……。もしかしたら、一旦帰って、妹か弟を一緒に連れてきてくれたのかなって……ふと、そう思ったんです」 私の言いたい事を悟ったのだろう。
「な……、なんっ、本当、ですか……!?」 涼真さんの感極まったような声が部屋に零れる。 声も震えていて、涼真さんは自分の顔を手で覆っていた。 「ええ、間違いないですよ。まだ胎嚢が確認出来るくらいの小さな袋ですが……エコーで見てみますか?」 「ぜ、是非!」 女性医師の言葉に、涼真さんは即座に答える。 私と言えば、まだ現実味が全然なくて。 唖然としたまま、エコーの準備が着々と進められて行くのを眺めている事しか出来なかった。 実感がまだ湧いていない私に、涼真さんが目元を赤く染めたまま、私の手を握って声をかけてくれる。 「心、心ありがとう……。本当に嬉しい……」 「涼真さん……」 看護師さんに促され、ベッドに横になる。 お腹に機械を当てられ、モニターに白黒の映像が映し出された。 それを確認しながら女性医師は丁寧に説明してくれる。 「ここにある小さな丸い形、分かりますか?これが胎嚢、と呼ばれる赤ちゃんを包む袋です。これからどんどん赤ちゃんが成長していきますよ」 「……本当に、赤ちゃんが?」 「ええ。これからつわりも始まると思いますから、体調の変化には気をつけてくださいね」 「涼真さんとの、赤ちゃん……?」 モニターに映った胎嚢を見た瞬間、さっきまで湧いてこなかった実感がじわじわと湧き出てくる。 私のお腹には今、涼真さんとの赤ちゃんがいるんだ。 そう考えた瞬間、私の視界はぶわっと涙で滲んだ。 その間も、涼真さんは女性医師に色々と質問していて。 つわりが酷い時にはどうしたら、とか。 仕事は移動が多いから大丈夫か、とか。 どんな事を気をつければいいか、とか。 色々な事を聞いていたけど、私は次から次へと溢れてくる涙を拭うのに必死で。 看護師さんからティッシュを渡されて、私は早く泣き止まないと。そんな事ばかり考えていた。 病院での診察が終わり、涼真さんと診察室を出た私達は、車で家に帰ってきた。 「心、荷物は?これだけか?」 「りょ、涼真さん!バッグくらい自分で持てますから!」 「駄目だ、まだ妊娠初期なんだから安静にしないと」 涼真さんは私の荷物を渡してくれる事なく、車から降りる際もいつも以上に気を使ってくれた。 「家も階段があるから危ないな。寝室を1階に移動しよう。それに家に入る前の階段も危ない。新築で家を建てるか?」
◇ 「本日はありがとうございました」 「いやいや、こちらこそ!お2人に会えて良かったですよ。どうですかな、この後予定が入っていなければ」 帝都ホテル。 専務取締役の部屋で会議を終えた涼真さん。 涼真さんの後ろに付き従っていた私は秘書として徹底していたけど、専務取締役は私たちが婚約している事を知っていたのだろう。 涼真さんと私に向けて手でお猪口の形を作り、口元にそれを運んで見せた。 お酒の席へのお誘いだ。 この後、予定が無ければもちろんご一緒出来ていたけど──。 涼真さんは申し訳なさそうな表情を作ると、専務へ断りの言葉を告げた。 「有難いお誘いですが申し訳ございません、この後も会議が入っておりまして……」 「なんと……!それは残念……。また次の楽しみに取っておくとしましょう」 「ええ、次は是非」 「加納さんも、次は一緒に食事を楽しみましょう」 「ありがとうございます」 専務は私にも笑顔で話しかけてくれて、私も笑顔で言葉を返す。 エレベーターで下まで送ってくれる、と言う専務の言葉に甘え、3人で談笑しながらエレベーターに乗り込んだ。 「そう言えば、御社で来春発表の──」 「そこまでご存知ですか……!ええ、それはですね──」 ……? あれ、おかしいな。 涼真さんと専務の声が、遠くなるような気がする。 頭がぼうっとして、ぐらぐらとする。 いけない、このままだと体がふらついてしまいそうだ。 私は内頬を強く噛み締め、何とか意識を保っていた。 だけど、エレベーターが下に着いて2人がエレベーターから出るのを待つため、私はエレベーターの操作盤にさっと移動しようとした。 だけど──。 「──っ、」 「心!」 動いた瞬間、ぐわん、と私の頭が揺れた。 そして体からふっと力が抜けた感覚。 私の名前を焦って呼ぶ涼真さんの声。 驚いたような顔の専務──。 ああ、いけない。 取引先に迷惑をかけてしまう──。 そこまで考えた所で、私の意識はぶつり、と切れてしまった。 ◇ 次に目が覚めた時、私の視界に入って来たのは見慣れない天井だった。 「……?」 ぼうっとする頭で僅かに身動ぎをすると、すぐ側から涼真さんの焦ったような声が聞こえた。 「心!目が覚めたか!?」 「涼真さん……?ごめんなさい、私……」 急いで起き上がろう
あれから、半年。 私と涼真さんはあれから目が回るほど忙しい日々を過ごしていた。 婚約発表をして、これから涼真さんと甘い生活が待っているのかな、なんて考えていたけどそんな私の考えは甘かった。 「──心!午後の予定は!?」 「は、はいっ!午後は帝都ホテルの専務取締役との会議と、来春発売予定の新作発表パーティーの会議が……!」 「明日のスケジュールはどうなっている?」 「明日は天童寺様との会食です!私はデザイン部門へ向かい、研究室に1日籠る予定なので、明日は持田秘書が涼真さんに付きます!」 「分かった、生地研究は我が社にとって大事なプロジェクトではあるが、自分の体を第一に考えてくれよ?」 「はい、もちろんです!」 あの3人が逮捕された直後は、私も涼真さんも事情聴取で警察署に何度も足を運んだ。 事件の件が落ち着き、これから多少ゆっくりできる、と思ったけど涼真さんが新規事業として始めた衣料部門が大成功した。 そのため、通常業務に加えて衣料部門の仕事も増え、私も涼真さんも毎日忙しさに忙殺される毎日を過ごしていた。 持田さんと間宮さんが引っ越してしまってから大分経つけど、婚約前に考えていた甘い同棲生活なんて夢のまた夢で。 ここ最近は私も涼真さんも深夜遅い時間に帰宅してまるで泥のように眠る事の方が多い。 それに、最近では滝川グループ本社で行っていた事業提携も涼真さんに降りてくる事が増えた。 今日訪ねる予定の帝都ホテルの専務取締役との会議だって、ホテル事業を本社から引き継いだばかり。 私と涼真さんは会議に向かうために会社の駐車場に向かっていた。 「くそっ、爺さんも容赦なく仕事を下ろしてくるな……」 「ふふ……っ、涼真さんに期待しているからこそですよ」 「ああ。爺さんの口癖だろう?一家の大黒柱たるもの、馬車馬の如く働け。だったっけか?」 「ふふふっ、だけど涼真さんが忙しくなると、比例して私も忙しくなってしまうから、お爺様には少し手加減してもらわないとですね」 「ああ、本当に。今度爺さんに心からも言ってくれよ。心が疲れたって言ってくれれば爺さんも手加減してくれるかも。爺さんも孫の嫁に体調を崩されたら大変だろう?」 くつり、と喉奥で笑う涼真さん。 涼真さんの口から出た「嫁」と言う言葉に、私は顔を真っ赤にしてしまった。 「……そろそろ式の事
◇ あれから、数日。 清水 瞬と黒瀬社長が逮捕された事は瞬く間に世間に広まった。 清水と黒瀬社長は会社の経営者だ。 その2人が、もう1人の女性──柳と協力をして都内で開かれていたとある婚約パーティーに潜り込み、その婚約パーティーで当日婚約していた女性を連れ去り、わいせつな行為に及ぼうとした。として、逮捕された。 清水 瞬には強制わいせつ、強姦未遂の罪が。 黒瀬 公紀にも強制わいせつ容疑、そして国内で違法動画サイトの運営をしていた罪が暴かれた。 黒瀬には更に余罪も多数ありそうだ、と言う事で警察は慎重に捜査を進めている。 そして、彼らの協力者である柳 麗奈。 彼女は、当日婚約を発表した女性(私だ)に個人的な恨みがあり、その女性を陥れるために清水と黒瀬を送り込んだ。 女性を連れ去る際、違法薬物を使用した罪。 違法薬物を海外から輸入した罪を問われる形になる。 3人の逮捕はとても大きく報道され、彼らの会社も大ダメージを受けた。 清水の会社は株価が暴落し、経営破綻寸前。 黒瀬元社長が経営していたデザイン会社も、イメージが悪くなり不買運動が始まってしまった。 その会社で働いていた真面目な社員達には気の毒ではあるが、恐らく清水の会社と同様、黒瀬が経営していた会社も株価の暴落により倒産してしまうだろう。 そして、麗奈──。 彼女に関しては、一般人と言う事であまり報道はされなかったが、麗奈のかつての後輩──三橋まどかがSNSで暴露した。 麗奈に指示をされ、ある女性の誹謗中傷をSNSに書き込め、と指示をされて大変な目に遭った事。 そして、自分はその会社を首になってしまった事などを赤裸々に語っていた。 他にも、麗奈に呼ばれたと暴露した女性がいる。 かつて、高校生の時に涼真さんと婚約をしていた花里 愛海。 彼女も、麗奈から連絡を受けて涼真さんを奪い取ればいいと言われた、と自身のSNSに書き込んだのだ。 それまで、一般人の女性だから、と清水や黒瀬ほどの中傷を受けていなかった麗奈だったけど、後から後から出てくる麗奈の悪事に、世間は麗奈を批難した。 これだけ酷い事をして、他人の幸せを壊そうとしたのだからそれ相応の罰は受けるべきだ、とネット上では大騒ぎになっている。 それに、かつて麗奈が海外に逃亡した時に関係を持った男性達も嘘か本当か分からないが
「──え」 清水の突然の謝罪。 私がその言葉に呆気に取られていると、清水は私が何も言葉を返さない事で、私が彼に怒り無視をしていると思ったのだろう。 突然目を潤ませ、ぽろぽろと涙を流して謝罪を続ける。 「本当に……こんなつもりじゃなかった……俺はどうして心を裏切ってあんな女なんかと……、俺は心が一番好きだったのに、あんな女……麗奈なんて、一時の気の迷いで……っ、俺が本当に好きなのは心なのに……」 「は……、何を突然……」 今更だ。 そんな事を今更言われたってどうにもならない。 「私の事が一番好きだった……?嘘を言わないでください、清水さん」 「違うっ!嘘じゃない……っ!本当にあの時はおかしくなってたんだ……っ、俺は心を裏切るつもりなんて……」 「嘘をついてまで麗奈と会っていたのは自分でしょう?それに、何度も麗奈から私に動画が送られてきていました。見たくもない、動画が」 話しているうちに、当日の事を思い出して気持ちがすうっと冷えていく。 当日は清水 瞬の事が好きだったから悲しみや寂しさ、辛い気持ちが強かったけど。 今の私は涼真さんの事が好きで、清水 瞬には何の感情も持っていない。 だからだろうか。 そんな人でなしで、ろくでなしの人間のせいで私の人生がめちゃくちゃになってしまう所だった、と言う怒りしか感じない。 私が口にした「麗奈から送られてきた動画」と言う単語を聞いた清水は、真っ青になって顔を俯けた。 「そ、そんな動画……俺は知らない……知らなかった、んだ……。麗奈がそんな酷い事を心にしているなんて……」 「……当時の事は別にもういいです。私にはもう関係の無い事だし、私は今幸せだから」 「しあわせ……、こころは、もう幸せに……?」 「ええ、そうです。もう話したい事がないなら、帰っていいですか。私の事を襲ったあなたと、あまり長く顔を合わせていたくないんです」 顔も見たくない。 私にそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。 清水はショックを受けたように顔を歪めた。 同席していた刑事も、もう話は終わりかと彼に近付いて行く。 「すまない……すまなかった……本当に……。こころにあんな事をするなんて……あの時は本当におかしくなっていたんだ……」 「もう謝罪は結構です、清水さん。……ちゃんと自分が犯した罪に向き合って、罪を償
「失礼します、社長」 「ああ」 「先程の一件で、花里愛海はすぐに社外に出ていきました」 持田さんが口にした「先程の一件」と言う単語に、せっかく収まってきた私の頬がぼわり、と熱くなる。 「それは良かった。以降、花里は立ち入り禁止に。警備室に連携しておいてくれ」 「かしこまりました。すぐに手配を」 「ああ、あと……無いとは思うが、花里の家の人間も同じようにこの会社への立ち入りは禁止しておいてくれ」 「かしこまりました」 涼真さんの指示に頷いた持田さんは、頭を下げたあと間宮さんと一緒に出て行ってしまった。 恐らく、今の涼真さんの指示を警備室に連携しに行ったのだろう。 持田さん
部屋に入るなり涼真さんはネクタイやベストを脱ぎ、部屋に備え付けられているゴミ箱に投げ捨ててしまう。 「心、悪いがシャワーを浴びてくる。少しだけ待っててくれ」 「わ、分かりました」 こくり、と頷いた私を見た涼真さんは、ほっとして表情を緩める。 私に手を伸ばそうとして、そこで涼真さんの手はぴたりと止まった。 香水の移り香を気にしてくれたのだろう。 「すぐ出てくる」 涼真さんは悔しそうに唇を噛み締めると、すぐに踵を返してシャワールームに消えた。 私は、部屋の中で一人。 涼真さんがシャワールームに入ってすぐにシャワーの音が聞こえて来た。 「……わ、私が嫌がったから、捨てちゃった
涼真さんは、私が逸らした顔を無言でじっと見つめている。 腰に回った涼真さんの腕が、解かれる気配がなくて、次第に私の心臓はドクドクと鼓動を速める。 涼真さんから必死に顔を逸らしていた私は、小さく息を吐き出す涼真さんの気配にびくりと肩を震わせた。 こんな、おどおどしてたら嘘の婚約者だってバレてしまうだろうか。 だけど、こんな風に涼真さんと近い距離で接するのは、緊張するし恥ずかしい。 あまりにも涼真さんと近い距離で過ごしていたら。 その内、私の気持ちが涼真さんにバレてしまいそうで。 バレてしまうのが、怖い。 こんなに涼真さんに優しくしてもらって。 偽とはいえ、婚約者という立場に
◇ あれは、遡る事数日前。 涼真さんと、今回のパーティーに向けて「練習」をしている時。 ソファに2人並んで座りながら、まったりとしつつお話をしていた。 私は、ずっと考えていた事を涼真さんに報告した。 「──希少性を下げる、だって!?」 「はい、涼真さん」 私の話を聞いた涼真さんは、驚いたように声を上げた。 けど、それもそうだろう。 私が昔、子供の頃に清水 瞬を助けるために売ってしまった生地開発の権利。 それは、今や清水グループが独占していて、他社も開発が出来ていない。 清水グループの持つ生地を越える生地の開発は出来ていないのだ。 だったら、作ってしまえば良い。 そ







