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第3話

Author: 小川
SNSが炎上したのは、午前3時のこと。

シャワーを浴び終えたばかりの澪は、一本の電話を受けた。

「白川先生……先生のことがネットで炎上しています」助手の渡辺千佳(わたなべ ちか)の声は少し震えている。

「午後の事件のせい?気にしなくて平気。数日もすれば収まるから」澪は髪を拭きながら答えた。

弁護士という職業柄、世間から叩かれるのは日常茶飯事であるため、とっくに慣れていた。

「いえ、今回のは少し違います。ある芸能人がライブ配信でこの件に触れて……」千佳が言葉を濁した。

「先生、ご自分の目で確認された方が……」

澪が送られてきたリンクを開くと、そこには杏の配信の切り抜き動画があった。

【杏ちゃんは、クズ男を弁護して炎上してるあの女弁護士のこと、どう思う?】というコメントに対し、杏は口元を隠して笑った。

「あの人のこと?昔からそういう人で、人と違うことをして、男の人の前で目立とうとするのが好きなの。

みんながよく言う『男受け狙い』ってやつね」

【杏ちゃん、あの人と知り合いなの?】と問いかけられ、「もちろん」と、杏はカメラの向きを変えた。

画面に、隼人の顔が映し出される。

「この人は私の幼馴染の隼人っていうんだけど、大学時代は学内で超有名人だったの。で、例の女性弁護士、あの頃からどうにかして隼人の気を引こうと必死だったんだよね。

そうでしょ、隼人?」

画面の中で、隼人は小さく一度だけ頷いた。

それはまるで、どうでもいい些細な世間話に適当に相槌を打つかのように。

すると、配信のコメント欄は一気にコメントで溢れかえった。

【やば!このイケメン誰!?】

【柴田先生じゃん!柴田家の御曹司!うちの先輩が言ってたけど、柴田先生はもう結婚してるらしいよ!】

【ってことは、例の女弁護士って昔から男に媚びを売るタイプだったわけ?】

澪は動画を閉じた。濡れた髪が首筋に張り付き、ひどく冷たく感じられる。

媚びを売る……

あの時も、皆がSNSでそう言っていたっけ。

「玉の輿を狙う成り上がり」と馬鹿にされ、3代続く法曹界の重鎮である柴田家に入り込めば、前途洋々だと揶揄された。

あの時、隼人はどう言った?

彼は滅多に更新しないSNSに、たった一言だけ書き込んだ。【どっちが落としたとかじゃありません。互いを選んだのは、俺たちの選択ですから】

そのたった一言で、この件は学校中の誰もがSNSに書き込む事態となった。

後になって、なんであんな投稿をしたのかと尋ねると、隼人は「他人が君をあんな風に言うのが気に入らなかったから」とだけ答えた。

あの時、隼人の胸に抱かれながら、澪は生きていてよかったと思えたのに。

スマホにはニュース速報の通知が絶え間なく届く。

【#女弁護士、玉の輿狙い】というハッシュタグのコメントは、すでに2万件を超えていた。

【で、結局あの女はあの男と結婚したわけ?男の方も何が目的だったんだろう?犬みたいに媚びる女がよかったってこと?】

【ディベートの動画を見た時、めっちゃ仲が良いじゃんって思っていたけど、全部あの女の一方的な貢ぎだったとか、まじきつい……】

【女弁護士って、のし上がるためなら何だってやる連中だよね】

澪は画面をスクロールし続け、延々と読み進める。

突然、指を止めた。

何万という罵詈雑言の中に埋もれた、たった一つのコメント。

【でも例の事件……法廷の生中継を見たけど、被告の男性は冤罪だったんだよ。女弁護士が逆転無罪を勝ち取ったんだから、それっていいことじゃないの?】

その下には、こんなリプライがついていた。【クズ男の肩を持つこと自体が間違っている】

澪はその文字列を、ただじっと見つめ続けた。

誰も真実になど興味はない。彼らは、自分が信じたいものだけを信じるのだから。

実のところ、澪は世間のバッシングなど気にも留めていなかった。

弁護士になったその日から、この職業が批判される運命にあることは百も承知だった。

ただ、隼人までもが、その石を投げる群衆の中に立つとは思わなかっただけで……

翌日、大量の書類を抱えた千佳が、オフィスのドアをノックした。

「白川先生、今月の結審書類、柴田先生からすべてサインをいただきました。

ですが、こちらの書類……間違っていませんか?どうして離婚協議書なんかが混ざっているんですか?

柴田先生もよく確認せずにサインしてしまったようですので、一度、柴田先生とお話しになりますか?」

そう言いながら、千佳が離婚協議書を澪に差し出す。

「間違いじゃないわ。私が意図して入れたの」

忙しい隼人は時間を惜しみ、自分に1秒たりとも時間を割こうとはしない。それならば、仕事の時間を使って離婚協議書にサインしてもらうしかなかった。

千佳の表情は驚きから複雑なものへと変わり、少し躊躇した後に再び口を開く。

「白川先生、もう一つご報告が……」

「どうしたの?」

「先生の昇進申請ですが……」千佳の声が次第に小さくなった。「柴田先生から却下されました」
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