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7.辻沢の地図

last update Terakhir Diperbarui: 2025-08-19 21:00:47

 Dは背負っていた強大なバックパックをテーブルに載せて、中から資料を取り出した後、再び背負おうとした。

「重くないですか?」

 中身がぎっしり詰まっているように見えたのだ。

ここは出入りが激しいためか物置用の籠がなかった。

この混みようじゃ隣の席が空いてても置けない。それを気にしたのだろう。

「テーブルの下にフックがあるよ」

 Dは手で探って、

「ホントだ。お詳しいですね。そっか、スタバでずっと執筆してたんでしたね」

 今年に入ってからずっとスタバに居座って執筆をしていた。

原因はわからないけれど家で小説が書けなくなったからだった。

 Dはそう言いながらバックパックはフックに掛けず、また背負いなおした。

「やっぱりこのままで」

 お好きにどうぞ。

 資料をそろえだしたDの手元を見ながら、

「Dさんって呼び方でいいんですか?」

 最初にDさんと呼んだ時、周りの人がこっちを見たくらい、かなり癖のあるペンネームだからだった。

「そうですね。じゃあ、お互いに呼び方を変えましょう」

「え? 私も?」

「はい。たけりゅぬって言いずらいです」

 たけりゅぬは去年変えたPNだが、人から呼ばれたのは今回が初めてだった。

「たけりゅぬ。たけりゅぬ。ホントだ。確かに言いずらい」

 ずっと文字情報としてしかやりとりしてこなかったので、まさか言いずらいなんて思いもしなかった。

「でしょ。何にします?」

 急に言われても、思い浮かばない。

「タケルさんでどうです? 前のペンネームの」

 私の前のPNは真毒丸(しんどくまる)タケルと言った。

しんどくなるくらい仕事が来ますようにと名付けたが、しんどくなるばかりで一向に仕事が来なかったので変えたのだった。

怖いPN、呪われてそうと言われたこともあった。

それでもっとお気楽な感じにしようと、いろいろ面倒な真毒丸を切り捨ててタケルを「たけりゅぬ」にしたのが今のP

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  • 少女がやらないゲーム実況   29.犬歯

     私とDは大通りにしては交通量が少ない、埃っぽい道を二人してコロコロを引きながら歩くことになった。やがて前方にガードレール型のバリケードが現れて行く手を阻んだ。 倒れかけた工事看板には、「辻沢バイパスの工事をしています。ご協力お願いします。 工事期間:平成〇〇年3月31日まで 発注者 国土交通省 ○○〇地方整備局 電話番号(略) 受注者 ヤオマン建設 株式会社 電話番号(略)」 と書かれてあった。 バリケードの向こうはセイタカアワダチソウが繁茂する空き地が続いていて、工事期間はとうに終わっているし、看板の表面に苔が付着しているところから見て工事自体中止になったようだった。 Dがバックパックを下ろして、中からレインウェアを取り出し着始めた。雨でも降り出すのかと空を仰いだけれど、空は晴れていて降りそうではなかった。さらにマスクをしたのを見て理解した。セイタカアワダチソウ対策だ。これだけ花が咲いていたら中に入ったら全身黄色くなりそうだから。 私もDの真似をしてコロコロの中から長袖を出して着こみ、メッセンジャーバッグからマスクを出して装着した。「行きましょう」 Dがバリケードを乗り越えて向こう側に立った。私も続いてガードレールに手を掛けようとしたらスマフォが鳴った。見るとヨーコからのLINE通知だったのでアプリを開くと、(脳みそ大丈夫そ?)(大丈夫 まだしばらく帰れない) すぐに既読が付いて、(脳みそ大丈夫そ?) と同じ内容が返って来た。(お金が必要なら食器棚の通帳使って) (脳みそ大丈夫そ?) どうやらヨーコはそれ以外の言葉を返す気がないらしいので、(さよなら) と送信してスマフォを仕舞った。 Dがバリケードの向こうから私を見ていた。早くこっちに来いと言っているように見えたので、「お待たせしたね。今そっちにいく」

  • 少女がやらないゲーム実況   28.辻沢バイパス

     N市駅の北口にDと佇んでロータリーに入ってくる車両を眺めていた。そのほとんどが会社員風の人や学生を送りに来た車だった。「なんかワクワクしますね」「なんで?」「藤野家の人が来るかもだから」 藤野家の人とはN市に家があるフジミユとその養女の夏波と冬凪のことだ。この既視感だらけのロケーションだとそれもありえそうだが、私の中ではまだそこまでは思わなかった。とは言え、「辻沢シリーズ」の読者ならではのDの夢を壊すことはない。「そうだね」 と答えておいた。 時間は9時を回り送りの車も段々少なくなって、ロータリーに入ってくる車も途絶え始めていた。「どうします?」「さしあたって朝ご飯は?」 さすがに地下鉄でおにぎりは食べられなかったので空腹のままだった。でも北口は寂れていて食べられる店などどこにもない。「南口のヤオマン・カフェでどうです?」 コンテナハウスで営業するコーヒーショップ、ヤオマン・カフェ。「それは辻沢駅だよ」 私もよくやる勘違いだった。「あ、そうだった。よく分からなくなるんですよね。キャラはいま辻沢にいるのかN市にいるのか」 それって私の描写がわかりにくいってこと?「でも南口のほうが開けてるから何かありますよ」 とDはさっさとコロコロを引いて駅のエスカレーターに向かった。私もそれを追いかけて改札の前を通って南口に出た。N市駅の正面だけあって、人も多くバスの停留場やタクシー溜まり、食べるところもいくつかあった。「あれ!」 Dが指さした右手に目を向けると雑居ビルの一階にヤオマン・カフェが入っていた。「やっぱり、行ってみたい」 Dが言うので朝食はヤオマン・カフェですることにした。 店内に入るとコーヒーの香りがして地元のスタバを思い出した。客はまばらで席を取ることもなさそうなので、そのままレジで注文した。

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     チェックアウトを済ませて駅に向かう。今回も素泊まりだったので何も食べていなかった。コンビニの前でDに、「朝ごはん買わない?」「あたしはいいです」立ち止まる気配もない。私もDに合わせることにしてコンビニをやり過ごす。夜食のつもりで買ったおにぎりが残っているから、あとで食べることにしよう。 駅チカの食料品街の手前に地下鉄の表示があった。そこからかなり深くまでエスカレーターで降りてようやく改札に行き着いた。エスカレーターに乗っている時から気になっていたが、そろそろ通勤時間だと言うのに人がまばらだった。地下鉄のホームは天井が低く壁面が煤けたレンガのせいで暗かった。ボルトだらけの鉄骨が剥き出しになっていて、いつか見た銀座線の古い写真のようだ。それで宮木野線のチョコレート色の汽車が入線してくるのではと思ったけれど、来たのはアルミの車体にオレンジ色のラインが入った普通の車両だった。 乗車して最初に感じたのは、車内狭い、天井低いだった。「狭くない?」「タケルさんが大きいからですよ」 これまで私は地下鉄で圧迫感を味わったことはなかったのだが。 車両の一番端のボックスシートにDと並んで座る。二人のコロコロを網棚に載せようと思ったら、そんな幅はなくて仕方なく足の間に挟むことにした。これでは前の席に誰も座れないと思ったけれど、発車するまで混むほど人は乗ってこなかった。ピンポロピイン、ピンポロピイン。発車のベルが鳴る。ガシュー、ガコン、ガガガ。ドアの音がうるさい。〈ねぬすえく。は、っさすあぬ〉プファン。アナウンス分っかんねーとギャルのレイカなら言うだろう。普通は何を言ったか分からないと思う。ところが私は完全に理解した。「N市行き。発車します」と言ったのだ。私は横のDを見た。Dも私を見ていた。

  • 少女がやらないゲーム実況   26.レイカ

     今夜泊まるヤオマン・インに行く前にコンビニに寄った。洋食屋でエビフライをかじった時に犬歯が抜けた跡を思いっきり刺激してしまい、それからずっと疼痛が続いている。そのせいでせっかくスイーツ棚の前にいるのに楽しい気分になれない。いつもならスイーツを大量に籠に放り込んでこんなに誰が食べんの? ってなるのに、夜食用のおにぎり2つとすっきり濃いすぎ緑茶だけで会計を済ませて終わった。ついでにATMで現金を下ろす。ホテルの支払いのためだ。 ヤオマン・インのフロントで、「先ほど鞠野で予約した者です」 と言うとフロントマンが私とDのことを見比べた後、端末を操作し出した。「ダブルのお部屋でお取りしています。お支払いは?」「現金で」 Dが財布から出した渋沢2枚に同額を乗せて払った。2日でホテル代3万、新幹線代を合わせると4万、底辺作家には痛い出費だ。来月バイトしないと電気代が払えなくなりそう。 カードキーをもらって部屋へ向かう。部屋は12階だった。見覚えのある赤絨毯の廊下を歩いて、突き当たりの一つ前の部屋だった。中に入ると想像以上に広かった。真ん中に白いシーツのダブルベッドが鎮座していた。大量の枕が置いてある。カップルだったら一瞬でテンションが上がるだろうけれど、私たちはそうでないので微妙な空気が流れただけだった。荷物を置いて窓からの景色を見ると駅前の賑わいが下にあった。ホテルがあるのは洋食屋とは反対側なので見えるのはビルばかり、さっきの山脈は見えなかった。「順番でシャワーにしましょう」 Dがレストルームの中を覗いて言った。「ミヤミユからどうぞ」 私はもう少し落ち着いてからがよかった。 Dがシャワーをしている間、スマフォを見た。Xのアプリを開いて、昨晩無断で更新を休んだことに対するフォロワーの反応を探したが一つもなかった。無名作家が勝手に決めた更新日程など、誰も気にとめてはいないのだ。今更と思いつつ、事情によりしばらく更新を休みにする旨をポストした。それにはすぐにいいねがついたけど、それは内容を見たわけではなくいわゆる脊椎反射なのだ。LINEアプリの通知カウントが増えていたけれどヨーコからのものはなさそうなので開いて見ることはしなかった。シャワーをしたのは12時を過ぎてからだった。バスタブに座って滝行のようにシャワーに打たれてい

  • 少女がやらないゲーム実況   25.ドクターチョコレート

     新幹線の車内アナウンスが流れる中、Dと私は東京へ戻るか、このまま進むか話していた。「進みましょう」 Dは戻っても宮木野線の車両、ドクターチョコレートに乗れないかもしれないと言った。「戻って試してみよう」 私は見過ごすということが嫌いだ。ボタンがあったらためらわず押す。向こう見ずというより押した瞬間のワクワク感が好きなのだ。新幹線はすぐに品川駅に着いた。今引き返せば間に合うかもしれない。荷物棚からコロコロを下ろして席を立ち、「降りよう」 Dが動いてくれるかと通路に出る素振りを見せたが立ち止まったところで入ってきた乗客に押し戻されてしまった。Dは降りるつもりが全然ないらしく、品川駅に初めて来た人のように窓の外に見入ってしまっている。私が行き場なく突っ立ていると、「タケルさん、あれ」 Dが窓の外を指さす。私は立ったままDの前に体を屈めて外を見る。 あった。茶色の汽車、ドクターチョコレート。東京品川間で追い抜かれた? いったいいつ?「ここであいつを掴まえよう」 と言ったが、今度は見ているうちにドクターチョコレートが発車してしまった。私はようやくコロコロを元の棚に載せて席に着いた。 ドクターチョコレートは車内灯で中が見えた。車内に人はいなかった。無人の汽車が規格が違う新幹線線路を走り去る姿は、やはり異様だった。ただその異様さがかえって私たちが辻沢への道の上にいることを感じさせもした。「どっちかな」 シンクロか、セレンゲティーか。「セレンディピティーですね。幸福な偶然の発見」 おそらくこのまま目的の駅まで乗ってていいとDは言った。私もそれに同意した。 それからは時々Dが窓の外を指さす動作に合わせて車外を想像するだけで満足した。私はアーモンドチョコをかじりながらスマフォにDLしたジーン・ウルフの『拷問者の影』を読んだ。拷問者ギルドに所属する見習い拷問者のセヴェリアン青年が罪により追放され旅に出る話だ。私のお気に入りはセヴェリアンが師匠から譲り受けた斬首刀テルミヌスエスト(これが世界の分割線)。生と死の分断を表すネーミングも好きだが、セヴェリアンがテルミヌスエストを振るって、人の絆やしがらみを断ち切って新たな地平を切り開いて行くのがいい。「チョコレート、一つもらっていいですか?」 Dに言われてケースごと差し出すと、「ラス

  • 少女がやらないゲーム実況   24.N市の中の辻沢

     私とDは蘇芳ナナミからの電話を受けてからも、4時間以上9番出口を眺めるこの席に居座り続けていた。ずいぶん前から会話もなくなり、ついでに飲み物もなくなっていた。「何か注文してくるよ。ミヤミユは何がいい?」「私はいいです」 少し気まずかったのは今日、4度目のレジで4度目のバリスタさんだったから。それでと言うわけではないが、今度は新作を頼むつもりでいた。さっきレアで名高いアンケートレシートをもらって、これに答えるとトールのドリンクなんでも無料になりますと言われたのだ。アンケートは回答ずみだ。「ふわふわクリーム幸水フローズンください」 メニュー一番上のキラキラなドリンクを注文した。女子がこぞってインスタに上げる映えドリンク。注文するだけでこそばゆい。会計をするとバリスタさんが、「わ、ありえない。またです。アンケートレシートでアンケートレシート出たのなんて初めてです」 何事? と側に来た年配のバリスタさんが説明されて、「そんなことある?」 と驚きを隠さず私が手にしたレシートを見た。 受け取りカウンターで新作ドリンクを受け取り席に戻った。レシートを財布にしまいながらDに、「アンケート、またあたったよ」 Dは何杯目かの抹茶系ドリンクをすすって、「あたしもさっき。あのレジ、バグってるかも」 ふわふわクリーム幸水フローズンを飲むと口の中に甘い味が広がった。後味もくどくなくすっきりとしていた。同時に歯茎の痛みを思い出した。「タケルさんは、せっかく新作買ったのにインスタに上げないんですね」 と言われた。「インスタは自作宣伝用だから」「スタバの新作上げればインプレついて宣伝も見てもらえるのに」 その発想は全然なかった。おっさんが新作上げても失笑されるだけだと思ってた。「自信持ちましょ」 励まされた。 蘇芳ナナミの電話から次の手

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