Mag-log in死の淵をさまようほどの難産を乗り越え、程若魚(てい じゃくぎょ)はついに我が子である皇子を産み落とした。 意識を取り戻して最初に耳にしたのは、枕元に付き添っていた侍女、采月(さいげつ)の涙ながらの訴えだった。 「妃様……皇子様は陛下がお連れになりました。これからは長秋宮で、皇后様がお育てになると……」 その言葉を聞いても、若魚は表情を微塵も変えなかった。寝台に身を横たえたまま、「そう」とだけ呟き、静かに頷いた。 采月をはじめ、周囲に控えていた侍女たちが一斉に平伏した。誰もが両目を赤く腫らし、震える声で若魚に訴えかけた。 「妃様……どうか何か仰ってくださいませ。私たち、この命を懸けてでも長秋宮から皇子様を奪い返してまいります!」 「その必要はないわ」 若魚の声は、凍てつく冬の湖面のように、どこまでも静かだった。 「……もう、いらないわ」 耳を疑うような言葉に、采月が弾かれたように顔を上げる。 「ですが、あの御子は、妃様が十月十日もの間お腹に宿し、命と引き換えにしてまで産み落とされた大切な御子ではございませんか!」 「陛下のお心のままに。陛下があの子を皇后様の御子とお定めになったのであれば、それがすべての答えなのよ」
view more歳月は静かに、そして足早に過ぎ去っていった。かつての幼い太子の念魚は、すでに成人し、文武両道に秀で、情け深く聡明な人物として、朝廷での声望を日に日に高めていた。一方、玄舟は、目に見える速さで老いていった。長年の憂いと悔恨、そして過度の働きが、とうに彼の身体を蝕み尽くしていた。まだ五十にも満たぬというのに、鬢はすっかり白くなり、顔はやつれ、たびたび咳が止まらなくなり、ときには血の混じった痰を吐くこともあった。太医たちも手の施しようがなく、ただ長年の心労が祟ったものだと言うばかりで、どんな薬も効かなかった。再び、寒い冬が訪れた。玄舟は病に倒れた。今度ばかりは病状が重く、ほとんど寝台から起き上がることもできなかった。彼は悟っていた。自分の命の終わりが、近づいていることを。恐れは、少しもなかった。むしろ、まもなく訪れる解放のような、不思議な平穏があった。彼は、すでに太子となっていた念魚を病床に呼び寄せ、最後の言葉を託した。「念魚……」その声は、ほとんど聞き取れないほど弱々しかった。「朕が……逝ったのちは……陵墓を大がかりに造ってはならぬ。民に重い負担を強いるような真似はするな」彼は一拍置き、息をついてから、苦しげに続けた。「朕を……火葬にせよ。遺骨は砕いて……名山や大河、見知らぬ野に……撒くがいい」念魚はそれを聞き、勢いよく顔を上げた。瞳には驚愕と悲痛が満ちていた。「父皇!なりません!父皇は天下を治める帝にあられます。どうしてそのような……」「最後まで聞け!」玄舟は力を振り絞ってその言葉を遮った。瞳には、有無を言わせぬ決意が宿っていた。「朕には……あの人と……同じ墓に入る資格などない。あの人の……眠りを、乱す資格も、ない。あの人には……山河の間で、自由に……安らかに、いてもらうがいい」念魚は、父皇の瞳に宿る底知れぬ苦しみと後悔を見つめ、「あの人」が誰を指すのか悟った。たちまち声を詰まらせ、ただ深く額を打ちつけるしかなかった。玄舟は震える手を伸ばし、枕元から、とうに色褪せ、縁がすり切れたあの守り袋を取り出し、手のひらに固く握りしめた。そして息子を見つめ、最後の力を振り絞り、一語一語、はっきりと告げた。「もうひとつ……遺言として残す詔がある。新帝は……即位ののち、いかなる理由があろうとも……
若魚は去った。新しい戸籍文書と、一生不自由なく暮らせるほどの手形だけを手に、宮壁の外へと完全に姿を消し、玄舟の人生からも、完全に消え去った。乾元殿は、華やかな墓所も同然となった。玄舟は、本当の意味で孤独な男となった。まるで別人になったようでもあり、また、以前の勤勉な帝王に戻ったようでもあった。ただ、以前よりもさらに寡黙になり、さらに冷たくなっていた。彼は毎日、夜も明けきらぬうちに起き出して朝議に臨み、深夜まで上奏文に目を通し続けた。あらゆることを自らの手で処理し、国をよく治め、天下は太平となり、国力は日に日に増していった。朝臣たちは彼を畏れ敬い、民は彼を慕った。だが、彼の顔に、笑みが浮かぶことは、二度となかった。その深い瞳は、まるで涸れ井戸のように、底が見えず、何の波も立たなかった。彼は二度と後宮に足を踏み入れることはなく、新たな妃を娶る話も、口にすることはなかった。長楽宮は完全に封鎖され、若魚が去ったときのままの姿を保っていた。日々、専任の者が掃除に当たったが、それ以外の者が中へ入ることは許されなかった。彼の寝所には、一枚の掛け軸が掛けられていた。それは、宮廷画師が描いた、皇后の礼服をまとった、気品ある若魚の姿ではなかった。彼自身が、記憶だけを頼りに、自らの手で描いた一枚の絵だった。絵の中の女は、簡素な粗末な布の衣をまとい、木の簪で髪をまとめ、満開に咲き誇る桃の木の下に立ち、振り返りながら、淡く微笑んでいた。その瞳は澄み、まだ世の憂いを知らぬ者だけが持つ、かすかな恥じらいと、みずみずしい生き生きとした光を宿していた。それは、彼の記憶の中でもっとも初めに出会った、あの書斎で静かに掃除をしていた年若い宮女の姿だった。そして、彼の生涯でただ一人、真に愛し、しかし自らの手で失ってしまった、若魚の姿でもあった。彼はしばしば、政務を終えた深夜、ただ一人、その絵の前に立ち尽くした。一晩じゅう、そうしていることも珍しくなかった。指先で、そっと絵の中の頬を撫で、その眼差しは優しく、それでいて苦しげで、誰にも理解されない懺悔と想いを、静かにつぶやき続けた。彼は持てる力のすべてを、太子の念魚の教育に注いだ。自ら手ほどきをし、国を治める道を教え、きわめて厳しく、ほとんど非情なまでの要求を課した。だが、書を
若魚はその場に立ち尽くし、目の前に差し出された戸籍文書と手形を見つめ、それから、背を向け、肩をかすかに震わせるその男を見つめた。長い間、身動きひとつしなかった。風が額にかかる後れ毛を吹き上げ、なめらかな額と、あまりにも静かなその瞳を露わにした。彼女の胸の内では、途方もない波が逆巻いていた。自由?これほど長く渇望し、あがき続け、命を懸けてまで求めたはずの自由が、今、こんなにもあっさりと、目の前に差し出されている?玄舟が……本当に、自分を手放す気になったというのか?これほどまでに、自ら退路を断つような形で?彼女は、無理やり平静を装いながらも、その背中からさえ深い悲しみが滲み出ている姿を見つめた。頭の中に、いくつもの光景が、抑えようもなく次々と浮かんでは消えていった。刃から彼女を庇い、飛び込んできたときの、あの決然とした眼差し。高熱にうかされながら、繰り返しつぶやいていたあの懺悔とうわ言。傷ついた身体で、寒風の中に頑なに立ち尽くしていたあの姿。虎符と玉璽を彼女の前に置き、「この広い天下でさえ、そなたの笑顔ひとつにも及ばぬ」と言った、あの狂気じみた言葉。そして今、戸籍文書を差し出すその震える手と、堪えきれずに漏れる嗚咽。恨んでいるだろうか?もちろん、恨んでいる。その骨の髄まで刻まれた恨みは、とうに血肉の一部となり、消し去ることなどできない。だが、彼女のために、ほとんどすべてを捨て、玉座にありながら自らを追い詰め、憔悴しきり、今こうして自分を自由にしようとしているこの男を見つめていると、その恨みの中にも、彼女自身にも判然としない、複雑な何かが、確かに混じり込んでいるようだった。彼女は、長い間、沈黙していた。夕陽がほとんど地平線に沈みきり、空の端に、最後の切ないほど鮮やかな残照だけが残るまで。やがて、彼女はゆっくりと手を伸ばし、その戸籍文書と手形を受け取った。指先から、冷たい感触が伝わってきた。玄舟は、彼女がそれを受け取ったのを感じ取り、身体を勢いよく強張らせた。欄干を掴む手に、さらに力がこもり、手の甲に青筋が浮かび上がった。彼は下唇を固く噛みしめ、ようやく、堪えきれずに振り返るのを、辛うじて踏みとどまった。若魚は戸籍文書と手形を丁寧に懐へしまい込んだ。それから顔を上げ、激しく震えるその
若魚は書物を閉じ、目を上げて彼を見た。その眼差しには、かすかな問いかけの色が浮かんでいた。玄舟は身を起こそうともがき、その拍子に腹の傷が引きつれ、眉間にわずかに皺が寄った。額には細かな冷や汗が滲んだ。それでも彼は無理を押し、宦官に支えられながら、重い黒の外套を羽織った。「輿はいらない。朕は……歩きたい」宦官の手を振り払い、彼はおぼつかない足取りながらも、自分の力だけで一歩一歩、皇宮でもっとも高い楼台、観星台へと向かって歩いていった。若魚は数歩離れた後ろから、黙ってついていった。目に見えて痩せ、痛みのために前かがみになりがちなその背中が、秋風の中で異様に薄く、寂しげに映る。その道のりを、彼はゆっくりと、苦労しながら歩いた。時折立ち止まっては、しばし息を整えなければならなかった。だが彼は振り返ることも、急かすこともなかった。ようやく、二人は観星台に登り着いた。そこは皇宮全体を見渡せるもっとも高い場所で、幾重にも連なる宮殿の屋根から、さらに遠くには、宮壁の外に広がる自由な世界を思わせる、ぼんやりとした民家や遠い山並みまで見渡すことができた。秋風が吹きすさび、二人の衣の裾を翻す。玄舟は冷たい欄干に手をかけ、遠くを見つめたまま、長い間、何も言わなかった。その視線は、幾重にも連なる宮殿の彼方を通り抜け、はるか遠くの虚空を彷徨っているようだった。若魚は彼の傍らに立ち、その視線をたどってみたが、見えるのは夕陽に金と紅に染まった雲と、宮壁の外にかすかに見える、葉の落ちた枯れ木の枝だけだった。「若魚」玄舟が不意に口を開いた。声は風にさらわれて、どこか散り散りになっていた。それでいて、奇妙なほど優しく、どこか吹っ切れたような響きがあった。「あちらを見てくれ」彼は手を上げ、宮壁の外のある方角を指し示した。「宮の外の桃の花は……春になれば、また咲くのだろうな」若魚は、わずかに戸惑った。だが彼女は何も言わず、ただ静かに彼を見つめていた。玄舟も、彼女の返事を求めているわけではないようだった。彼は手を下ろし、外套の内側から、ゆっくりと二つのものを取り出した。ひとつは、官府の印が押された、真新しい戸籍文書。もうひとつは、各地で銀に換えられる、多額の手形の束だった。彼はその二つを、若魚の前に差し出した。手が