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彼の助けなど、私には必要ない
彼の助けなど、私には必要ない
Penulis: 十五夜

第1話

Penulis: 十五夜
谷口翔(たにぐち しょう)にプロポーズされた日、私たちは自分たちがとある運命に翻弄される物語の中にいると知った。

彼はこの物語の主人公。つまりは、ヒロインを救うために存在するのだ。

そして私はといえば、名前すら与えられていない、ただの脇役にすぎなかった。

だが、翔は目を真っ赤にしながら、私の手を引いて役所へと向かう。勢いのまま婚姻届を出すと、周りのことなど一切気にせず、私との盛大な結婚式まで挙げた。

彼は私を強く抱きしめてこう言った。

「日和(ひより)。運命なんてくそ食らえだ。俺が信じてるのは、お前を愛してるってことだけだから」

私たちは、誰もが羨む仲の良い夫婦だった。

こうして二人で幸せに暮らし、静かに老いていくものだと信じていた。

しかし、結婚して3年目のことだった。この物語のヒロインが酒に酔ったまま逆走し、狂ったようにバイクを飛ばして、まっすぐ私に突っ込んできたのだった。

反射的にハンドルを切った私は、ガードレールに激突した。

体は血だらけで、運の悪いことに、ガラスの破片が心臓に突き刺さっていた。鼓動のたびに命を削る激痛が走る。

助手席に座っていた翔は、呆然としていたものの無傷だった。

翔はなんとか車の中から這いずり出し、倒れ込んでいる相手を見た。その瞬間、彼の顔が真っ青になる。

「莉奈!」

その名前を聞いた瞬間、私は自分の体から血の気が引いていくのが分かった。

宮本莉奈(みやもと りな)。それがこの物語のヒロインの名前だったから。

翔が口にしたその名前を聞いた私は、ハンドルに突っ伏したまま体が固まった。

凍てつく血が血管の中を巡り、血の混じった呼吸が喉から漏れる。

変形した車体の中で押しつぶされ、身動き一つとれない。

なんとか抜け出そうとしても、ほんの少し動くだけで、裂けるような痛みが全身を襲う。

視界の隅では、翔が地面に屈みながら、震える手で莉奈に怪我がないかどうかを確認していた。

そんな彼の、涙ながらに叫ぶ声が響く。

「莉奈、死ぬな!なあ、頼むから冗談だって言ってくれよ……

目を開けて。俺だよ、翔だ。絶対に助けてやるからな。お願いだから返事をしてくれ……」

私は血と涙で視界がぼやけ、前が見えなくなった。

だが、どんな体の痛みよりも、翔が莉奈の名前を呼んだあの瞬間が、一番辛かった。

喉に溜まった血が溢れ出し、口を開くたびに鮮血が溢れ出てくる。

車の外の遠のく翔の姿に向けて、声を絞り出した。

「翔……

助けて……」

しかし、彼には届かなかった。

あるいは聞こえていたが、彼にとったらどうでもよかったのかもしれない。

救急車が到着すると、医者である翔は莉奈を支えるようにして一緒に乗り込んで行き、振り返ることさえなくそのまま去っていった。

翔は忘れていた。運転席に残された私が、もっと深い怪我を負っていることを……

豪雨の中、潰れた車に放置された私に、気づいてくれる人は誰一人としていなかった。

絶望的な苦痛に襲われながらも、最後の執念が私を突き動かす。

大きく息を吐き出した。

こんな理不尽な理由で死にたくない。愛する人に捨てられたままなんて絶対に嫌だ。

残った力を振り絞り、シートの隙間に落ちた携帯に手を伸ばす。

しかし、それはかなり困難を極めた。

何度挑戦しても、指が携帯に触れるだけで持ち上げることができない。

目の前に見えているのに、その距離は果てしなく遠かった。

大雨の中でもはっきりするほどの、生臭い血の匂いが漂う。

私は歯を食いしばり、自分に喝をいれた。

「日和、ここで死ぬなんてありえないでしょ!」

最後の一回、全身全霊を込めて携帯を掴み取る。

無理な動きをしたせいで両足が軋み、取れてしまうのではないかというほどの激痛が走った。

冷や汗が吹き出し意識が遠のく中、私は震える指で救急車を呼ぶ。

「中ノ坂通り……事故……助けて……」

電話の向こうで何か言っているようだったが、もう聞き取れなかった。

出血と寒さで、言葉さえまともに喋られない。

命の灯が消えていく感覚がはっきりとわかる。

意識が途切れる寸前、走馬灯のように過去が駆け巡った。

走馬灯の最後は、赤い目をした翔が花束を持って私に歩み寄り、プロポーズしてくれた時のこと。
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