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家族へ遺した、最期の贈り物
家族へ遺した、最期の贈り物
Author: 花吹雪

第1話

Author: 花吹雪
私は自分の誕生日に、苦しみの中で亡くなった。けれど、家族は誰一人として気づいてない。

彼らは、私が双子の妹である鮎沢明里(あゆさわ あかり)の大切な誕生日会に出席しなかったと責めたが、実際は私、ずっとその場にいたんだ。

ただ――霊の姿で。

……

夜になり、家族がドアを開けて入ってきた。全員がたくさんの紙袋を手に提げている。

ただ一人、明里だけがアイスクリームを手にして、嬉しそうに食べている。

家族は彼女をまるでお姫様のように甘やかし、少しも疲れさせまいと心を尽くしている。

家族が家の飾りつけを始めると、私の夫である栗野竜也(くりの たつや)が二階に向かって叫んだ。

「栗野樹里(くりの じゅり)、降りてきて手伝え。今日が誕生日だからってサボれると思うな」

いつもの私なら、小走りで駆けつけていただろう。

だが、今の私はただ竜也のそばに漂い、冷ややかに見つめているだけだ。

二階から物音がしないのを不審に思った竜也は、私に電話をかけた。しかし、応答はない。

そのとき、明里が近づいてきて彼のスマホを奪い取り、甘い声で言った。

「竜也さん、お姉ちゃんがいないなら、私が手伝うよ」

竜也は笑いながら彼女の頭を撫で、優しく言った。

「座って休んでろ。アイス、早く食べないと溶けちゃうぞ」

そう言い終えると、彼の笑顔はふっと消え、眉をひそめて私にメッセージを送った。

【樹里、早く帰ってこい!誕生日会まであと一時間だ。

今日は客も多いんだから、場をしらけさせるな】

メッセージを送り終えると、竜也は再びリビングに戻った。

私の両親は彼の困った顔を見るや否や、冷笑を浮かべた。

「樹里、また機嫌を損ねたのか?」

竜也は風船を並べながら、何度もため息をついた。

「ああ、ちょっとでも気に入らないことがあると姿を消して、俺が探し回るのを待ってるんです」

「甘やかすからだ」私の父である鮎沢鉄夫(あゆさわ てつお)は冷たく吐き捨てるように言った。

「自分がいなきゃ誕生日会が成り立たないとでも思ってるんだろう?馬鹿げてる。本来、この誕生日の主役は明里なんだ。樹里なんか来なくても関係ない。

明日帰ってきたら、残ったケーキでも食わせてやれ。痛い目を見せてやろう!」

鉄夫は怒りで顔を真っ赤にし、ますますヒートアップしていった。

明里は慌てて駆け寄り、彼の背中をさすって慰めた。

「お父さん、そんなこと言わないで。お姉ちゃんが聞いたら、きっとすごく悲しむよ。

今日はお姉ちゃんの誕生日でもあるよ?いないなんてありえない。私、探してくる!」

そう言って、明里は勢いよく家を出た。

家族は彼女の従順さや気配りに感心しているが、彼女が外出していないことには気づいていない。

私はただ見つめることしかできない。明里が地下室のほうへ回り、鉄の扉を蹴破るのを。

彼女は、血まみれで動かない私を見て、息が詰まるほど笑い転げた。

近づいてきて、勢いよく私を二度蹴りつけた。

「ねぇ、死んだふりなんかしないで。さっさと起きてよ」

だが、私はまったく反応できない。なぜなら、すでに死んでいるからだ。

それでも明里は気づかず、しゃがみ込んで私の髪を乱暴に掴んだ。

私は目をぎゅっと閉じた。彼女は何か違和感を覚えたようだが、外の物音に気を取られた。

「庭のドアが、なぜ開いてるのか?」外から竜也の声が聞こえてきた。

明里はビクッと肩を震わせ、すぐに私の髪を放した。帰り際にもう一度蹴りを入れて言った。

「おとなしくここで待ってて。誕生日会に出て、私の見せ場を奪うなんて許さないから!」

そう言うと、甘い笑みを浮かべ直し、階段を駆け上がって竜也の胸に飛び込んだ。

「私がドアを閉め忘れちゃったの。竜也さん、外を一周探したけど、お姉ちゃんはいなかったよ」

竜也はすぐに彼女を気遣い、優しく慰めた。

「もう樹里のことはいい。今日はお前の誕生日なんだから、あんなどうでもいい人のことで悲しむな」

――どうでもいい人?

私は苦笑した。

どうでもいい人ではない。ただ、彼らは明里しか見ていないだけだ。

だから、同じ誕生日なのに――ここ数年、私はずっと一人ぼっちで過ごしてきた。

だが今年は少し特別だ。誕生日であると同時に、私の別れの日でもある。

一か月前、私は末期がんと診断された。

隠すつもりはなかった。診断書もテーブルの上に置きっぱなしにしていた。

だが、私は決して忘れない。両親がその紙を手に取り、鼻で笑ったあの光景を。

彼らは言った――私が可哀想ぶって、注目と同情を集めたいだけだと。

だが私は、明里と愛を奪い合ったことなど、一度もなかった。

この誕生日会に参加する気すらなかった。

明里のために心を込めて用意した誕生日プレゼントを家に置き、友人と最後の誕生日を過ごすつもりだった。

まさか、家を出た瞬間に黒服の男たちに棍棒で殴られるとは思わなかった。

気がつくと、家の地下室にいた。

先頭の男が揺らしていた鍵には――明里が大好きなくまのプーさんのキーホルダーが付いていた。

男たちは棍棒を手にしていた。

私は恐怖で震えながら命乞いをしたが、誰一人として耳を貸さなかった。

棍棒が狂ったように私の体を叩きつけた。

気を失いかけたとき、彼らは私の服を引き裂き、屈辱的な写真を撮った。

それを終えると、鍵を揺らしながら地下室を出て行った。

私は必死に手を伸ばしたが、掴めたのはプーさんのキーホルダーだけだった。

その後に訪れたのは、果てしなく続く真っ暗な闇だった。

私は全力で通話ボタンを押したが、両親も竜也も、誰一人として出なかった。

そこで仕方なくメッセージを送ろうとしたが、指は殴られて曲がってしまい、長文を打つことができなかった。

絶望の中で、私は【9395】の四桁の数字を打ち込んだ。

かつて竜也と決めていた、危険に遭った際の合図だった。

「もし危険な目に遭ったら、この番号を送れ。必ず助けに行くから」

竜也は私の髪を優しく撫でながら言った。

そして私は聞いた。「法律がある時代に、本当に危険なんて存在するの?」

ただの冗談のつもりだったのに、まさか本当に使う日が来るとは思わなかった。

私は祈るような気持ちで彼の返信を待っていた。だが、返ってきたのは理解しがたい内容だった。

【樹里、新しい服を買いに連れて行かなかったくらいで、そんなに大げさに芝居をしてるのか?】

竜也は――信じなかった。

【去年のドレスだってまだ着られるだろう。子どもみたいに新しいものをねだるな。

今日はお前の誕生日だから、大目に見てやるよ。あとで誕生日会で会おう】

だがもう、私は誕生日会に現れることはない。

もう二度と、彼に会うこともない。

電話が切れたあと――

彼らが受け取ったのは、ウジ虫に覆われた私の遺体と、私が心を込めて用意した最期の贈り物だけだ。

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