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第26話
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小舟はここより流れ去り 第28話
部屋の中は真っ暗で、望美はドアに押し付けられ、泰秀と熱烈にキスをしていた。 ソファの上でも、寝室でも、二人の情熱の痕跡が残されていた。 貞弘は寝室の外で、声もなく眼前のすべてを見つめていた。 あの日、彼はわざわざレストランの監視カメラを調べに行った。 なんと、彼と千尋が廊下の突き当たりでみだらな行為をしていた時、彼の絵ちゃんは遠からぬところで見ていたのだ。 彼女のあの時の心がどれほど悲しんでいたか、今の彼も身をもって体験した。 彼は思い出した――二人の初めてのセックスの後、彼女がシャワーを浴び終え、身体中が水蒸気を立てて、彼の懐にうずくまり、こうして一生一緒にいられたらと言ったことを。 彼はそっと彼女の鼻をこすり、「そうなるよ、貞弘は永遠に絵ちゃんを裏切らない」と寵愛に満ちた声で言った。 「もし約束を破ったら、私は他の男を見つけてくるからね」 「お前は他の男ともこうするの？」 幸絵はくすぐったいところを突かれ、ベッドの上で転がりながら笑い続けた。 今、まさにその一言が現実となった。 クリスマス、泰秀は望美にプロポーズした。 彼は指輪をクリスマスツリーに掛け、それから彼女を高く持ち上げて、その指輪を取らせた。 望美が彼の背中から飛び降りた時の笑顔は、きらめくように魅力的だった。 その瞬間、貞弘の心は揺らいだ。彼の絵ちゃんは、今とても幸せそうだ。 しかし彼はどうしても納得できず、自分こそが幸絵により大きな幸せをもたらせる人間だと確信している。いつか幸絵は彼が見えて、彼の声を聞えるその日まで、彼はこれからも待ち続ける。彼は自らの口で彼女に謝罪したい。 泰秀と結婚した後、望美は広告会社の仕事を辞めた。すぐに出版社が彼女に連絡し、親密な関係における忠実心についての本を書いてほしいと頼んだ。本は間違いなくベストセラーになると編集者は胸を叩いて保証した。 望美は躊躇した後、やはり断った。「未来には、出会うべき美の体験がより多く待ち受けている。私は自分の一生を、絶え間ない弁証、まとめ、苦難の推演に費やしたくない」と。 彼女には確かに文学への夢があるが、彼女はこの本に、より美しい今の瞬間が記録されることを望んでいた。 さらに数年が経ち、泰秀はスイスの会社に異動することになった。 彼が望美の意見を尋ねた
小舟はここより流れ去り 第27話
貞弘は自分の空っぽの懐を見た。トラックは正面から通り過ぎ、彼は反射的に両腕を上げて身を守る姿勢を取った。しかし予想された痛みは襲って来ず、トラックは直接彼を通過したのだ。「俺は……」彼は自分のすこし透明に見える手を見た。「絵ちゃん……」すぐに彼は何かを考え、猛然と頭を上げた。 望美は泰秀に懐に抱えられ、怪我はなかったが、彼女の体の下に泰秀は苦痛の表情を浮かべていた。 「大丈夫？」と望美が聞くと、彼は青白い顔色で口元をわずかに緩めた。「お前が、俺の上に……」 「ごめんごめん」望美は急いで起き上がった。 「どうしたんだ、さっきは危なかったじゃないか、もう少しで轢かれるところだった」 「ちょっとぼんやりしてた」望美は少し照れくさそうに、うつむいて言った。 「お前を見守るために、これから俺がお前を迎えに来る。罰として、今日は俺に夕食を奢らせてもらう」 「私をデートに誘うのに、そんな洒落た理由を見つける必要あるの？」望美は笑った。 泰秀は彼女を引き起こし、さりげなく一杯のホットミルクティーを彼女の手に渡した。 「『ハリー・ポッター』がリバイバル上映されているんだけど、食事の後一緒に見ない？」 「前回一緒に見たのは、私たちがまだ子供の頃だったね」 「絵ちゃん、俺が見えないの？俺は貞弘だよ」貞弘は二人が笑いながら話すのを見て、とても傷ついた表情を浮かべた。 「お前は誰だ、絵ちゃんのそばから失せろ！」 しかし望美はまるで聞こえないかのように立ち上がり、泰秀と一緒に去って行った。 何度も試した後、貞弘は自分が透明な魂魄になり、全ての物を通過できるが、見られることも聞かれることもないことに気づいた。 貞弘の幸絵に再会した喜びは跡形もなく消えた。なぜなら彼は気づいたからだ――彼の絵ちゃんには、新しい恋人ができたようだと。 彼らはデートして、一緒に映画を見に行き、一緒に山に登り、一緒に旅行した。 彼は幸絵が海鮮を食べず、青色が好きなことを覚えていた。 彼は幸絵が台所に立つのを惜しみ、毎回二人だけで家にいるときは、必ず彼が料理をする方だった。 ある時、泰秀が望美のために豚のスペアリブの醤油煮を作った。彼女はその料理を長い間見つめて、「気持ち悪い」と言った。 その瞬間、貞弘は自分の心が穴を開けられたよ
小舟はここより流れ去り 第26話
千尋の内臓が引き裂かれるような叫び声と共に、貞弘はまるで一つの芸術品を取り外すように、千尋の顔の表皮を取り外した。 顔と下腹部から流れ出す血液がベッドの板を伝って地面に滴り落ち、一緒に転がり落ちたのはあの義眼だった。 千尋は喉でクックッという音しか出すことができず、涙が流れ落ち、骨と肉に溶け込んだ。 「救急車を呼んでおいた。絵ちゃんの遺骨を取り戻してくれたから、お前の命は助けてやる」と去る前に、貞弘は施しを与えるように軽く言った。 彼が初めて幸絵と豆島で会った時、彼女は彼の最初の友達になり、彼を苛めるあの子供たちを追い払い、彼と一緒にあの片目の見えない子猫を救った。 あなたは子猫の傷の手当てが本当に上手だよね、プロみたい。将来医者になれるよ、とあの時幸絵は言った。 「医者って何？」 「とても慈愛に満ち、病気を治し人を救う人よ」 「わかった、俺は将来医者になる」貞弘はしばらく考えに耽け、それから笑って彼女に返事した。 その後、あの子猫は貞弘に引き取られ、彼の家で飼うことになった。 子猫の性格は柔らかく、とても人懐っこかったが、貞弘だけを恐れていた。 なぜなら、あの猫の目は、まさに彼が潰したのだったから。 しかし彼はその後疑いなく、とても慈愛に満ち、病気を治し人を救う医者になったのに、なぜ彼の絵ちゃんはまだ彼のそばから離れてしまったのか？ 貞弘は廃墟のビルの屋上に歩を進めた。このビルの向かいのCBD電子スクリーンでは、ちょうどニュースが流れていた。 川口産業グループ理事長夫人が放火の教唆罪の容疑で、既に警察に連行され調査中であると。 それと同時に、川口産業グループの脱税や闇産業への関与を告発する大量の証拠が匿名の人物によって警察署に送られた。 達郎がパトカーに連行される時、カメラに向けた最後の一瞥は怒りが渦巻き、口元を動かして、「親不孝者！」と言葉を吐いたようだった。 貞弘は笑った、格別に輝くように笑った。 後日、彼はひっそりとした寺で自分の母親に会ったことがある。その時彼女はすでに髪を剃り、尼になっていた。 彼は狂ったように問いただした――彼らは愛し合っていなかったのに、なぜ彼を産まなければならなかったのか、産んだのに責任を取らないのか。 彼女はただ端座し、手の中の木魚のたたく音は止まな
小舟はここより流れ去り 第25話
二階の火の勢いは非常に大きく、千尋は一階へ逃げようとしたが、燃え上がる炎に遮られた。 彼女はこうこつとした瞬間、人影が見えた。足を組んで一階のソファに座っている。 「貞弘！私ここよ！」彼女は興奮して貞弘に手を振ったが、彼は少しも彼女を助けに行く様子を見せなかった。 千尋は何かを悟り、心が一気に谷底に沈んだ。 「貞弘、私のお腹にはあなたの子がいるのよ！」と彼女が信じられないように口を開いた。 貞弘の浮いてる視線はついに彼女に留めた。彼は素早く立ち上がり、千尋を湿った布で包んで引きずり出した。 「怖かったよ、私を捨てたのかと思った」救助された千尋は貞弘の懐に飛び込んだ。 嗚咽が収まった千尋が顔を上げ、貞弘の眼中に溢れんばかりの心配と憐憫を見て、ようやく安堵の息をつき、お腹を撫でた。 赤ちゃん、パパはやっぱり私たちを愛している。 しかしもし彼女がよく観察すれば、貞弘の全ての感情と注意力が、ただ彼女のその顔に注がれていることに気づいただろう。 消防士たちがすぐに出動し、火を消し止め、火事の原因の調査も進行中だった。 「貞弘、もうすぐ結婚式なのに、私たちの礼服が全部……」千尋は貞弘の服の裾を引っ張り、目に憂いを浮かべた。 「大丈夫、全てが解決されるから」貞弘は視線をゆるやかに前方に向けている。 貞弘は車で千尋を別の住所に連れて行った。一晩中騒いでいたので、千尋は車に乗るとすぐに眠ってしまい、目が覚めた時、自分が板材のベッドに縛り付けられていることに気づいた。そして目の前の貞弘は、彼女の顔に向かってぼんやりしていた。 「貞弘、私たち結婚するんじゃないの？何してるの？」 「結婚？」彼は何かとても可笑しい話を聞いたかのようだった。「俺が幸絵を死なせた犯人と結婚できるわけがない！」 「じゃあ、ここ数日間、全ては演技だったの？どうして！？」千尋の目に恐怖が浮かんだ。 「俺はお前に全てを手に入れたと思わせ、幻想が破滅する味が永遠に忘れられないようにするつもりだ」貞弘はナイフの刃の反対側で彼女の頬を軽く滑らせた。 「じゃあなぜさっき私を助けたの？」千尋は納得いかない様子で問いただした。 「なぜなら、お前は幸絵の顔を使っているからだ。俺は、お前が幸絵の顔を付けてる状態で死ぬことを許さない」 「それで？今私を殺すの
小舟はここより流れ去り 第24話
千尋は川口家に落ち着いた。 由佳里は彼女が骨壺を盗んだことを気にしていたが、いざという時には、貞弘が常に立ち上がって彼女を守ってくれた。 これは彼女の貞弘への好感度を再び甦らせ、さらに彼女の欲望をかき立てた。 特に日常生活の中、彼女は気づいた、貞弘が彼女の顔を見ると理由もなくぼうっとすることがあり、その眼差しの深い感情は彼女が今まで見たことのないものだった。 最初では、彼女はまだ悲しみを感じていたが、後になって、千尋は考えがまとまった。 自分がこのように整形したのは、貞弘のそばに戻るためではないか？ 彼の心の中で誰を考えていようと、彼のそばにいる女が自分であればそれでいい。 だから、貞弘が酔っ払って帰宅した時、食卓のそばで料理を並べる女を見て、彼は一瞬こうこつとした。 幸絵は鎖骨に一箇所刺青があり、彼の腰のものと全く同じだった。 そして目の前の女の鎖骨にも、青い三日月の刺青がある。 「絵ちゃん、あなたが戻ってきたんだ」彼は興奮しながら駆け寄り、そのまま彼女を抱きしめた。確かに、彼女の体の香りも幸絵と全く同じだった。 女はうめき声を漏らし、恥ずかしそうにうつむき、手を彼の手の上に重ね、「まず食事にしよう、あなたの好きな豚のスペアリブの醤油煮を作ったよ」と柔らかく甘い声で囁く。 今回幸絵を演じきるために、千尋は裏で多くの準備をしていた。 彼女の刺青、彼女の普段は恥ずかしがり屋な性格、彼女の最も得意な料理。 それに貞弘が今夜酒を飲んでいることもあり、彼女は本物と見間違える程度までできる自信が湧き上がった。 彼女は一度身体を使って彼を落とせたのだ。二度目だって問題ないはず。 案の定、貞弘は彼女の額にキスを落とし、次第に下へと移り、二人はすぐに離れがたいほど熱烈にキスをした。 「絵ちゃん、本当に会いたかった」 「貞弘、やめないで」千尋は頭を貞弘の胸に埋め、彼だけに聞こえる声でぼそりと言った。 貞弘は彼女を横抱きにすると、千尋は久しぶりの肌の触れ合いにほとんど震えた。 彼女はお腹を大事に押さえた。愛しい我が子よ、ママはあなたを産むだけでなく、パパに私たちを愛させてみせる。 しかし最後のステップに入ろうとした時、貞弘は突然動きを止めた。彼は冷たく彼女の胸のブルーダイヤモンドのネックレスをじっと見つ
小舟はここより流れ去り 第23話
川口家の食卓で、達郎は上座に座り、顔は依然として無愛想だったが、血色の良い顔色から彼の機嫌が良いことが窺えた。 「子供を孕んでる以上、日を決めて結婚しなさい。この間メディアに騒がれた件は、俺が片付けておく」 貞弘はただ麻痺したように食卓の料理を見つめ、一言も発しなかった。 由佳里が幸絵の遺骨を掘り出して彼を脅すことは、彼がどうしても思いもよらなかった。 骨壺を見たその瞬間、彼はあの女を八つ裂きにしたいと思った。 しかし彼は耐えた。幸絵は騒音が最も嫌いだった。どうして幸絵をあのような汚い場所に留めさせられよう。 「貞弘もあっという間に結婚の年頃になったね。私たち一族はもう長い間一緒に食事をしていないわ」由佳里は目をきょろきょろさせ、へつらって笑った。 「でもお兄ちゃんはあまりに狂暴で、今日は危うく千尋さんを殺しそうだったよ！」川口一博（かわぐち かずひろ）が続けて言った。 「どういうことだ？」達郎はコップを置き、厳しい声で問いただした。 「とんでもない、子供がでたらめを言っただけ」由佳里は慌てて一博の口を塞ぐふりをし、それから警戒しながら達郎を一瞥した。 「でたらめじゃない！今千尋さんは片目が見えないんだ！」達郎の冷たい視線で貞弘を一瞥し、「彼の言うことは本当か？」と聞いた。 「ああ」と貞弘が答えた。 「まあいい、ただの女だ。娶ってやれば、彼女への償いになる」膠着状態がしばらく続いた後、達郎はため息をついた。 「二、三日したら、家の会社に戻って働きなさい。いつかは家業の管理を身につけないと」 由佳里は内心で警戒感を強めた。 彼女は幸絵の遺骨を掘り出すまでして、貞弘を大人しく結婚させようとしたのは、まさに貞弘を商業における背景のない千尋と結婚させることで、将来の財産相続において競争力を失うことを望んでいたのだ。 しかし今、達郎は彼を川口家に復帰させようとしている。 由佳里は自分を落ち着かせた。今は幸絵の遺骨が自分の手の中にある。 これがあれば、彼女が貞弘に何をさせようとも、彼は従わざるを得ない。 千尋は川口家の別荘に連れ戻された。彼女の片方の眼球は完全に摘出され、今は義眼を装着している。 「貞弘、整形の事は私が悪かった。もしあなたがこの顔を見たがらないなら、また元に戻すことができる」千尋は哀
