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#46 龍を背負う者

last update Tanggal publikasi: 2026-10-03 20:00:28

 ヨジドンドの階段を駆け上がる、春香一行。隙間風が吹き込んできて、肌を刺すように冷たい、石の螺旋階段だ。

「お兄様、傷は痛みませんか?」

 カガリが、血の滲んだ黒い羽織の左肩を見て問う。

「問題ない。気にしなくていい」

 階段の果てが見えてきた。重々しい、棺の蓋めいた、生気のない石の扉だった。

「お兄様、気を付けてくださいませ」

 扉に手を掛けた彼に、カガリが声を掛けた。

「何か、影の軍勢のようなものを、敵は嗾けますわ。数で潰される可能性も、否定できない」

「その通りです、春香様。万が一、敵が物量に任せて磨り潰すつもりなら……私たちを捨てて、先に進んでください」

 振り返った彼は、決意に満ちた二組の瞳を認めた。そこに滾る、生への渇望も。

「自ら死ぬようなことは、するな。雷業家嫡男としての命令だ」

 押し開く。ズズズッ、という引きずる音がして、待っていたのは墓場だ。

 無数に並び立つ墓石。弔慕丘も斯くや、と春香は思い出す。墓石のどれも、名前は刻まれていない。ただ、背の低い横長の墓石に、『CAMANI-DO』とあるだけ。

「眠っている、か……」

 春香はその意味を解する。納骨棺となる、
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  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #47 龍に至る道

    「さあ、第二ラウンドだ」 転剣龍の翼を広げたロイは、その皮膜に雷を走らせて言った。「僕の最大加速で、お相手するよ」 大きく動く翼。バサリ、風を鳴らす。来る──春香はそう思って刀を構えたが、遅い。爆発的な加速を発揮した相手の肉体が、刀ごと彼の体を弾き飛ばす。突風に吹かれた紙屑のように転がった彼は、何度も跳ね返り、墓石を崩していく。空中で姿勢を立て直し着地した刹那、次の突撃が襲い掛かった。 気を纏う。雷を得た体は、バルディッシュの一撃を、刀で受け止め得た。数十歩分の後退は、あったが。「墓を壊さないでほしいな、僕の大切なものなんだ」 「なら通してもらえないか?」 「それもできない。哀しいことだね」 重斧を押し返し、彼は相手の手首へと刀を滑らせる。金属製の柄を擦る刀。だが、斬りつけることはできなかった。 ロイは白刃が迫る前に斬り結びを止め、足払いをかける。跳躍した春香の体が大上段からの真っ向切りを繰り出せど、ロイは当然のように受け止めた。 そういう斬り合いが何度も続いた。まるで重量などないように巨大な得物を振るうロイを前に、春香は少しずつ後退る。状況を切り替えようと鳴崩の力で引き下がるも、彼に対し、ロイは同じ速度で跳ぶ。翼が羽搏き、刃が放たれる。 僅かな光の偏向でしか認められない、限りなく透明に近い刃。彼は獣の勘に任せて刀を振り回して直撃こそ避けるが、打ち消しきれなかったものが薄皮を引き裂いていく。細かい無数の創傷から、たらりと血が落ちる。 凪彩の矢が、そんな彼に夢中になっているロイへと飛んだ。反応不可能にも思える、強弓から放たれた矢だ。それでも、この三巨頭の一角は、振り向きざまの斬撃で矢を叩き落とす。 そうやってできた僅かな隙へと、カガリの黄金の斧槍がねじ込まれる。燃え盛る赤い炎。唸った一撃は、長柄の前に止められた。 が、それは相手も止まったということ。春香は今こそが攻めの好機と見て、踏み込む。ズドン、と落雷じみて足がなる。そこから全身の発条を利かせて放たれる斬撃は、雷響落。落雷めいた衝撃音が、刀と斧の間で産まれた。「随分重い技じゃないか!」 指を震わせながら跳び退いたロイが言う。興奮が声音に滲んでいる。「雷業の天津震電流、速さだけじゃないんだね。楽しくなってきた」 「甘く見ていたか?」 「まさか。最大限の敬意

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #46 龍を背負う者

     ヨジドンドの階段を駆け上がる、春香一行。隙間風が吹き込んできて、肌を刺すように冷たい、石の螺旋階段だ。「お兄様、傷は痛みませんか?」 カガリが、血の滲んだ黒い羽織の左肩を見て問う。「問題ない。気にしなくていい」 階段の果てが見えてきた。重々しい、棺の蓋めいた、生気のない石の扉だった。「お兄様、気を付けてくださいませ」 扉に手を掛けた彼に、カガリが声を掛けた。「何か、影の軍勢のようなものを、敵は嗾けますわ。数で潰される可能性も、否定できない」 「その通りです、春香様。万が一、敵が物量に任せて磨り潰すつもりなら……私たちを捨てて、先に進んでください」 振り返った彼は、決意に満ちた二組の瞳を認めた。そこに滾る、生への渇望も。「自ら死ぬようなことは、するな。雷業家嫡男としての命令だ」 押し開く。ズズズッ、という引きずる音がして、待っていたのは墓場だ。 無数に並び立つ墓石。弔慕丘も斯くや、と春香は思い出す。墓石のどれも、名前は刻まれていない。ただ、背の低い横長の墓石に、『CAMANI-DO』とあるだけ。「眠っている、か……」 春香はその意味を解する。納骨棺となる、直方体のパーツ。せめて踏まぬよう、と彼らは慎重に歩き出した。 薄暗い、冷たい靄の流れる場所。視線の先には地平線まである。またも広大な土地。春香は無駄な疲労を強いられることに、溜息を吐くばかりだ。 されど、十五分も歩けば主が見えてくる。墓場の中央、小高い丘に、肉厚な戦斧を持つ、翼を持つ上裸の青年が佇んでいた。一本だけ生える、大木の根元に腰掛けて。「ああ、来たんだね」 青年の翼を、春香はどこかで見たような気がした。もう一組の腕のような形をした、翼。「春香様、あの翼、転剣龍です」 「灰鋸龍ではなく、か?」 「その二種はよく似ていますが……転剣龍の方が格が高い」 龍の頂点に立つ四種がいる。転剣龍とはその一つ。春香は、昔の教諭を思い出す。「つまり、君たちはクォラを殺したというわけだ。違うかい?」 青年は、翳った紅の瞳で、ゆっくりと丘を下る。バルディッシュと呼ばれる、六十センチ近い斧頭がついた、戦斧の一種。刺突もできるな、と尖った切っ先を持つ様で春香は推測する。「哀しいよ。僕は、また大切なものを失った」 「すまんが、先に進みたい。もう喪いたくないなら黙っ

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  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #44 まこと尊き勇士たち

     紅雷龍の鱗を持つ者。春香は、クォラの力の源を理解した。「お前が俺の速度について来られたのは、それのお陰か」「ええ、ご明察。久しぶりではないですか? 己と同じ速度の相手を戦うのは……」 パキキ、と氷が割れて、崩れていく。静かに水蒸気となり、霧を作り、肌を冷やす。「ここからは、速さ比べです」 そうクォラが笑った、まさにその一瞬。春香は、目の前に鈍色の瞳を見た。振り上げられた大剣が、落ちる。何十貫あろうか、という衝撃。刀で受け止めた彼の足は、大理石の床に亀裂を入れていた。「さあ圧し潰されなさい!」 クォラの体は、浮いていた。だが、彼を押し付ける力は強まる。何か、絡繰りがある。 それを解明するのは後回しだ、と彼は刀を傾け、大剣を受け流す。着地と同時に起きた土煙、轟音。されど、クォラの一歩一歩が床を砕くということもない。剣に仕掛けがあるか、紅雷龍の力か。 どう戦う、という問いに対して、彼はこう返す。(後の先だ。先に動かして、隙を衝く) 鳴崩とはこれでも十余年付き合ってきた。速さだけなら、誰にも負けぬ自信がある。 クォラが、姿勢を低くする。合わせて、発せられる気も強くなる。バチリ、稲光が周囲に走った。来る。 まるでスクリュー。回転しながら迫るクォラの、青白い大剣。一見すれば斬り込む隙などないのかもしれない。だが、春香は違った。脇構え、呼吸を整える。 大剣が体の上側に回った、一秒にも満たない時間で、彼は踏み込む。まさに雷鳴だ。刃を振るうのも、一瞬。通り過ぎるのも、一瞬。クォラは内臓を撒き散らしながら転がり、壁へとぶつかった。「ハハ……」 されど、それで死ぬ敵でもなかった。笑いながら、大剣を支えにして起き上がる。今しがた斬った腹は、もう塞がっている。氷で覆われ、肉となる。「素晴らしい剣速! 私もあなたほどの実力者と会ったことはない!」「随分と楽しんでいるようだが、死ぬ間際までそうしているつもりか?」「ええ、無論。龍仕人として三十人は騎士や狩人を斬ってきましたが、こうも楽しめる戦は久方ぶりです」 クォラの口から出る呼気は、白く凍り付いている。「さあ、私の首を刎ねてみなさい。そうすれば、この戦も終わるのだから」 またも、突撃が仕掛けられる。単調だ。誘われている。そうわかっても、仕掛ける以外の選択肢を持てないのも、また春香であった。 勿論

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #43 クォラの氷

    「北方十二将が一、クォラです」 青白い大剣を背負う燕尾服の青年が、春香に向けてそうお辞儀をした。「お見知りおきを、雷業の倅」「今ここで死ぬ者を覚えておく必要はないと思うが?」 弁舌も戦いの内。春香は、クォラという鈍色の瞳の持ち主に向けて、挑発を放った。「今からでも我らと行動を共に致しませんか? 雷業の力があれば、このレヴェダギを龍仕人の国にできる。それからは……」 クォラが、大剣を抜く。「ヴオ大公国も、風見国も、あらゆる国を攻め落とす。この世界に覇を唱えるのです」「生憎だが、俺は支配に興味がない」 春香が、腰を落とす。「ただ、クィオウを助けに来ただけだ」 鯉口が切られる。どちらが先に動くか。迂闊に踏み込めば斬り捨てられる。二人は、川のせせらぎさえ増幅される、沈黙の中にあった。 パキキ、とクォラの周囲に氷の礫が産まれる。「さあ、踊りなさい、雷業!」 礫が、張りつめられた弓から放たれるようにして春香へと飛ぶ。が、そんなものは静止も同然。彼は鳴崩の力を一挙に解放し、礫が道を塞ぐ前に、クォラへと斬りかかった。抜き打ち。盾のように肉厚な大剣が、辛うじてそれを止める。 が、神速の一撃だ。クォラの体は大きく押し下げられ、自然と間合いが開く。故に、春香は狙うのだ。「天津震電流」 両足に、雷が宿る。次いで起きるのは、耳を圧し潰すような振動だった。「紫電駆」 蹴りが、クォラの防御を崩す。その反動で宙に舞った春香は、刀を逆手に持ち、相手の脳天目指して振り下ろした。 されど、相手も手練れだ。血を吸い続けた白刃は、氷の壁を前に食い止められる。ピシリ、罅が入るもそれだけ。 今度は、クォラの手番だ。氷で形作られた一匹の龍が、顎から凍て付く呼気を吐き出しつつ、春香へと襲い掛かる。一つを躱せば、もう一つ。使い捨てられる氷の塊は、春香に一歩たりとも足を休ませない状況を強制する。 だからこそ、彼は左手の中に気を溜め込んだ。雷が空気を震わせ、龍の頭部となる。「空穿!」 翳された左手から駆け出る、龍絶。氷の頭部を打ち破り、巨大な霧へと変える。両者、視界を失った。 風もなく、立ち込める霧。誰かが破らねば何も変わらない。その誰かとは、両者であった。 勘に任せて突撃した二人は、幾度となく得物をぶつけ合わせる。龍の骨で作られた武具同士、削れること

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #42 ヘヴノヴールへ

     ヘヴノヴールを目指す隊列は、先行する偵察部隊からの連絡を受けた。「春香様、どうやら敵はヘヴノヴール城壁の前方に展開し、こちらを待ち受けているようです」 針葉樹林の最中、風を避ける洞穴に入って春香は凪彩から報告を受ける。二人の間には簡易的なテーブルがあり、地図が広げられていた。外には、無線機を持った通信兵の姿。「どうされますか。正面から打ち破ることも不可能ではないかもしれませんが」「戦争のことは、俺にはわからない」 騎兵隊一個連隊と、騎士と呼ばれる狩人補佐が五十名。総計九百騎弱が春香の手勢だ。「俺一人が暴れてどうにかなることでもないのだろう? 俺たちの目的は、後続の部隊による本格的な攻撃を行うための、下準備にある」「その通りです。故に、敵の防衛戦力を龍絶も伴う攻撃で突破し、攪乱。統制を喪失せしめることこそが最適解だと、私は愚考します」「だが、死人も多く出るぞ」「舐めてもらっては困りますな」 板金鎧を纏った偉丈夫が、洞穴に入りながら言った。「我々は、かつてはニーウ家の守護を努めていた者。そこらの雑兵に殺される存在では、ありませぬ」 腰にある直剣。踵にある拍車。リズの語る騎士と、その見た目は彼の中で一致していた。「銃弾は防げるのだな」「無論です」 東影も、洞穴にやってきた。「雷業さん、そろそろ移動するべきかもしれません」「どうした」「吹雪の兆候があるんです。それも、強く、長いものの」 春香は地図とテーブルを畳み、外に立っていた通信兵に渡した。「急ごう」 戦争をしたことはない。人を率いて戦場に出向くこともなかった。だが、強き者が強くある方法は理解していた。刀を突き上げ、息を吸って、吐く。「進軍だ! 今日の内にヘヴノヴールへと食い込むぞ!」地響きのような鬨の声が起こる。これでいいのか、と彼はこの二年の日々を振り返った。 リズが読むのは、別に歴史書だけというわけではない。時には辞書を読み、詩編を読み、戯曲を読んだ。その知識と感性は、春香にも分け与えられる。「この騎士は、五百の騎士を率いて街に攻め込んだんです」 ドドッ、ドドッと蹄が雪を巻き上げる中、彼は何より大切な存在の声を思い出す。「その時、こう言ったんですよ。『その者、剣を掲げ斯く語りき。我、汝らの道を切り開く者なり』って。カッコいいですよね」 静かな音と共に、春

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