FAZER LOGIN涼にとって激動の半日。
まだ一日も過ごしていない間にこんな事に関わることになるとは思っていなかった。 だが、永遠かもしれないこの死後の世界で、時計盤がどうしたら動くのかも分からないまま脱獄の話に興味を持たないのも不自然だとも考える。「失敗したら……酷い目に合うのかな…… ? 」
デメリットをリストアップするのは大事な事だ。
不安そうにする涼に、京は頷く。「罰則はあるかもな。けど、ここで悪いことをしても人間の監獄とは違う事が一つだけある」
「それって……何 ? 」
「体罰だよ。人形の体は『城』から与えられている。で、もし体罰を与える役割のやつがいるとすれば翡翠の仕事だろ ? でも翡翠が『城』の所有物である俺たちを壊す道理がない」
「それじゃあ、翡翠より『城』の方が上ってこと ? 」
「そうなるな」
「それって……この『城』が神のよう……」
言いかけた涼に京が目を釣り上げる。
「はっ ! 神なんかいる訳ねぇだろ。そんなもんいたら、そもそも全員ここに来てねぇよ」
極端な思想だが、涼も同じ事を思った。自分が死に至った経緯を考えると、神に縋ったところで何も状況は好転しなかった人生だった。
「そろそろ立てるか ? 」
「うん。大丈夫。
花はどれを摘んで行くの ? 」「オリーブの裏に金木犀があるから。寝る頃になると、下水が臭って仕方ねぇんだ」
「意外。主婦の知恵みたいな事するね」
「うるせぇ」
二人は小池の飛び石を越える。オリーブの木まで来ると涼は手に届く先に実ったオリーブを手に乗せた。
「お腹が満たされないのに、どうして食事が出来るようにしてあるの ? 」
「……。飯が要らねぇって事は、消化器が要らねぇって事だろ ? 」
「うん。人形なら必要ないよね ? 」
「お前ここに来てまだ一日目だから言えんだよ。食事するってのは味覚の快楽だ。いくら監獄とはいえ、なんの感覚も快楽もなかったら、苦痛も感じない」
「苦痛を与えるための快楽 ? 」
「真意は不明。けど俺はそう思うね。食の楽しみのためって説を言う奴もいるけど。
お前、便所行った ? 」「…… ? そういえば、まだ……」
「食べてねぇからな。見てみろよ」
そう言い、京が下腹部を指差す。一体何を言い出すのかと涼は呆れるような素振りをしかけるも、突如浮かんだ疑問に慌てて制服のスラックスの上から何度もぺたぺたと確認する。
「え !? ある !! 人形なのに !? 」
男女で体の造りが違う。
ふと思い出す。フェンランや他の女達は確かに胸の膨らみがあった。「これ……つまり……機能するのか ? 」
「そう。言っておくけど部屋ん中でエロ本読むなよ。気色悪ぃから」
「しないよ ! 」
「どうしてもってんなら、食堂の下のシャワー室が個室だから……」
「何もしないってば !
いや、違う。そうじゃなくて。ってことは、排泄もあるって事だよね ? 」「臭うって言ったろ ? 」
「内臓どうなってんの ? 」
「さぁ ? けど前にファイトで胴体がパックリ割れた奴がいてさぁ。ちゃんとあったよ。モツ」
涼の顔から血の気が引く。
ほぼ人間と変わらないのではないかと。「なんの意味があるんだろう。食事の為だけなら分かるけど……。
そう言えば、体の造りが違うのに、女性と同じ監獄って言うのも変じゃない ? 」「それな。だからフェンランは過剰に女達を防衛してる節はあるよな」
「当然だよ。性別の違いが機能してる体なら、何があってもおかしくないもん」
「……。お前さ。過去の事、誰かに話したか ? 」
「え ? 」
「フェンランが女達を守っている以上、女ってのはここじゃ高嶺の花の高級人形。だから俺らみたいな子供の姿してるやつは格好の獲物になる訳。今日、ペコラがお前を欲しがったのもそれが理由だ。
絶対に経験があるなんて言うなよ ? 年上のババアとか……なんか微妙なラインの物好きって周囲には言っておけ」「うぐぐ……屈辱……」
「身を守れって事」
京は花瓶を受け取ると、涼に金木犀を切るように促す。
「ナイフで花がある枝だけ切ってくれね ? 」
「このくらい ? 」
「そうそう。二、三本欲しい」
見上げると、涼が手にした一本目は一輪挿しから出るかどうか程の小さな新芽の部分だった。
「これじゃ足りねぇな。皆んなここから持ってくから無くなっちまうんだよな。同居人なんて久々だから油断したぜ。早いもん勝ちなんだ」
「木の成長スピードって人間界と同じ ? 」
「んにゃ。それより少し早いかな。花はどれも枯れないし、あの紅葉も赤いまま。松ぼっくりもずっとついてら」
「あの世感があるね。本当に不思議な場所……。
あ、あっちにもあるじゃん ! 金木犀の木 ! 」涼が無邪気に先を行く。
まさかの行動に京の反応が遅れた。「おい ! 涼、戻れ !! そっちは…… !! 」
「え ? なんで ? 」
慌てふためく京を振り向くと、京は険しい面持ちで、涼の──その先を見つめていた。
京の焦りと、涼自身の地面の影がおかしい事に気付く。 そしてこの煙の香り。「あ……あの……」
目の前に、怒りの形相をしたフェンランが涼を見下ろしていた。その感情色は赤を通り越して、まさに紅蓮の焰の様に辺り一面に拡がっていた。
「アンタ、ここで何してるんだい ? 」
「ご、ごめんなさい……き、金木犀の……」
ここで慌てて京が割り込んできた。
「すまねぇフェンラン。中庭に連れ出してやりたくて金木犀を採りに来たんだ。枝が全部やられちまってて深追いしちまった。
俺の責任で、こいつはまだ何も知らねぇんだ」必死に言い繕う京を見て、フェンランの怒りがスっと消える。
やはり──涼はこのフェンランの気分の波に驚きを隠せない。怒りの気持ちがは今まで見たことが無いほど強い。ヒステリーや我を忘れて……などというレベルの怒りではないのだ。それを、一瞬で感情を抑え込む。これがそもそも常人には無理なのだ。 元々は激昂しやすいのだろう。感情は嘘をつけない。怒りが抑え込めるのは、自分のコントロールができている証拠だ。並み大抵、出来る技ではない。「ごめんなさい、フェンラン。本当に何も知らなくて。
ここはフェンランの庭なの ? 」「馬鹿、聞くなって !
すまん、すぐ連れて帰るわ」「いや、いい」
慌てる京をフェンランが制する。
「悪意が無いのは理解した。好奇心は猫を殺すと言うからな。その目で見ていくといい」
「え ? いや、俺……べ、別に何か詮索したいわけじゃ……」
状況についていけない涼は完全に震えてしまっている。その様子を見て、フェンランは一人の女囚を手招きした。
「サラ、涼に見学させてやれ」
中年で小太りの女だ。小綺麗ではあるが、美人と言うよりは優しそうな母親という印象だ。
漂う『喜』の感情。案外、すんなり受け入れられたと胸を撫で下ろす。「はーい。
あ、涼君だっけ ? 来なよ。大丈夫よ。ただの畑だから」「は、畑 !? 」
サラが涼の手を引き木製の柵の中へ入って行く。
フェンランは煙管に新しい葉を詰めながら、京を見下ろし真っ赤な唇を歪ませる。
「前回の同居人の事は何も言わないけれど。どういう風の吹き回しだい、京。
外の空気を吸わせてやりたいなんて、そんなココロがあんたにあるとはね」「喧嘩売らないでよね。俺もすげぇ調子狂ってんだよ。
それにどうも翡翠さんが気に入っちゃったらしくてさ」「翡翠の旦那がかい ? 冗談はよしてくれ。囚人に興味なんか持たないようなお坊ちゃんだろうに」
「それがさ、涼って特異な能力を持ってんだ」
「ブ、ブレード !! 」涼は最後の力を振り絞りどうにか芋虫のように倒れ込み、燃え上がるブレードに近付いた。「燃えちゃう ! 燃えちゃうよ ! 」「……手は……残ってるか ? 」「 ??? 」半泣きの状態で残っている左腕を差し出す。「これを……」ブレードは眼帯を取ると、そこに隠していた物を涼に握らせた。「これは…… !! 」それはブレードの失ったはずの左眼だった。京からは「ブレードは自らその眼を抉り出したという噂がある」とは聞いていた。しかし、その理由は不明で、噂が本当かも怪しいものだった。涼はそのドールアイを見つめる。ブレードが自ら抉り出した眼は、涼の左眼と同じ、大時計の藤紫色に変色していた。「どういうこと…… ? 色が…… ? なんで色が変わるの…… !? 」パニックになった涼に、ブレードが弱々しく答える。「涼……お前はこの監獄で砲台に火を付けた……が、監獄に砲台があるのはおかしい事だ……」「だから何なの ? ……俺は……間違ってるの…… !? ブレード ! 教えてよ ! 」「……翡翠も『核』も…………罪深い……。俺の眼で、…………視るんだ……」「分からない ! 分からないよ ! 」ブレードにもう意識は無かった。真っ黒焦げになっていく二体の人形。その時ようやく最上階から冷たい足音が響く。
「『核』に脱獄を願った…… ? 」 信じられないという京の空気にプライドは小さく笑った。「ここがもし、何ヶ所もあるとしたら移送は可能か、NO。ここから出所したドールはいるのか、NO。 つまり、『城』はここにしかないし、一度入ったら出れない。だから「脱獄したい」って言ったんだ」「『核』の答えは ? 」 プライドは木箱を房から引き出すと、それに座る。「それが不思議だったんだよねぇ。脱獄の道具とか看守を買収とか色々探ったけど、最終的に返ってきた答えがね。『城の解放をする事』って言われた。 どう思う ? 」 フェンランは煙管を唇から離すとプライドに向かって首を振った。「情報共有する気は無い。それを聴けただけで十分だ」「そう ? そっちも何か聞かせてよ。サタンの最後とか…… ? 色々聞いてから殺したんじゃないのか ? せっかく『核』と話せる男だったんだ。何か聞いたろ ? 」 情報交換をしたいプライドと情報を出したくないフェンランとで別れる。 京はと言うと、下の様子が気になって仕方がなかった。 フェンランはその後ろ姿に煙を吐きながら、プライドに向き直る。「それが本当だとしても、わたしらには心当たりもないね。情報ってのはお互いを信用して初めて体をなす。お前をわたしはまだ心配してない」 プライドは小さく肩を竦めてクスクスと笑った。「そりゃあそうか。 まぁ、何か聞きたくなればおいでよ」「……ふん。 京、戻るぞ。下の混乱を収めなければ」「……」 □□□ ブレードが受け止めるラスの肘。重く伸し掛り、汗で滑るのに耐え力任せに振り切る。 ラスも膠着は避ける。義足のスタンガンの改造を見る限り、もしかしたら義手にもあるかもしれない。不用意にブレードの内に入り込むのは危険だ。 骨を振り上げ、再びブレードに打ち付ける。体で
「見たか !? ここにいる者たち全員 ! 武器だ ! 俺達には持ち込みを許されていない、武器がある ! 涼と同じだ ! あいつも『城』の癌細胞 !! 『核』の判断間違いか、騙してここへ持ち込んだやつだ ! 許されるか、そんな事 ! 」『た、確かに銃やミサイルなんて、頼んでも持ち込めないもんな』 『でもペコラのナイフは ? 今は涼が持ってるけど、あれも武器だろ ? 』 『そんな事したら、陳さんの包丁もカウントされんだろうが』 『よく分からんが、ありゃ駄目だろ』「お前も悪だな。何が軍人だ。戦争で手足を失って尚、そこにまた武器を仕込んでいる。 悪魔より恐ろしい者だ」 ブレードは吐き捨てるように言うラスに顔色一つ変えずにいた。「そうだ。戦争は人を変える。人が人ではなくなる。 だが自衛の為の機能だけだ。この義手から銃が出たり義足がミサイルになる事はない」「同じことだ。自衛の為の『武器』なのだから」 群衆から同意の声援が上がる。 涼は攻撃を受けても全く自分の側から離れようとしないブレードを見守ることしか出来なかった。 □□「フェンラン。その簪を外すな」「何だ急に」 京は階段を上りながら背後を着ついてくるフェンランが着物を脱ぐのを止めるのだった。「プライドは……涼を危険分子として見てやがった。 だが、お前もそうだったよな ? 」 フェンランは釈然としないまま、肯定した。「『癒し』といいもの以外も、カウンセリングや霊視、祈祷師、そういうものはここで上手くいった試しがないからな」「ああ。プライドはそれを見て、破壊を選んだ。 お前は ? どうして涼を傍観に回った ? 」「ふん。傍観……か。 わたしの役割は女達が安全に『城』のシステムで生活する基盤が欲しい。その為には争いや宗教などは必要ないのだ。 それに……涼には悪意がない。あまりにも純粋で、言うに言えん。いつかは辛い思いをするだろうと思っては
「涼の解放 ? 」 ラスは苦笑いを浮かべると、ブレードの前まで出向いてきた。「では、わたしが勝者になったら ? 」「涼を好きにしろ。『癒し』を今後、させない、それでいいだろう」「ふむ……。本当に『癒し』とやらをしないならそれでいいが、隠れてやったりしたらやっぱり私刑だな」「約束は約束。ここにいる者たちが証言者となる」 ブレードが有刺鉄線の柵を越える。『マジか ! ラスとブレードがファイトすんのか ? 』『ブレードって軍人だろ ? ラスに勝ち目はあんのか ? 』『でも涼は壊さねぇと ! 『城』がやべぇんだろ ? 』「涼……」 ブレードはフィールドに伸びている涼の顔を覗き込んだ。「砲台に火をつけたな。……その結果がこれだ」「分からない……分からないよ……」 両足、片腕を捥がれた姿のまま、そこへ最後の紙幣が降り注ぎ頬に張り付いた。「俺はどうすれば良かったの ? 『核』に許可はとったのに、なんで責められるか分からない……俺の何がダメだったの ? 」「……」 ブレードは答えなかった。 軍服の上着を脱ぎ捨てるとその筋肉質な体で、ドールの大腿骨を持つラスの前へ立ちはだかった。 □□ フェンランは京を見つけると、人混みから引っ張りあげる。「京 ! 来い ! 」「涼が ! ブレードが隙を作った。最上階にいる新プライドが扇動してやがる ! 」「いつかこうなるとは思っていたが……相手が悪そうだな。共に行こう。 あんた達、翡翠の旦那を呼んできな。これは普通のファイトじゃない。『城』全体の内戦だ。一刻を争うよ」「分かりました」 数人の女囚が纏まって執務室のある階へかけて
「っ !! 痛い !! 離せ ! あぁぁぁっ !! 」 これ程までに人形の体が恐ろしい事なのだと、涼は初めて思い知らされた。「涼 ! 」 「涼〜 ! 」 涼を求めて縋って来る者も、容赦なく叩き割られた。「壊せ ! 壊せ ! そいつは我々の悪腫瘍 ! 『城』の害 ! 今やらないとこっちが廃人にされる ! 素手で触るな ! 」「────っ !! 」 声にならないほどの激痛。 グローブをしたものは涼の四肢を力任せに引きちぎり、棒を持った者達は背や頭目掛けて目一杯叩き付ける。(──死……死にたい ! 痛い !! 死なせて !! ) ドールに死は無い。 壊れたら『核』が修理する。 聞いた当初は「便利な体だ」と、甘く思っていた自分を呪った。「まだ片腕と頭が残ってるぞ ! 」 「手袋してても硬ぇんだよ ! 」 「誰か工具持ってこい ! 」(早く ! ──早く終わって !! ) □□「…… ? あっち、なんであんなに騒がしいんだ ? 」 この頃、ようやく京とサラは囚人塔の騒ぎに気付いた。自分たちも喧騒の中にいたせいで、全く気付けずにいたのだ。「ほんと。喧嘩 ? ファイトかしら ? 誰かそんな予定あった ? 」「ないだろ。賭けの準備もあるし、突発的には開かれないし」 普段ならそうだ。 だが、様子がおかしいのは明らかで、大きな声は声援とは違い、何か悪い響めきに聴こえる。 ふと、囚人塔から逃げて来た平和主義は者達と目が合う。その視線は、リラクゼーションサロンと称したエントランスの一部を見て、すぐに不安や嫌悪の表情に変わった。「まさか……」 京は涼が囚人塔に戻った事を思い出したが、涼自身は喧嘩っ早い性分でもない。恐らく関係はないだろうと思った。いや、思いたかった。 今までにファイトでもこんな騒ぎの声量が上がったことなどないのだ。 もし、この騒ぎの原因の中
揺ら揺らと立ち上りやがて渦を巻いて観衆のどす黒い感情色は、涼の身体にまとわりつく。「涼 ! 俺は大丈夫だ ! 後で『癒し』てくれるか〜 ? 」「そ、そんな事より ! なんであの人達を縛ってるの !? やめてよ ! 」 フィールドに立った男は他のドールの大腿骨のパーツを、幾つも連なるように背負っていた。戦ったら十中八九、勝ち目は無いが見過ごす訳にはいかない。 男は険しい表情を浮かべて涼を睨みつける。「俺はラス。『憤怒《ラス》』だ」「…… ! サタンの……プライドの仲間 !? 」「そこは問題ではない。 皆んな、聞いてくれ ! 俺のボスは行方不明だ ! 昨晩の火事から帰ってない ! それには必ずこの涼というガキが関わっているのだ ! 見ろ ! この連中を !! 」 そう言い、前後同士で括り繋がれた『癒し』を求める者たちを引っ張り、逆側のフェンスにも連れていく。「まるで廃人 ! ただ『癒し』とやらを求める動物 ! この涼のする『癒し』とは何か !!? 人格崩壊だ ! こいつらの元の性格はこんなんだったか !? お前らなら分かるだろう ! まるで人が変わってしまった !! 」「違う !! 改心しただけだ ! その人達は、根の性格は本当に優しいんだ ! 罪が人を変えた ! 俺はそれを『癒し』ただけ ! 」「それは『罪を赦す』ということか ? 悪魔崇拝者たる者こそ、また神のあり方も理解している。『罪の赦し』とは、神のみぞ行える判断ではないのか ? 何故、この涼に『罪を赦される』権限があるのか !!? こいつは神じゃない ! 」 観衆が飲まれていく。 感情の興味は完全にラスへと同意の空気だ。「それは違う〜『癒し』を受ければ分かる。これはそういうもにじゃねぇんだ」「あぁ、そうだ。自分に罪があるのも赦されねぇのも分かってる。けど、自暴自棄になるのはやめだ
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
朝。 涼が目を覚ますと、京は隣のベッドにいなかった。 体を起こしてベッドの端に座り、涼は記憶を遡る。 人形の自分の細い膝の上で組んだ手の指先に、傷が付いていた。 昨晩、京の口の中のドールアイに触れようと……その瞬間に牙を向けられた。 一度翡翠に相談してしまいたい。 全て話してしまいたいと願う。 しかしそれは自分の終わりを意味するような気がして出来なかった。何より、囚人二日目にして管理人に泣きつくことは許されないだろう。 一度立ち上がるが、何をしていいか
「食事が終わったら自由時間。と言っても昼のような作業は禁止。一階のパーツ屋も閉まってるし、畑も駄目。各自なるべく自分の部屋にいるかシャワー浴びるかだな」 房に戻った涼は京から流れを聞いていた。「その後、翡翠が就寝の合図に来る。看守役の人形が房の鍵を締めて就寝だ」「看守役の人形って ? 囚人じゃないのか ? 」「ああ。初代管理人が死んだ時、同じく看守達も姿を消したんだ。だから今は『核』が看守役の人形を創ったってわけ人形ってよりロボットに近いな」「確かにこの房の鍵を翡翠さんだけでしめるなんて無茶だもんな……」
食事は朝晩二回。 体感時間で皆、なんとなく食堂へ向かうだけだ。 涼と京は二人向かい合って座る。 食べるものは選べない。 食堂にいるシェフ姿の人形が勝手に囚人のトレイに皿を置く。乱雑で、無言。目も合わない。 実に作業的な流れだ。 しかし、その皿に乗った食事に涼は言葉を失っていた。「食べねぇの ? 」 京が固まったままの涼を不思議そうに見た。「いや……監獄的なイメージがあったから……もっと自由度の少ない飯が出てく







