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第4話

Author: 小米しょうが
颯太はかつて、私を一生離さないと言った。

今回、不倫が私にばれても、彼の口から離婚という言葉は出なかった。

琴葉がどうやって颯太をだまし、離婚協議書に署名させたのかは分からない。

けれど今の私には、確かにそれが必要だった。

ただ、財産分与を一切認めないという条項を見た瞬間、怒りで全身が震えた。

不倫相手にすぎない琴葉に、どうしてそこまで決められなければならないのか。

帰国の飛行機を降りる頃には、頭も少し冷えていた。

弁護士に連絡して離婚協議書を作り直してもらい、写真に撮って颯太へ送った。

【会って署名する?それともファックスで送ればいい?】

ようやく、颯太から電話がかかってきた。

「離婚なんて、勢いで言うものじゃない。今は少し忙しい。あとで話す」

子供たちと笑い合っていた颯太の姿を思い出し、私は思わず皮肉を返した。

「そう。今度は息子を作るので忙しいの?それとも娘?」

彼のなだめるような声色が、一瞬で消えた。

「お前の親は、そんな口の利き方を教えたのか。今すぐ家に戻れ。うちの母に、嫁としてどうあるべきか教えてもらえ。それができないなら、今すぐ離婚だ」

そう言って、彼は電話を切った。

家に戻ると、琴葉と二人の子供が颯太の両親のそばで、楽しそうに笑っていた。

琴葉は親しげに颯太の母の腕に手を絡め、私を見る目には隠しきれない悪意があった。

「高坂さん、仕事の話をしに来たはずの方が、人の家にまで上がり込むなんて初めて見ました」

琴葉の息子も、不満そうに私を見上げた。

「おばさん、どうして勝手に入ってきたの?ノックしなきゃだめなんだよ」

颯太の母は、冷めた目で私を見た。

その表情だけで、私を歓迎していないことは分かった。

「離婚するんでしょう?だったら、今さら何をしに来たの。私たちの邪魔をしないでちょうだい」

私に向けられたその顔は、これまで見たことがないほどよそよそしかった。

胸の奥が、きゅっと痛んだ。

私はスーツケースをリビングの真ん中に置き、一人で二階へ向かった。

「すみません。

荷物をまとめたらすぐに出ていきます。皆さんの邪魔をするつもりはありません」

颯太の父が杖で床を軽く叩き、低い声で言った。

「颯太はもう帰りの飛行機に乗っている。意地を張るな。この六年、あいつがお前をどれだけ大事にしてきたか、分かっているだろう」

そのとき、男の子が泣き出した。

「この人がパパを取っちゃうの?僕たち、追い出されちゃうの?」

女の子まで声を上げて泣き出し、颯太の両親は慌てて子供たちを抱き寄せた。

「そんなことあるわけないでしょう。ここはあなたたちとパパとママのおうちよ。誰にも追い出させないからね」

男の子はしゃくりあげ、苦しそうに咳き込んだ。

颯太の母は男の子の背中を優しくさすっていたが、こちらを向いた途端、声を荒らげた。

「帰ってくるなり騒ぎを起こして。結月さん、あなたはうちを引っかき回すために戻ってきたの?

颯太に子供はいらないと言わせたのはあなたでしょう?今度は私の孫たちまで追い出すつもり?今すぐこの家から出ていきなさい!」

颯太の父は女の子を抱いたまま、ただため息をつき、それ以上は何も言わなかった。

私は部屋を見回した。

颯太の父が使っている杖は、当時の私がいちばん良い木材を選び、時間をかけて削り、仕上げて贈ったものだった。

颯太の母が持っているお守りも、私がわざわざ有名な寺まで足を運び、厄除けにと授けてもらったものだった。

それなのに今、彼らは琴葉と子供たちを守るように囲み、私にだけ冷たい目を向けている。

六年暮らしたこの家のすべてが、急によそよそしく見えた。

もういい。

持っていくものなんて、何もない。

けれど、スーツケースを引いて出ていこうとした瞬間、玄関の扉が開いた。

帰ってきた颯太が、私の手からスーツケースを奪い取った。

「子供のことで、そこまで騒ぐな。俺はちゃんとお前を妻にしてやっただろ。まだ何が不満なんだ。

琴葉とはうまくやれ。あとは俺がどうにかする」

ようやく泣き止んだばかりの男の子が、また泣き出した。

「パパ、おばさんと行っちゃうの?僕たちのこと、いらないの?やだ、パパ行かないで!」

颯太はすぐに私から離れ、男の子のそばへ駆け寄った。

「誰がそんなこと言った。パパが大事なのは、ママとお前たちだけだよ。あの悪い人はパパが追い出す。すぐ追い出すからな」

嫌悪を隠そうともせず、颯太は私のスーツケースを玄関の外へ蹴り出す。

床に叩きつけられた拍子に蓋が開き、中から離婚協議書がのぞいた。

その瞬間、颯太の目がわずかに揺れる。

彼はすぐに私の腕をつかみ、外へ引っ張り出して声を落とした。

「先に出てろ。子供と琴葉を落ち着かせたら、そのあとで――」

私は離婚協議書を拾い、ついた埃を払って、そのうち一部を彼の手に押しつけた。

「署名して。安心して。私たちに、もうこの先なんてないから」
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