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#42 ヘヴノヴールへ

last update Date de publication: 2026-09-29 20:03:17

 ヘヴノヴールを目指す隊列は、先行する偵察部隊からの連絡を受けた。

「春香様、どうやら敵はヘヴノヴール城壁の前方に展開し、こちらを待ち受けているようです」

 針葉樹林の最中、風を避ける洞穴に入って春香は凪彩から報告を受ける。二人の間には簡易的なテーブルがあり、地図が広げられていた。

外には、無線機を持った通信兵の姿。

「どうされますか。正面から打ち破ることも不可能ではないかもしれませんが」

「戦争のことは、俺にはわからない」

 騎兵隊一個連隊と、騎士と呼ばれる狩人補佐が五十名。総計九百騎弱が春香の手勢だ。

「俺一人が暴れてどうにかなることでもないのだろう? 俺たちの目的は、後続の部隊による本格的な攻撃を行うための、下準備にある」

「その通りです。故に、敵の防衛戦力を龍絶も伴う攻撃で突破し、攪乱。統制を喪失せしめることこそが最適解だと、私は愚考します」

「だが、死人も多く出るぞ」

「舐めてもらっては困りますな」

 板金鎧を纏った偉丈夫が、洞穴に入りながら言った。

「我々は、かつてはニーウ家の守護を努めていた者。そこらの雑兵に殺される存在では、ありませぬ」

 腰にある直剣。踵にある拍車。
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  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #47 龍に至る道

    「さあ、第二ラウンドだ」 転剣龍の翼を広げたロイは、その皮膜に雷を走らせて言った。「僕の最大加速で、お相手するよ」 大きく動く翼。バサリ、風を鳴らす。来る──春香はそう思って刀を構えたが、遅い。爆発的な加速を発揮した相手の肉体が、刀ごと彼の体を弾き飛ばす。突風に吹かれた紙屑のように転がった彼は、何度も跳ね返り、墓石を崩していく。空中で姿勢を立て直し着地した刹那、次の突撃が襲い掛かった。 気を纏う。雷を得た体は、バルディッシュの一撃を、刀で受け止め得た。数十歩分の後退は、あったが。「墓を壊さないでほしいな、僕の大切なものなんだ」 「なら通してもらえないか?」 「それもできない。哀しいことだね」 重斧を押し返し、彼は相手の手首へと刀を滑らせる。金属製の柄を擦る刀。だが、斬りつけることはできなかった。 ロイは白刃が迫る前に斬り結びを止め、足払いをかける。跳躍した春香の体が大上段からの真っ向切りを繰り出せど、ロイは当然のように受け止めた。 そういう斬り合いが何度も続いた。まるで重量などないように巨大な得物を振るうロイを前に、春香は少しずつ後退る。状況を切り替えようと鳴崩の力で引き下がるも、彼に対し、ロイは同じ速度で跳ぶ。翼が羽搏き、刃が放たれる。 僅かな光の偏向でしか認められない、限りなく透明に近い刃。彼は獣の勘に任せて刀を振り回して直撃こそ避けるが、打ち消しきれなかったものが薄皮を引き裂いていく。細かい無数の創傷から、たらりと血が落ちる。 凪彩の矢が、そんな彼に夢中になっているロイへと飛んだ。反応不可能にも思える、強弓から放たれた矢だ。それでも、この三巨頭の一角は、振り向きざまの斬撃で矢を叩き落とす。 そうやってできた僅かな隙へと、カガリの黄金の斧槍がねじ込まれる。燃え盛る赤い炎。唸った一撃は、長柄の前に止められた。 が、それは相手も止まったということ。春香は今こそが攻めの好機と見て、踏み込む。ズドン、と落雷じみて足がなる。そこから全身の発条を利かせて放たれる斬撃は、雷響落。落雷めいた衝撃音が、刀と斧の間で産まれた。「随分重い技じゃないか!」 指を震わせながら跳び退いたロイが言う。興奮が声音に滲んでいる。「雷業の天津震電流、速さだけじゃないんだね。楽しくなってきた」 「甘く見ていたか?」 「まさか。最大限の敬意

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #46 龍を背負う者

     ヨジドンドの階段を駆け上がる、春香一行。隙間風が吹き込んできて、肌を刺すように冷たい、石の螺旋階段だ。「お兄様、傷は痛みませんか?」 カガリが、血の滲んだ黒い羽織の左肩を見て問う。「問題ない。気にしなくていい」 階段の果てが見えてきた。重々しい、棺の蓋めいた、生気のない石の扉だった。「お兄様、気を付けてくださいませ」 扉に手を掛けた彼に、カガリが声を掛けた。「何か、影の軍勢のようなものを、敵は嗾けますわ。数で潰される可能性も、否定できない」 「その通りです、春香様。万が一、敵が物量に任せて磨り潰すつもりなら……私たちを捨てて、先に進んでください」 振り返った彼は、決意に満ちた二組の瞳を認めた。そこに滾る、生への渇望も。「自ら死ぬようなことは、するな。雷業家嫡男としての命令だ」 押し開く。ズズズッ、という引きずる音がして、待っていたのは墓場だ。 無数に並び立つ墓石。弔慕丘も斯くや、と春香は思い出す。墓石のどれも、名前は刻まれていない。ただ、背の低い横長の墓石に、『CAMANI-DO』とあるだけ。「眠っている、か……」 春香はその意味を解する。納骨棺となる、直方体のパーツ。せめて踏まぬよう、と彼らは慎重に歩き出した。 薄暗い、冷たい靄の流れる場所。視線の先には地平線まである。またも広大な土地。春香は無駄な疲労を強いられることに、溜息を吐くばかりだ。 されど、十五分も歩けば主が見えてくる。墓場の中央、小高い丘に、肉厚な戦斧を持つ、翼を持つ上裸の青年が佇んでいた。一本だけ生える、大木の根元に腰掛けて。「ああ、来たんだね」 青年の翼を、春香はどこかで見たような気がした。もう一組の腕のような形をした、翼。「春香様、あの翼、転剣龍です」 「灰鋸龍ではなく、か?」 「その二種はよく似ていますが……転剣龍の方が格が高い」 龍の頂点に立つ四種がいる。転剣龍とはその一つ。春香は、昔の教諭を思い出す。「つまり、君たちはクォラを殺したというわけだ。違うかい?」 青年は、翳った紅の瞳で、ゆっくりと丘を下る。バルディッシュと呼ばれる、六十センチ近い斧頭がついた、戦斧の一種。刺突もできるな、と尖った切っ先を持つ様で春香は推測する。「哀しいよ。僕は、また大切なものを失った」 「すまんが、先に進みたい。もう喪いたくないなら黙っ

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     バズ、雷業家が滞在する屋敷。その一室で、春成は妻の燈火と二人の時間を過ごしていた。「ねえ、あなた」 銀髪に琥珀色の目を持つ燈火は、隣に座る春成に呼びかけた。辛気臭い顔のまま動かない、彼の硬い顔の横、燈火が口を耳元に寄せる。「急になんだ」「リズを殺すつもりでしょう?」 杖を握って、彼の手は動かない。「ここには弑奉剣もある。雷業家家宝の、不死を斬る剣。脚が悪くても、腕は鈍っていないはず」「……そうだな」 静かに、だが確かに彼は首肯する。「あれは、争いを呼ぶ。鷹眼の裏切りがいい例だ。春香がいたとしても、絶え間ない戦乱の火種となる。ならば、殺す方が賢い選択だろう」「春香では、守れないの? あの子は強いわ」「いずれ、春香はリズがいるが故に苦しむ。それは、わかっているだろう」 どちらからともなく、黙ってしまう。そこで、扉がノックされた。キイ、と軋んで、隙間から琥珀色の目が覗いた。「夏目、どうした」「お父様、リズさんとお話してもよろしいですか?」「好きにしろ。だが、深入りはするな。よく通っているようだが、あれは尋常の人間ではない」 夏目は深々と頭を下げて、暗い廊下を歩きだした。黄色い着物の彼女は、カミハテ四氏族が一、火霊家の証拠である瞳と、銀色の髪を誇る、中々に整った容姿を持つ少女だった。 だが、お前は狩人になれない、と春成に言われたことがある。女だから、と質した。狩人の素質を持っていない、と父は語る。その意味を理解できないまま、今日にいたる。 三階の奥まった部屋。戸を叩く。「夏目です」「どうぞ」 赤い着物のリズが、扉に背を向ける形で本を読んでいた。それが椅子より離れ、困ったような微笑みを浮かべてベッドに腰掛ける。その隣に、夏目が着く。「今日も、本を読んでもらってもいいですか?」 夏目は、そう問いながらも扉横の本棚から一冊、取り出していた。本で埋まったこの部屋。前の持ち主が書斎にしていたのを、丸っとリズが預かった形だ。 そうやってリズに渡された本の表紙には『VIA-QINQ DA TSUOT』とある。「ヴィア、クインク、ダ……」 夏目がたどたどしい声でタイトルを読み上げ始めた。「ヴィアクィンク物語、という意味ですよ」 パラリ、リズの膝の上でハードカバーの本が開かれた。それから数時間、柔ら

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  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #42 ヘヴノヴールへ

     ヘヴノヴールを目指す隊列は、先行する偵察部隊からの連絡を受けた。「春香様、どうやら敵はヘヴノヴール城壁の前方に展開し、こちらを待ち受けているようです」 針葉樹林の最中、風を避ける洞穴に入って春香は凪彩から報告を受ける。二人の間には簡易的なテーブルがあり、地図が広げられていた。外には、無線機を持った通信兵の姿。「どうされますか。正面から打ち破ることも不可能ではないかもしれませんが」「戦争のことは、俺にはわからない」 騎兵隊一個連隊と、騎士と呼ばれる狩人補佐が五十名。総計九百騎弱が春香の手勢だ。「俺一人が暴れてどうにかなることでもないのだろう? 俺たちの目的は、後続の部隊による本格的な攻撃を行うための、下準備にある」「その通りです。故に、敵の防衛戦力を龍絶も伴う攻撃で突破し、攪乱。統制を喪失せしめることこそが最適解だと、私は愚考します」「だが、死人も多く出るぞ」「舐めてもらっては困りますな」 板金鎧を纏った偉丈夫が、洞穴に入りながら言った。「我々は、かつてはニーウ家の守護を努めていた者。そこらの雑兵に殺される存在では、ありませぬ」 腰にある直剣。踵にある拍車。リズの語る騎士と、その見た目は彼の中で一致していた。「銃弾は防げるのだな」「無論です」 東影も、洞穴にやってきた。「雷業さん、そろそろ移動するべきかもしれません」「どうした」「吹雪の兆候があるんです。それも、強く、長いものの」 春香は地図とテーブルを畳み、外に立っていた通信兵に渡した。「急ごう」 戦争をしたことはない。人を率いて戦場に出向くこともなかった。だが、強き者が強くある方法は理解していた。刀を突き上げ、息を吸って、吐く。「進軍だ! 今日の内にヘヴノヴールへと食い込むぞ!」地響きのような鬨の声が起こる。これでいいのか、と彼はこの二年の日々を振り返った。 リズが読むのは、別に歴史書だけというわけではない。時には辞書を読み、詩編を読み、戯曲を読んだ。その知識と感性は、春香にも分け与えられる。「この騎士は、五百の騎士を率いて街に攻め込んだんです」 ドドッ、ドドッと蹄が雪を巻き上げる中、彼は何より大切な存在の声を思い出す。「その時、こう言ったんですよ。『その者、剣を掲げ斯く語りき。我、汝らの道を切り開く者なり』って。カッコいいですよね」 静かな音と共に、春

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