LOGIN「はは……やっぱり気になる ? よね。京は
ライターを貰ったんだっけ ? 」「あぁ。まぁね。お互いプライバシーは大事だよな。悪ぃ。じゃあ別の質問にしようかな。
俺がお前の手に触った時、変な感じがした。なんか全部どうでもいいっていうか、無関心……とは違うな……。強いていえば……気分爽快 ? スッキリしたな。 あ、勘違いすんなよ。俺の好みは清純系の美少女だから」「勘違いはしてないよ。
えっと、それは確かに俺のせいだけど。順を追って話すと……」涼は脳内をフル回転させる。
「俺、昔から……変な力があってさ」
「……霊界で言うのも悪ぃけど、スピリチュアルとか神様とかマジで興味ねェんだよな」
「俺も好きで持ってる力じゃないし、スピリチュアルでも無いよ。
とにかく、相手の気分を好転させることが出来るんだ」「それって、ノイローゼが消えるとか ? 」
やはり京は飲み込みが早い 。嘘など一発でお見通しだろうそれは同房の涼にとってデメリットにしかならない。全てを話す決意をする。
「そこまで重大な人と関わったことないからなぁ。
俺、元々他人の感情が見えるんだ。それで今まで生きてきた。最も、俺が出会った連中はロクな大人じゃ無かったけど」
「はは。それは俺も一緒だな」
京はしょうもなさそうに笑う。
涼も気にせず続けた。「最初は母親の連れて来た男が毎回色が違うことに気付いた。似たもの同士っていうか、母が連れてくる男って大抵同じ色を纏ってたから。
それで俺、今は人のストレスとか悩みを吸い取れるようになったみたい。
『核』に欲しいものを聞かれた時、この能力なら、盗まれる心配ないから安心だなって。 高価な武器を持ったところで使えないしさ」「ふーん。ストレスと悩みねぇ。
もぅ一回触ってもいい ? 」「いいよ。でも、『核』の奴、予想より強いアップデートしてきたせいで、吸いすぎるとすげぇ酔うんだ」
「はぁ ? ここでゲロ吐かれても……俺困るんだけど」
「いや、その……酔うって言うか、フラッフラのふわっふわになるんだ」
「マジで !? あ、だからさっきあんな状態で戻って来たのかよ ! スピリチュアルでキマる意味が分かんねぇ ! 」
涼が差し出した手を京が再び握る。
京の中に渦巻いていた邪念。
あわよくば涼が何を『核』に願ったのかきいてやろうという意欲や、どうにか飼い慣らして自分に有益に駒として使えないかという算段。 全てがすっと、憑き物が落ちたように考えられなくなり、純粋に涼の特異な能力を考え始める。 目の前の涼は先程より酷くはないが、くたっと椅子に凭れ、小さな唇から何度も甘い吐息が音を立てて漏れている。京は次第にクリアになっていく頭の中で、自分が涼に触れるのは危険だと考える。
角しかない強烈な趣味趣向の京にとって、癒しなど、一番不必要な存在なのだ。 しかし、この力が囚人たちにとって大きく影響をもたらす力であることも事実だ。 ここは涼の力を外に向けさせた方がいいと考える。 そして、翡翠の存在だ。翡翠が涼を独り占めしようとする度、囚人からは不満の声が上がるだろう。
『一日、リラクゼーションに涼を使うなんてズルくねぇか ? 』
必ずこの日は来るだろう。
「ふ……くく !! あははは ! 面白ぇ ! 」
「面白い ? うぅ、頭クラクラする……」
「面白ぇよ。せっかくだし、人の為になることしようぜ」
「……ん。そのつもりだけど……」
京は素直に従う涼の姿を見て更に可笑しくて仕方がない。
あの翡翠が癒しを与える涼に執着するのは、つまり精神は摩耗しているということだからだ。「なぁ。絶対内緒にしろよ ?
この『城』から出る方法があるんだ」「へぇ。何それ。面白そうじゃん」
京は涼を手招きすると、高い塀のある場所まで辿り着く。
コンクリートで作られた背の高い壁にネズミ返しのような形状の有刺鉄線がこれでもかと言うほど張られている。 その一角。 エントランスから城を出て、正面の壁だけは鉄格子の門があった。その格子から外を見る。「真っ暗。死後の世界って感じ」
「事実そうだしな。城がなかったらここで彷徨うのか、どこかに繋がるのかもわかんねぇけど。ここに閉じ込められてるより、『城』を拠点に、この門の先も自由に行けたらいいのにって思うんだよな」
「でも逃げ場所なんて無さそうだけど」
半信半疑で外の漆黒の世界を見つめる涼に、京がおもむろに話し出した。
「元々、ここの管理人は生きた人間だったらしい 」
思わず涼はドキリとする。
「ふーん……。俺たちみたいな……『人形』じゃないのか ? 」
「そう。それでさ。管理人は網膜スキャンセンサーを『城』全体のパスキーにしてたんだよ。
ここにその機械がある。門だけは今も動いてやがんだ。管理人の両目があればここは開く事が出来るってのによ。 ある日、管理人は囚人の一人に目玉を無理矢理奪われた」「え…… ? でも……そんなの、使えないよね ? 」
「普通はそう。その囚人は仲間に依頼して、管理人の目玉を、俺たちみたいな人形の眼に加工したんだってさ」
「人間の目玉だろ ? 可能とは思えない。
でもその瞳があれば、この『城』から抜け出せるの ? 」「多分ね。そのドールアイには特殊な術がかかってるらしい。
でも問題もあってさ。その瞳を手に入れた囚人が、別な囚人に隙をつかれて、片目を盗られちゃったとかなんとか」「片目だろ ? それじゃ抜け出せないのに ? 訳がわかんない」
「だな。両眼が揃わないと出れない。
元々持ってた奴も、盗んだのが誰かも……分からないままなんだってさ。 牢の鍵は夜だけは閉まる。昼は開きっぱなしだからここまでは来れる。翡翠の部屋がある塔も全部アナログの鍵に変わったけれど、城自体から抜け出す最後の砦が、たった一つ生きてるこの城門の網膜スキャンシステム。 俺さぁ。どうしても初代管理人のドールアイが欲しいわけ」「待って。って事は……その……初代管理人から目玉を強奪した『人形』と、そいつからこっそり片目を盗んだ『人形』の二人は…………まだ俺たちの中にいるのか ? 」
一人は翡翠だ。翡翠が今は片眼を管理している。しかし言う訳にもいかず、涼は大きく生唾を飲み込むだけ。
「そういう事になるな」
そういうと、京は自分の笑みを浮かべた薄い唇で口角の大きな口を、涼に向かってガパッと開けて見せた。
京の口内。
薄ピンク色の艶かしい粘膜質な肉壁と悪戯そうな笑み。牙のような鋭い八重歯のインパクト。それら全ての情報が頭から消え失せる程の衝撃的な物が見え隠れしていた。京の舌の上には、一つの球体が乗っていた。
キャンディでは無い。その白い球体には瞳孔が付いている。唾液の瑞々しさが相まって生々しくヌルりと涼を見据える眼球。
「どうだ ?脱獄に興味あるか ? 」
『幻のドールアイの片方の持ち主』は、京だった。これは京か翡翠、どちらかを選ばなければならないということになる。
庭園の香りが消えた。頭上に光る罪の時計盤の紫がより焦燥感を不気味に煽る。
涼は一度カラカラになった口を閉じて、平静を保とうとする。
「やべぇよ。それ見せちゃダメなやつだろ ? 早く隠した方がいいよ」
遠ざけたい。
今はまだ何も判断ができない。 感情の色も見たくもない。涼は一度、ガーデンチェアまで戻り、目をギュッと閉じた。
『お答え出来かねます』 鮮やかなグリーンの発光体。真四角なその浮遊物は翡翠の頭上で発言する。 機械、AI、合成音声、表現は様々だろうが、サタンは確実に『核』は人間のような自立意思を持っていると察していた。 その事実を知るひと握りの囚人の中に 翡翠も含まれた。「困る。俺だけではなく、貴女が。もしあの部屋へ入られては誰が一番困るのか、よく考えることです」『管理人の意志を尊重して判断しました』「……俺のいない執務室に囚人を通すことが ? 俺の意思だと言うのか ? 」『一ノ瀬 涼にはその資格があります』「資格 ? ……何に対しての資格なんだ ? 」 怒りの感情から疑問へと誘われる。『一ノ瀬 涼には資格があります』 翡翠は腕組をしたまま、『核』を見据える。「それはなんの資格だ ? 」『お答え出来かねます』「例えば、俺がいなくなれば代わりが必要か ? 」『不足の事態が実際に起これば必要となります』「それは後継人の話か ? 」『いいえ。私はそれを望みません』「……望むか望まないか、なのか ? その綻びが俺には負担でしかない。『一ノ瀬 涼には資格がある』……それは『いつから』だ ? 本棚の先へ行ったのか ? 」『あの小部屋と一ノ瀬 涼について関係性はありません』 翡翠は制帽を外すと、深く溜息をついた。「俺に貴女は助けられない。出来るのは今ここで監獄を統制するのみ。 ……俺はどうすれば……。俺はいつまでここにいるのか……それは貴女も同じはず」『理解出来かねます』「……本当に理解できないのか ? それとも、演技なのか ? または呪いか…&hell
「『傲慢《プライド》』 !? サタン一味の傲慢《プライド》か ? 」「え…… ? 昨日までは別の人じゃ…… ? 」 周囲で観ていた囚人もザワつく。 サタンの部下には称号持ちがいる。前にここへ出されたルストが正にそうだ。ルストは『色欲』を意味する。最もサタンが決めたイメージにしか過ぎない。ルストは色欲に溺れていたというより、小児性愛の犯罪者である。 そして『傲慢』こそが『プライド』と呼ばれ、昨晩まではバンダナをしたエキゾチックな雰囲気の男が名乗っていたはずだ。理性的で博識。サタンの右腕と宣いながら上手く手のひらでサタンを転がしてた者だった。 しかし、今ここにエキゾチックなプライドはいない。「いないってことは無ぇよな ? 俺たちゃ死なねぇんだから」 京の言葉に現プライドはケラケラと笑う。「君がそれを言うのかい ? ふふ。サタンにね、もしものことがあったら、『核』から聞いた事を纏めたメモを俺たちに託す、と言われてたんだよねぇ」 涼の頭の上、身を乗り出した京の耳元にプライドが唇を寄せる。「俺も同じことが知りたかった。誰かがサタンを殺してくれない限り、俺もその書類を見れない。 だから京……君とフェンランには御礼をしなきゃね」「……殺す方法なんて知らねぇよ」「同じさ。動きを封じて口を縫い付ける方法だろ ? それが人形の死さ。 昨晩、君らがやった事さ。 俺もサタンの手記を読んだらピンと来ちゃってさぁ。彼の知能じゃ『核』と話しても、理解することは出来なかったみたいだけどね、ふふ ! 笑えるよ ! 」「あの ! 」 頭の上でやり取りする二人に涼が割って入った。「もうやめてください。プライドさんは最初から、俺が『癒し』ができないと思ってたの ? 」「あぁ、ごめんね涼。癒して貰えるなら癒して貰いたいよ、勿論。 でもさぁ、もう止まらないんだよね」「何が ? 止まらない
「お待たせしました」 サラが一礼してパーテーションを開ける。その風圧でキャンドルの灯火が揺らめいた。 中心に置かれた椅子はさながら玉座のようで、銀色の髪と片目が紫色の涼の姿はまるで──「予定の変更について、大変ご迷惑をおかけしました。ですが、今日ご予約の方は確実に視ますのでご安心ください」 微笑み、群衆に語りかける。 その涼の姿を京はなんともいえない気持ちで眺めていた。以前の様に、戸惑い、不安げで、自分に縋り付いてきた涼はそろそろ消えていくだろう。 これが、『城』で生きるために模索した、涼の生き方なのだ。受け入れなければならない。「それでは、ルキ · ホワイト様から……。どうぞ、こちらの椅子に」 サラが案内する長身痩躯の日系人。 年は三十代半ば。金髪に白い肌、切れ長の瞳はシルバーグレイ。俳優のような美しい男だった。「ふふ。俺を先に視たいとはね。お目が高い、のかな ? でも……あいにく俺はどこにでもいる、ただの出来損ない人間だよ 」『あいつスリだっけ ? 』 『いや、確か強盗致傷じゃねぇか ? 』 『え ? 俺はポリに手を出して捕まったって聞いたぜ ? 』 『捕まってムショに入ったんじゃ、この『城』には来ねぇはずだよな ? 』 『じゃあ、なんでここに来たんだ ? 』 男の言う罪が数多くある中の一部なのか、それとも出任せの嘘なのか。 涼の左眼がそれを見抜く時だ。「では、手を。俺に触れてください」「こう ? 」 男は躊躇いなく涼の手を握った。 男のその眼光。鋭く、涼を値踏みするようにもう片手で頬杖を付く。 そして涼の集中を乱すように、握った手を緩めると、スルスルと指を絡めて弄び始める。「おい、てめぇ…… ! 」 京がやめさせようとするが、涼にはもう言葉は届かなかった。 男の握る手。 その感覚から来る視覚情報。 まずは右目に写る囚人達の群衆が消え、次に取り巻きとなったサラ
涼は池から離れると、今度は門の方へ行ってみようと歩き出す。『幻のドールアイ』さえあればこの門は開く。そう噂されながら、ずっと誰も探そうとしない。いや、探している者はいる。京と翡翠だ。「これだ。網膜スキャンするやつ……」 虹彩認証機器としては監獄という場所で不利にも思える。機械など叩き壊してしまえば済むことだ。現に塀の有刺鉄線はファイトのリングに使用されているため所々無くなっている。(俺たちは人形だから、確かに生きた人がここを作ったなら正しい判断かも。でも、この世界に出入り出来る人間って限られるよね……。霊能者……それも凄い本物な人とか、お坊さんとか ? 女性なんだったっけ ? ) 涼が門の格子の先を見通す。 いつ見ても何も見えない。本当の黒色とはこういう物を言うのではないかと絵の具の黒色を思い浮かべる。するとなんとも絵の具の方が可愛らしいとさえ思えてしまうと感じた。「あ〜あ。結局、京も本気じゃ無さそうだしなぁ……」 その時、涼へ向かって足音が聞こえてきた。 サクサクという地面の雑草を踏む音と軍服の衣擦れ音だ。「あ、ブレードさん ! おはようございます ! 」「ああ。何やらエントランスが騒がしいようだが」「癒しのリラクゼーションサロンを始めたんです。でも準備に手間取ってて。順番待ちでもお客さんが揉めちゃって」「……」 ブレードは涼の顔を覗き込むと、難しい顔で藤紫色の左眼を見詰めた。「その『癒し』とやらを、使わん方がいいと忠告したはずだ。もう少し賢いかと思っていたが──そのままでは持たなくなるぞ」「持たない……? それって能力が減るってことですか ? 使えなくなる ? 」「いいや。もっと大事な物を失うのさ」「ごめんなさい。京にもやめた方がいいって言われるけど、俺には何故なのか全然分からないです。 この力は『核』に許
涼がリラクゼーションルームへ行くと、数人の男たちがサラを相手に揉めていた。「なんでだよ !! おかしいだろ ! 」「何のための予約だよ ! 」予約の順番を変える事に不満を抱えた者たちだ。当然だ。多い囚人たちの中から並んでまで勝ち取った順番なのに、後から来た者を先に視るというのだから。涼は自分のせいだと名乗り出ようとして一歩踏み出すが、他の囚人に止められた。「涼さん、今はあかん。ああいうのはゴネれば何とかなるんちゃうかと思ってんねん」「まぁ……そうかもしれないけど……。俺が変えちゃったし……」「予約担当はサラの仕事やろ。任しとき」「はい。じゃあ……」周りを見渡すと、頭を抱えてしゃがんでいる京がいた。「京、準備出来た ? 」「出来ねーよ。バーカバーカ」「なんだよ急に」「見ろよ ! このキャンドルの量 ! 」壁や通路至る所に手作りの燭台が立っている。食堂の陳が割れのある食器を女囚に譲った。彼女たちはそれを加工し燭台のように工作したのだ。「京が一個火をつけて、皆で分けて、それぞれつけていけばすぐ終わるじゃん」「俺もそう思う。俺も !! そう思う !! 誰だって思うよな !? 」「う、うん」「キャンドル、ぜ〜んぶ燭台にくっつけちまった ! 」「外せないの ? まさかこの量、全部ライターでつけて回るの ? 」「俺もう逃げたい……。親指痛てぇよ……」長く使い、ライターのホイールが熱で熱くなる。親指を添える度に手を振る京に涼が言った。「京のライターって、あのンギギギってなるやつじゃないんだね」全く伝わらない説明に京は苦い笑みを返した。涼の会話はいつもそうだ。グルグル〜や、こういう感じ、など、涼の主観で語られることが多いのだ。「ンギギギって
いくら考えようが答えなど出るはずがない。『核』と話せるサタンですら大きな情報は掴んでいなかった。当然、サタンは悪魔を崇拝し、この世界が地獄とするなら『城』での覇権は握りたかった。その為に『核』を使い他者を出し抜こうとした。 サタン一味に脱獄の意思が無かったのは京もフェンランも聞いている。『幻のドールアイ』の存在を鼻で笑っていた。「とにかく、何か翡翠から聞き出せるとしたら、お前しか──」「涼くんー ♪」 二人の肩が飛び上がる。「サ、サラ…… ! びっくりした ! 」「用意出来た ? 」「え、と。まだ……少し休憩してから行ってもいい ? 」「いいわよ。京くん、君は駄目。早くキャンドルに火をつけてよね」「あぁ"〜 ? 高々数本だろ ? 」「増やしたのよ。余ってる石鹸とか、他にもいろいろ作りようがあったから、作業してるうちに増えちゃった♪」「なら少しずつ使えばいいだろ一度に使うなよ。酸欠になんぞ……」 そういいながらも京は渋々房を出る。「じゃあ先に行くぜ」「うん」 京がサラに引き摺られて行くのを見送ると、涼も持ち物の支度を始めた。 □□□「フェンラン、私達も『癒し』を受けるべきなの ? 」 フェンランのそばに残ったのは数人……元の半分の人数だった。 皆、冥花栽培には来るのだが、『リラクゼーションルーム』と称した癒しが始まると、兼業としてフェンランの元を離れるようになった。皆、涼の『癒し』を受けた者だ。「あたし興味無い。冥花だけでいい」 女子高の制服を来た女子だけは頑なに癒しを拒んだが、他の女囚は悩んでいた。 フェンランのそばにはいたいが、集団として同じ事をすべきなのか、涼という少年は信用できるのか。現にフェンランは止めも勧めもせず、今は静観の動きだ。それを敏感に感じ取った者はフェンランの元へ残った。「私も&
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
「そう。器用に見えて、実は小難しいルールで自分を守ってるだけじゃねぇの ? なぁ、囚人の中で着物の奴ってフェンラン以外にいるか ? 」「そういえば。今のところ見かけないね。でも男なら豪華な着物なんて拘らないんじゃない ? 」「ああ。じゃあ、何にこだわると思う ? 日本刀とか、他の……技術的な物だよな。でもそれも居ねぇんだよ」 涼は京がフェンランの何に疑問を持っているのかわからなかった。 フェンランは古参のはずだ。それに涼も魂だけ数年彷徨っていた。彼女も何
大時計が鳴るその下で、京は隣に来たフェンランに気付いてフォークを持つ手を止めた。「一体なんだってんだろうね ? 」「さぁね」「涼は ? 一緒じゃないのかい ? 」「あいつは早速『癒し』中。フェンラン、あんたが男の心配かい ? 珍し」「別に。 ……いいや。心配だよ。認めよう」「……」「翡翠の旦那は何も言ってなかったのかい ? 」「何も。案外、本当にお気に入りなのかもって思ったぜ ? 」
朝。 涼が目を覚ますと、京は隣のベッドにいなかった。 体を起こしてベッドの端に座り、涼は記憶を遡る。 人形の自分の細い膝の上で組んだ手の指先に、傷が付いていた。 昨晩、京の口の中のドールアイに触れようと……その瞬間に牙を向けられた。 一度翡翠に相談してしまいたい。 全て話してしまいたいと願う。 しかしそれは自分の終わりを意味するような気がして出来なかった。何より、囚人二日目にして管理人に泣きつくことは許されないだろう。 一度立ち上がるが、何をしていいか