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Author: Lady-Noir
last update publish date: 2026-08-10 06:24:31

第5章

カイルが凍りついたまま反応するのを待つことなく、ラヴェルは屋敷の大きな両開きの扉の取っ手を回した。背筋を真っすぐに伸ばしたまま外へ出ると、扉を力強く閉める。その音が屋敷中に響き渡った。

「ラヴェル! 待て!」

ようやく一家の主としての自尊心を取り戻したカイルが、彼女の背中に向かって叫んだ。

この十年間、一度も見せたことのないラヴェルの冷たい反抗によって、彼の優越感は大きく揺さぶられていた。

カイルが彼女を追いかけようとした、そのときだった。きらめくネイルを施した細い手が、彼の手首を掴んだ。

「行かせてあげて、あなた」

ジェシカが、わざと絹のように柔らかな声で囁いた。

「たぶん、まだ頭痛が治っていないから神経質になっているだけよ。今日の気分を台無しにさせないで」

「そうよ、パパ! あの女なんて放っておけばいいわ!」

カリスタも同調し、床を踏み鳴らした。

「私とジェシカママを叱るなんて、あの女ったら生意気よ! 友達に会いに行かせればいいじゃない!」

何よりも甘やかしている二人からそう言われ、カイルは足を止めた。

彼は顎を固く引き締め、固く閉ざされた扉を睨みつけた。

胸の片隅に、奇妙な不安がちらついた。

何か重大なものを、自分は今まさに失ったのではないか――そんな原始的な本能が告げていた。

しかし、カイルはそれを傲慢にも無視することを選んだ。

「そうだな。行かせておけばいい」

カイルは冷たく呟き、もう妻のことなど気にしないと決めた。

一方、ラヴェルは屋敷の中にいる虫けらどものことを考えて、自分の貴重な時間を無駄にするつもりなどなかった。

高級住宅街を出た瞬間、ラヴェルはタクシーを拾い、この国で最も権威のある私立医療センター、ジンズ・インターナショナル病院へ向かった。そこは、世界でも最先端の毒物学研究施設を有することで知られている。

道中、ラヴェルはエルメスのバッグを固く握り締めていた。

その中には、ソラヤが用意したジャスミン茶の入った無菌サンプルボトルが入っている。

もはや、ただの証拠ではない。

これは、偽りの結婚という仮面を打ち砕くために、彼女が最初に使う弾丸だった。

病院に到着すると、ラヴェルはVIPロビーを通り抜け、そのまま最上階へ向かった。そこは専門研究室と幹部専用オフィスだけが設けられた、一般人立入禁止の区域だった。

廊下には、黒いスーツを身にまとった屈強な男たちが何人も警備に立っていた。

「申し訳ありません、奥様。この区域へ入るには予約と最高レベルの許可が必要で……」

厚いガラス扉の前で、研究助手の一人がラヴェルを呼び止めた。

しかし、ラヴェルは一歩たりとも引かなかった。

顎を上げ、十年間抑え込んでいた貴族的な気品を全身から放った。

「あなたたちの所長に伝えて。ラヴェル・カレスト・ブランソンが会いに来たと」

助手は、ブランソンという姓を聞いた瞬間、明らかに動揺した。

それは、国の経済の三分の一を支配する巨大コングロマリットの頂点に君臨する一族の名だった。

助手は一秒も無駄にせず、すぐにインターホンへ手を伸ばした。

しかし、彼が口を開くより先に、背後の自動ガラス扉が突然開いた。

長身で、鍛え上げられた体格の男が姿を現した。

白衣を着ているにもかかわらず、その服装では隠しきれない支配者としての威圧感と、圧倒的なカリスマを漂わせている。

鋭い顎のライン。

そして、鷹のように鋭い瞳。

だが、その視線がラヴェルを捉えた瞬間、目に宿っていた威圧感がすべて消え去った。

彼はエルラン・エル・サルバドール・ジンズ。

親しい者たちからは「エル」と呼ばれている男だった。

ドイツで教育を受けた天才医師として知られるだけでなく、複数の大陸にまたがる病院ネットワークを独占する医療大手、ジンズ・グループのCEOでもある。

そして何より、エルランはラヴェルの幼馴染であり、十年前、彼女がブランソン家を捨ててカイル・スティーブンスを選ぶという決断に激しく反対した男だった。

「ラヴェル? 本当に君なのか?」

エルランの低い声には驚きが滲んでいた。しかし、その瞳には抑え込まれた感情が浮かんでいた。

ラヴェルは旧友を見つめた。

かつて言い争ってばかりいた少年が、今では医療業界で最も影響力のある人物の一人へと変貌していることに、少し驚きを覚えた。

「エル……久しぶりね」

ラヴェルの青白い顔と、目の下に浮かぶかすかな疲労の影を見た瞬間、エルランの笑顔がゆっくりと消えた。

代わりに、深い心配がその表情を覆う。

彼は助手に退室するよう合図し、ラヴェルを自分専用の防音オフィスへ案内した。

「何があった、ヴェル?」

エルランは時間を無駄にせず、単刀直入に尋ねた。その声には絶対的な庇護欲が込められていた。

「君はあのスティーブンスのクズのために十年間も姿を消した。それなのに、突然俺の研究所に現れたと思ったら、こんなに痩せ細って……」

ラヴェルは泣かなかった。

バッグをエルランのマホガニー製のデスクに置き、中から茶色がかった液体の入った無菌サンプルボトルを取り出し、彼の前へ押し出した。

「あなたの私設研究所の力を借りたいの、エル。このお茶に何が含まれているのか調べて」

ラヴェルの瞳は氷のように冷たく光っていた。

エルランは眉をひそめ、ボトルを見つめてから、再びラヴェルへ視線を戻した。

「これは何だ、ヴェル? あのクズが……」

「何年も前から、私に少しずつ毒を盛っていたの」

ラヴェルが遮った。

その声は驚くほど穏やかだった。

それがかえって、この状況を恐ろしいものにしていた。

「家政婦長も、夫も、夫の秘書も……みんなグルよ。法廷で証拠として認められる正式な分析報告書が必要なの。逃げ道を一つも残さず、あの人たちを叩き潰すために。どれくらいかかる?」

「毒を盛っていた」という言葉を聞いた瞬間、エルランの顎が強く引き締まり、首筋の血管が浮き上がった。

胸の内では凄まじい怒りが轟いていた。

それでも、ラヴェルのために理性を保とうとした。

彼はボトルを手に取り、壁の時計へ目を向けた。

「慢性的に摂取された化学物質の場合、裁判で正式な証拠として使える状態にするには、何段階もの抽出処理が必要になる。俺が直接、私設の内部研究室で分析を監督する」

エルランは断固とした口調で続けた。

「結果は今夜八時ちょうどに出す。ここにいてもいい、ヴェル。ここなら安全だ」

ラヴェルはゆっくりと首を横に振った。

「いいえ、エル。私はあの屋敷に戻らなければならない」

心の中では、こう考えていた。

『今夜、カイルは十回目の結婚記念日を祝うディナーを開く。私がまだ彼の支配下にあると、あの男に信じさせ続けるためにも、そこにいなければならない』

エルランは心配そうに、不満げな視線をラヴェルへ向けた。

しかし、彼女の瞳に宿る知性と鋼のような決意――本物のブランソン家の人間だけが持つ眼差しを見たことで、ついに折れた。

「分かった。だが、これを持っていけ」

エルランはデスクの引き出しを開け、シンプルでありながら洗練されたスマートウォッチを取り出した。

そして、自らラヴェルの左手首に装着した。

「これはジンズ・グループの警備衛星ネットワークに直接接続されている。もし緊急事態が起きたら、側面のボタンを三秒間押せ。俺の警備チームなら、五回も息をする間にスティーブンス邸を叩き壊してでも君を助け出す」

ラヴェルの胸に、久しぶりの温もりが流れ込んだ。

彼女は心から微笑んだ。

それは、本当に久しぶりに見せた心からの笑顔だった。

「ありがとう、エル」

「今夜八時ちょうどに連絡する」

エルランはそう約束し、ラヴェルの瞳をまっすぐ見つめた。

ラヴェルは振り返り、部屋を出ていった。

エルランは腕を組み、ドア口に立ったまま、VIPエレベーターの扉の向こうへゆっくりと消えていく彼女の凛とした後ろ姿を見つめていた。

ラヴェルの姿が完全に見えなくなると、エルランは深く息を吐いた。

その固い唇の端に、冷たくも意味深な笑みが浮かんだ。

「君の祖父から、三日後にブランソン邸へ戻ると聞かされたときから……」

エルランは静かな廊下へ向かって呟いた。

その瞳には、十年間抑え続けてきた執着と庇護欲が、強く輝いていた。

「……俺はすぐにヨーロッパで予定していたシンポジウムをすべてキャンセルして、一晩でこの国へ戻ってきたんだ、ヴェル」

エルランは白衣のポケットの中で拳を握り締めた。

「十年前、君があの男のために自分の翼を折ることを、俺は君の選択だからと尊重した。だが今、君が再び鷲になることを決めたのなら……」

エルランはそこで言葉を止め、手にした毒の入ったボトルへ視線を落とした。

「……君が望むなら、スティーブンス・コーポレーションを潰すのを手伝うだけじゃない、ヴェル。今度こそ、どんな男にも君を俺のもとから奪わせない」

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