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14.俺たちの玩具

last update Petsa ng paglalathala: 2026-02-19 17:00:00

 翡翠の後に付いていこうとした涼の足が縺れ、体が宙に浮く。

「痛たたた……。え ? 」

 その体をしっかりと翡翠が受け止めていた。

「随分副作用があるようだな。それとも俺の感情は毒でもあるというのか ? 」

 涼を抱えあげる眼差しは穏やかさまである。初めて会った時、恐ろしい程に冷酷な印象は消えていた。獅子の牙が折れたとはまさにこの事か。

 触れられている事で更に涼は翡翠の感情を吸わされる。これは涼の意思に関係なく起こる現象だった。

「ダメだ……。触らない方がいい……」

「気にするな。好都合だ」

 翡翠の微笑みを目の前にして、涼は深く微睡みの中に落ちていく。

 □

 涼を抱えて囚人塔へ戻ってきた翡翠の姿を見て、皆が一斉に頭は下げるも驚きを隠せなかった。

「怪我でもしたんか ? 」

「んな訳ねぇだろ」

「翡翠様と面談中に居眠りこいたんか ? 」

「そんな馬鹿な事ねぇだろ。大事な一生物の道具を選ぶって時によぉ」

「じゃあ、あれだ。睡眠導入剤とか、ヤク中か ? 」

「ここじゃそんな物、認められないの知ってるだろ ? 」

 ザワつく塔の異変。

 涼を抱えた翡翠が房の前に来て、ようやく京は鏡の中に写る自分から格子の外を見る。

「失礼。同居人が昏睡してしまってね」

 寝込んでいる涼をそっとベッドに降ろす。

「……」

 昏睡とはおかしなものだ、と京の眉が跳ね上がる。

 そもそも起きるまで部屋に寝かせておけばいいものを、わざわざこれ見よがしに連れてくるのも不自然だと早々に京は見抜く。

「では、あとはよろしく頼む」

「こいつ、何したの ? 」

「なかなか興味深い囚人だ。時折また、話を聞くかもしれん」

 そう言い出ていこうとする翡翠の背に京は態とらしい溜息をつく。

「翡翠さん。囚人の一人を特別扱いするなんてアンタらしくないね。それがどういう事か分かってんのか ? 

 それとも、こいつ何か問題でもあんの ? 」

「……ああ。そうだな。気をつけよう」

 それだけ言い残し、ざわつきが収まらない塔の中、翡翠は戻って行った。

「はぁ〜」

 京は寝かされた涼を見下ろす。

 気絶……暴力で昏睡しているようには見えない。パーツの破損も無いようだ。かと言って性暴力などの被害があったようにも見えず、ますます何故寝ているのか不思議でならない。

 むしろ涼の寝顔は母親と添い寝する子供のように何とも無防備で、完全に緊張感の無い様子なのだ。

「おい、京よぉ。同居人どうしたんだぁ ? 」

 隣房の気の良い中年男が格子越しに、恐る恐る声をかけてきた。

 京は涼が見えない位置に立つと、面倒そうに振り返る。

「あー、なんでもねぇ。緊張してぶっ倒れたんだとよ」

「はは ! なるほど可哀想にな。確かに最初はそうだよなぁ。気の毒だ」

 そう言い、他の囚人にも「問題ない」と仕草を送る。

 京は涼に掴みかかるとグイグイと揺さぶる。

「おい、起きろ ! おい。おーい」

 眠そうに目を擦る涼が、今度は一気にガバッと起き上がる。

 まるで突然、強い生命エネルギーを打たれた動物のように驚いた顔で房の中を見回す。

 そしてその側で、涼に触れた瞬間に違和感を感じた京が、怪訝な顔をして立ち尽くしていた。

「京……。俺、いつの間に戻ってきたんだ…… ? 」

「……お前……。今のなんだ ? 」

「え ? 」

 京が体の前に突き出している手先を見て、涼は京が自分に触れてしまったのだと気付いた。

「あ、あの。これは……」

 ふと、翡翠との約束を思い出す。

『幻のドールアイの片眼を探し出す』

『自分には人を癒す効果があるそれを広める事』

 しかし京は同居人だ。

 更に鈍感なタイプの男には見えない。

 嘘をつくにも半々だ。慎重に言葉を選ばなければ、これからの生活の保証は無い。

「えっと……。意外と、想像より違ったモノを貰って……混乱したんだ」

 下手だ。

 涼は嘘をつき慣れていない。軽快な人付き合いをした事の無い涼にとって、これは難題であった。

 京は涼が口篭るのを見て、一度向かいの自分のベッドに腰を降ろす。

「アレと話したか ? 翡翠じゃない、得体の知れないものさ」

「キューブ型の『核』の事 ? うん。話したよ。俺、てっきり翡翠がなんかくれんのかと思った。なんで皆んな『翡翠が与える』みたいに言うんだ ? 」

 最もな涼の質問だ。

 ここから出ていく時も、京も「翡翠さんにいっぱい強請れ」と軽口を叩いていたし、フェンランも「翡翠の旦那との面会」と表現していた。

 京は膝を組みながら首を傾げる。

「皆んな『核』を見てるけど、あれがそもそもなんなのか、分かんねぇんだよな。

 だから翡翠に丸投げって感じ。

 あの『核』は翡翠ではないし、会話が通じるもんな。ここは人間の世界ではないし。案外本当の権力者はあの『核』なのかもな」

 京はヘラヘラと笑い答えるが、涼は翡翠がドールアイを手に入れた経緯を思い出していた。

 最初の管理人の尼僧。

 彼女達の存在無くして、この世界によく分からない監獄が出来上がるだろうか ? 

 生前の世界で言えばここは死後の世界との通過点。そんな場所に自分たちは封印をされている事になる。神憑り的な能力が必要なはずだ。

 あの『核』は、機械的で感情のない会話しかできなかった。

 しかし確実に会話は成立していた。

「ここに来た時、「この城は生きている」って言ったよな ? 」

「そうだっけ ? まぁ、皆んなそう感じてるぜ。でもあの『核』の所有者が翡翠であることに変わりはねぇからな。現状はなんも変わんねぇよ」

 あの『核』が最初の管理人の魂のような物ではないだろうか ? 

 涼はそう思えてならなかった。

「気分大丈夫か ? 」

 京は相変わらずヘラヘラと涼と話す。

「うん」

 身を起こしたばかりの涼に、京は突然踏み込み涼の手首を鷲掴みにした。不意打ちをついたのだ。

「っ !! 何すんだよ ?! 」

 驚いた顔をするもすぐに異常な反応を見せる涼と、変わった玩具を見つけたとばかりに笑う京。

「へぇ〜」

 すぐさま反射的に京の手を振りほどき、涼は言い訳を考える。

「これは……」

 京は一瞬、涼に眉を寄せたが、実にあっけらかんとした態度で格子扉を開けて見せた。

「そんな焦んなって。何もしねぇよ。

 なぁ。この城、中庭があるんだぜ。行ってみねぇ ? 」

「中庭 ? 」

 これには流石に涼は食いついた。

 まさか城から出れるとは思って無かったからだ。

「い、行ってみたい ! 」

「だろ ? 貴重品とかねぇか ? ここには常に盗まれてもいい物しか置くなよ」

「何も無いよ」

「よっしゃ。散歩だ散歩。あ、そこの白いの持ってこいよ」

 京が指差したのは洗面台に置かれた小さな一輪挿しだった。涼が黙って従うその背中を、京は鋭い瞳で観察していた。

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