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11.王子の予期せぬ行動

Author: 望月 或
last update Last Updated: 2025-03-16 14:12:04

「さぁ、温かい内にどうぞ」

 トレイに乗せ、湯気の出た具沢山のスープと焼いた丸パンを持ってきたリシュティナは、ベッドの隣にある小さなテーブルの上にそれを置いた。

 その美味しそうな匂いに、ヴィクタールは朝から何も食べていない事にようやく気付き、同時に腹の虫がグゥと鳴った。

「…………」

「ふふっ、遠慮無くどうぞ? 勿論毒は入っていないので大丈夫ですよ。毒味をしましょうか?」

「いや……大丈夫だ」

 微笑むリシュティナに促され、ヴィクタールは羞恥を隠す為ブスリとした面持ちで上半身を起こすと、スープの器を手に取った。

 スプーンで掬い、それを口に入れると、ミルク風味の温かく優しい味わいが口の中一杯に広がり、ヴィクタールは思わず、

「うまっ」

 と口に出して言ってしまった。

「お口に合ったようで良かったです」

 リシュティナはそれを聞き、嬉しそうに微笑む。

「……今まで温かい飯なんて食べた事無かった……。毒味をした後だったから、毎回冷めてて……。こんなに……こんなに美味いんだな……。温かいだけじゃなく、味付けもすげー美味い……。こんなに美味い飯がこの世には存在していたのか……」

「え、えぇっ……? いえ、そ……そんな、そこまででは……。ほ、褒め過ぎですよっ?」

 両手を激しく左右に揺らし、アタフタとするリシュティナの姿に、ヴィクタールは思わずフッと笑ってしまった。

 その後がっつくようにスープとパンを食べ、スープを二杯おかわりをしてお腹を満足させたヴィクタールは、再び毛布に包まり、ベッドに横になった。

 良い匂いのする毛布に、また何とも言えない気持ちになってくる。

 気を紛らわす為に窓を見てみると、外は真っ暗だった。もう夜も深いのだろう。

 天井をボーッとしながら眺めているヴィクタールの近くに、ご飯の後片付けを終えたリシュティナがやってきた。

「夜も遅いので、宜しければ一晩泊まっていって下さい。ベッド、そのまま使って構いませんよ。母と一緒に眠っていたベッドなので、広くて快適でしょう? ゆっくりと休んで下さいね」

 微笑みながら言うリシュティナに、ヴィクタールは疑問に浮かんだ事を訊いてみた。

「……なぁ。何でお前はオレにこんなに良くしてくれるんだ。お前はオレが王族だって気付いてるんだろ? 世話して金をせびる為か? やっぱり金の為なのか?」

「えっ!? そんな――馬鹿にしないで下さい! そんなもの、全く望んでいません! お金があったって何の意味もありませんから!!」

「は……?」

 憤るリシュティナの言葉の意図が掴めなかったヴィクタールは、怪訝な表情を彼女に向けた。

「……殿下は、何故命を絶ちたかったのですか? 差し支えなければ教えて頂けますか?」

 ベッドの脇にある椅子に座ると、真剣な顔つきに変わり、ヴィクタールにそう問い返すリシュティナ。

「……別に面白くも何ともねぇ話だけど」

 そう前置きしてヴィクタールは上半身を起こすと、ポツポツと自身に起こった事を話し始めた。

「……そう、だったんですね……」

 全て聞き終えると、リシュティナは俯き、言葉を漏らす。

「それは……。……すごく……辛い思いをしましたね……」

 ヴィクタールは彼女の台詞に顔を歪めると、ハッと鼻で嗤った。

「同情なんていらねぇよ。それとも何か? 優しく“言葉”で慰めてくれんのか? そんなのちっともいらねぇ。言葉はすぐ簡単に裏切る。“好き”だの“愛してる”だの、そんな軽々しい言葉、オレはもう信じねぇ。もう沢山だ。慰めてくれるんなら――」

 ヴィクタールは冷めた笑いを貼り付けながらリシュティナの腕を自分の方へ引っ張ると、ベッドの上に彼女を勢い良く押し倒した。

「――“身体”で慰めてくれよ。なぁ、お節介焼きなお嬢さん?」

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