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7話

Author: 籘裏美馬
last update Last Updated: 2025-09-29 20:27:42

「今にも雨が降りそうね」

外に出ると、どんよりと空は曇っていて昼過ぎだというのに薄暗い。

午前中は晴れていたのに、となんだか悲しくなってきてしまう。

「なんだか、今の私の気持ちみたい」

そんな事を呟いて、馬鹿馬鹿しくなってしまう。

どんよりと重い空。

それが今の自分の気持ちを更に暗くしていく。

とぼとぼと歩き、デパートの地下にある食品売り場を目指す。

デパート前の交差点で赤信号に捕まってしまい、足を止めてそこで青信号に変わるのを待っていると、遠くから誰かの怒声が聞こえてきた。

「危ない!!」

「──ぇ」

無意識のうちに俯いていた私は、誰かのその言葉にふいに顔を上げた。

すると、信号無視をした車が直進していた車と接触し、接触された車が交差点の信号待ちをしていた歩行者の方に突っ込んでくるのが見える。

そう、今まさに私が立っているこの場所に──。

「……っ」

瞬。

胸中で瞬の名前を叫ぶ。

まるでスローモーションのように、車が目前にまで迫ってくるのが見えた。

周囲の人々は慌ててその場から逃げ出す者や、転んでしまう人、勇敢にも私を助けようと駆け寄ろうとする人、腕を伸ばしてくれる人が視界に映る。

けれど、それも間に合う事なく、私は自分の体に訪れた物凄い衝撃に、そこでプツリと意識を失った。

<事故直後>

ざわざわ、と人だかりが出来ている一角と、歩行者信号のポールに激突して止まっている車を、車内から見ていた男は後部座席から運転席に向かって声をかけた。

「交通事故か」

低く、落ち着いた声音。

どこか艶やかな重低音に、運転手はハンドルを握ったまま答えた。

「そのようです。どうやら、信号無視をした車が走っていた車に衝突して、衝突された車が歩行者達に突っ込んでしまったようですね」

「それは…はた迷惑な話だな」

「ええ。信号無視など…それで歩行者まで巻き込むのは流石に最低ですね」

「──ああ、あの人だかりは歩行者が巻き込まれたのか」

運転手の言葉に、男はなんの気なしに人だかりの方へ顔を向ける。

誰か、女性が倒れているのが人々の隙間から見える。

(可哀想に。巻き込まれたか…)

どれくらいのスピードを出していたのかは分からないが、歩行者に車が衝突したのだ。

相当な怪我をしているだろう事が分かる。

白くしなやかな細い指先がちらりと見えた。

人だかりの隙間から、倒れている女性の顔までが見えた。

「──ッ!?」

その瞬間。

男は動揺したように目を見開いた。

がばり、と窓に手をつき、女性の顔を凝視する。

「り、涼真様?」

運転手が思わず男の名前を呼ぶ。

が、涼真と呼ばれた男は、運転手の声に答える事はなく、急いで車のドアを開け、飛び出した。

「涼真様!!」

「社に戻って、会議は中止と伝えておけ!!」

それだけを叫び、一直線に人だかりの方へ走って行く。

遠ざかる背中を、困ったように見つめていた運転手だったが、自分の上司の命令には従わなければならない。

運転手は「承知しました」と溜息を零し、周囲を確認しながらゆっくりと車を発信させた。

涼真と呼ばれた男は、人だかりに割って入ると、倒れた女性の名前を叫んだ。

「──心!?加納心、しっかりしろ!」

突然現れた涼真に、人だかりは驚きつつ、倒れた女性──心の知り合いだという事が分かり、ほっとしたように涼真に声をかけた。

「お兄さん、この女性の知り合いかい?良かった、さっき救急車を呼んだから、付き添ってやってくれ」

「これ、女性のカバンだと思う。衝撃で飛んでしまったみたいだ」

涼真の登場に、周囲にいた人達が安堵の表情を浮かべながら声をかけ、心のカバンを渡してくる。

その中で、おずおずと一人の女性が涼真に歩み寄ってきた。

「あの…、その女性の旦那様です、よね…?これ…衝撃で、カバンの中から飛び出して…」

「…っ、」

女性が手にしていた物を、涼真に差し出す。

すると、それを見ていた周囲の人達は痛ましげに顔を歪めた。

気遣うように心を見て、そして涼真に視線を向けてくる。

「…ありがとうございます、俺が預かっておきますね」

涼真は、女性から渡された「母子手帳」を手に、地面に倒れたままの心を痛ましげに見つめた。

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