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第2話

作者: マリモ
「食べたくないなら、もういいわ。帰らせて」

汐里の口調には、苛立ちが滲んでいた。

窓の外で雷鳴が轟き、稲妻が走る。

彼女はそれを見て、鼻で笑った。その一言が、俺の胸を容赦なく抉った。

「もう雷が怖いって泣き喚いたりしないでよ」

継父から暴力を受けていた頃、俺はよく大雨の中へ放り出され、意識を失うまで雨に打たれていた。

そのせいで、俺は雷が怖くなった。

そんな俺に、汐里はいつも欠かさず寄り添い、雨の夜を一緒に過ごしてくれていた。

それなのに、俺の弱点を誰よりも知っている彼女は、腹を立てたまま、俺を玄関へと追いやった。

「熱っ!」

遠真が苦痛の声を上げたことで、俺は現実へと引き戻された。

汐里はすぐさま、彼がこぼしてしまった熱湯を拭き取り、優しい声で言った。

「火傷した?残りの料理は私が作るから、そこにいて」

その光景が、かつての俺たちと重なって見えた。

俺は振り返ることなくドアを開け、迷いなく雨の中へ飛び出した。そして、すぐにタクシーを拾った。

その晩、俺は40度近い高熱を出した。

一方、遠真のSNSには、すでにテーブルいっぱいに並べられた料理の写真が投稿されていた。

【新居には、俺専用の部屋がある。なんと主寝室より広い!誰かさんが作ってくれた引っ越し祝いも、いつもよりずっと美味しく感じる!】

でも、俺ははっきり覚えている。汐里は以前、「一生、キッチンには入らない」と誓っていた。油や煙の匂いが嫌いだからだ。

それなのに、遠真のためなら彼女はその誓いを、いとも簡単に破ってしまった。

ふと我に返った俺は、連絡先の一番下にしまい込んでいた番号を呼び出した。

「以前、ずっと居場所を残しておくとおっしゃっていましたよね。今でも、そのお約束は有効でしょうか?」

返ってきたのは、興奮したような、力強い肯定の言葉だった。

俺は解熱剤を飲み、そのまま意識が朦朧とする中で眠りについた。

翌朝、1本の電話で目を覚ました。

「颯人、誰にそんな無礼なことを教わったの?家族で食事をするって約束したでしょう。一族みんなが、あなた一人を待ってるのよ!」

俺の頭が割れそうなほど熱かった。

「俺、熱が……」

「そんな言い訳、もういいから。早く来なさい。みんなを待たせないで」

俺は重い体を引きずるようにして、如月家の本宅へ向かった。まさか、汐里の隣に遠真まで座っているとは思わなかった。

家族はそれぞれ複雑な表情を浮かべていた。中でも汐里の母親は、俺に露骨な冷たい視線を向けていた。

俺が汐里と結婚するのは金目当てじゃない。そう何度説明しても、彼女は俺のことを「ヒモ」だと言い続けた。

「昼まで寝てたくせに、ヒモじゃないって言うの?誰がそんな話を信じると思うの」

俺が全身汗だくになり、力が入らず、足を震わせていたことに、誰も気づかなかった。

そして汐里も、かつてのように俺を庇ってはくれなかった。

次々と浴びせられる非難の言葉に、俺は息苦しくなった。そこで俺は箸を置き、静かに口を開いた。

「おばさん、この結婚……やめます」

汐里の母親の表情が、凍りついた。

汐里は慌てて彼女をなだめた。

「お母さん、彼はみんなに冗談を言ってるだけよ。明後日の結婚式だって、もう準備できてるんだから」

そう言うと、彼女は俺を人目のない隅へと連れていった。

「わがままもいい加減にして。お母さんが早く孫の顔が見たいと言ってるの、知ってるでしょう?さっきみたいなこと、年上の人に言っていいと思ってるの?」

皮肉を言われるのも俺だ。責められるのも俺だ。

彼女は延々と俺を責め立て、俺の体調が悪いことなど少しも気づいていなかった。

俺が怒りを爆発させようとしたそのとき、遠真がいかにも物欲しそうな顔で俺を見つめた。

「颯人さんのお守り、すごくかっこいいよね。俺にくれないか?」

俺は無意識に拳を握りしめた。喉の奥に、鋭い棘が突き刺さったようだった。

このお守りは、汐里が俺のために何度も寺へ足を運び、祈りを捧げて手に入れてくれたものだった。

あの頃、俺の母親が継父に殴り殺された。そのとき彼女は、自分の手でこのお守りを俺の手首に結びつけ、「一生、あなたの無事を守ってあげる」と、そう言ってくれた。

俺は悔しさを押し殺しながら、彼女を見た。

「君はどう思う?」

彼女は何も言わなかった。けれど、その目に浮かんだ迷いが、すべてを物語っていた。今の彼女が守りたいと思っている相手は、もう別にいるのだ。

「分かった。やるさ」

あまりにもあっさりとした俺の返事に、汐里は驚いたように俺を見つめた。

でも俺はもう、お守りを外していた。そして、それを遠真の手に無造作に押しつけた。

7年も続いたこの恋を捨てるんだ。こんなお守り一つ、今さら惜しむ理由なんてない。

如月家を出た俺は、正式な入社の誘いを受け取ると、すぐにこの町を離れるための航空券を予約した。

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