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御曹司の愛は、離婚後に始まった
御曹司の愛は、離婚後に始まった
Penulis: 黒川 種子

第1話

Penulis: 黒川 種子
藤川瑛司(ふじかわ えいじ)と結婚して四年になる。唐沢天音(からさわ あまね)は燃えるように瑛司を愛していたが、彼はいつも淡々としていた。

周囲では、唐沢家のお嬢様は一生、瑛司から離れられないだろうと囁かれている。

天音自身も、そう信じていた。

ある日、天音は、瑛司と二人で支援している少年を連れて食事に出かけた。そこで、瑛司の友人たちの会話が耳に入った。

「瑛司、そういうことか。天音にあの子を支援させてたのも、水野晴加(みずの はるか)の息子だったからか。晴加って、昔お前を振って別の男と結婚して、子どもまで産んだ女だろ?よくそれで恨みもなく、一途だな、お前は」

「何を恨むんだよ。あの女は瑛司にとって唯一の例外なんだよ」

「あんな取り柄のない天音が瑛司に釣り合わないだろ。実母を亡くしたばかりだというのに、父親は妊娠中の女を後妻として迎えた。それからは、後妻とその子どもばかりを可愛がっていたんだ。瑛司がなんとかしてやらなきゃ、天音が今の暮らしを送れるわけないだろ?」

「それでも、いざ離婚となったら天音は絶対に応じない。あれだけ瑛司に惚れてるんだ、死んでも別れないだろ」

瑛司は上座に座り、指先に煙草を挟んでいた。ゆらめく煙の向こうには、周囲から一歩引いたような気だるさがにじんでいる。

彼はぼんやりと窓の外を眺めており、その言葉を聞いても口元に薄い嘲笑を浮かべただけで、何も言わなかった。

黒いスーツはシャープなシルエットに仕立てられ、肩幅の広さと引き締まった腰を際立たせている。シャツの襟元は少し緩み、堅苦しさが和らぐ一方で、どこか無造作な強さが漂っている。彫りの深い顔立ち、鋭い顎の線、薄い唇。そこに座っているだけで、権力者特有の距離感と、全てを支配しているかのような空気をまとっている。

個室の外で、天音はドアノブを痛いほど握りしめ、隙間から中を覗き込んでいる。白い手の甲には青い筋が浮かんでいる。

世界が突然崩れ落ちたようで、頭の中は真っ白になった。

信じている愛が壊れると、こんなにも息苦しくなるのか。

胸の奥を深くえぐられたようで、骨の髄まで痛みが走った。

水野晴加。

天音が連れてきた少年の母親。

右脚は膝から下を失い、子どもを一人で育てながら働いている。

一年前、天音と瑛司は晴加の息子・水野靖紀(みずの やすのり)を支援することにした。靖紀は感情をうまく読み取れない障害を抱えた天才少年である。

二人はもともと人里離れた地方で暮らしていた。瑛司は、A市のほうが教育も医療も充実しているからと、靖紀をこちらの学校に通わせることを提案した。

天音は学校や住まいを探し、二人が落ち着いて暮らせるよう、あちこち駆け回った。

思い出を一つたどるたびに、自分がどれほど愚かで惨めだったのかを思い知らされた。

子どもが欲しいと口にするたび、瑛司は「まだ急ぐ必要はない」と話をそらした。今になって思えば、あれはただ自分との子どもを望んでいないという意思表示だった。

晴加が義足を新調する話が出ると、瑛司はすぐに手配を買って出た。天音の負担を減らそうとしたわけではなく、晴加を気遣ってのことだった。

天音と結婚したのも、晴加への当てつけにすぎなかった。

自分の存在そのものが笑い話になったような気がした。

天音はドアを押し開けて、部屋の中へ入った。

いつもなら華やかな笑顔を浮かべている天音が、うつむいたまま影の中に立っている。彼女の周りだけ、空気が冷え切ったように静まり返っている。

個室にいた者たちが一斉に顔を上げ、天音へ視線を向けた。

その視線には驚きや動揺、戸惑いも混じっている。だが、それ以上に目立ったのは、無関心や冷淡さ、さらには嫌悪である。

ただ一人、瑛司だけは平然としたまま、天音を一瞥した。

天音は彼の目を見つめ、その瞳からわずかな動揺でも読み取ろうとした。

だが、何も見つからなかった。

浮気を知られたところで、彼は天音が自分のもとを去るなどありえないと思い込んでいるようだ。

この場に、天音の味方をしてくれる人間は一人もいない。

天音は最初から瑛司の世界に馴染めていない。

瑛司の周りには、実業界の有力者や各分野で名を知られた天才たちが集まっている。何の取り柄もなく遊んでばかりの天音には、彼らと共有できる話題など何一つなかった。

彼らからすれば、天音がそばにいるだけで自分たちの格まで落ちる。歓迎されるはずもない。

いつもの天音なら、テーブルをひっくり返して暴れ回り、街中に聞こえるほどの騒ぎを起こしたはずだ。

だが、天音は怒りを爆発させなかった。いつもより冷静だった。

そしてようやく、瑛司から何度も言われてきた言葉の意味を理解した。

天音、少しは大人になれ。いつも感情に振り回されるな、と。

「天音さん、来てたんだね。座ってよ」

そのとき、晴加がまた料理を運んできた。

彼女は、砕いた氷の上に刺身を盛り付けた大きなガラス皿を、両腕で抱えている。重みに耐えるように手首を下げ、唇を固く引き結んでいる。

気を利かせた者がすぐ立ち上がって手伝った。晴加は促されるまま、瑛司の隣にある空席へ腰を下ろした。

天音は、まるで部外者のように一人で立っている。

「晴加さん、そんなきつい仕事までしなくていいだろ。瑛司が金を出してるんだから」

「この仕事、気に入ってるんです。自分で働いて稼げるし、別につらいとは思っていません……」

そこへ店員が、何段にも重なった大きなケーキをカートに乗せて運んできた。天音が自ら手作りしたケーキだ。

この一か月、天音は朝から晩まで公演の稽古をし、準備に追われていた。それでも食事の時間を削り、パティシエのもとへ通ってケーキ作りを教わった。

すべては、結婚四周年を祝うためだ。

そのケーキの中には、指輪を一つ忍ばせている。

瑛司は長いこと指輪をしていなかった。「うっかり無くした」と言う彼のために、天音はわざわざ海外まで足を運び、当時指輪をデザインした職人を探し出して、まったく同じものを作ってもらった。

「瑛司、お前、晴加さんのためにケーキまで用意したのか?」

皆が笑顔で晴加を見つめた。

「晴加さん、おかえり!」

天音は瑛司を見た。彼は皆と一緒にグラスを掲げており、そのケーキがどこから運ばれてきたものかなど気にも留めていない様子だ。

最初の一切れが晴加に渡された。

切り分けられたケーキの断面から指輪が半分ほど覗き、きらりと光った。晴加は目を見開いて、ケーキの中から現れた指輪を見つめる。

「これは……」

会場が一気に沸き立った。

「指輪だ!プロポーズか?」

「いいじゃん、付き合っちゃえよ!」

「キスしろよ!」

次の瞬間、ドンッという大きな音が響き、ケーキが床に崩れ落ちた。

先ほどまでの華やいだ空気は消え、個室は一瞬にして騒然となった。

「天音!何してるんだ!正気かよ!」

誰もが怒りを隠そうともせず、天音を睨みつけた。

皆が唖然と見つめる中、天音は左手の薬指から結婚指輪を外し、ケーキの山へ放り込んだ。

四年間つけていた指輪の跡が指にくっきり残っている。

いつ消えるかはわからない。それでも、指輪さえなくなれば、この跡もいつかは消える。

「瑛司、結婚記念日なんてもう祝わなくていい。離婚しよう」

薬指にぽっかりと空いた感覚が、ひどく寂しい。喉がからからに乾いているように感じる。

皆はまたいつもの癇癪だという顔をしている。

天音は以前にも何度か離婚を口にしていたが、いつも最後は自分から瑛司のもとへ戻ってきた。今回もまた同じだろうと、誰も本気にしていない。

「言ったことはちゃんと守れ」彼の声は軽く、平然としている。

「明日になって、やっぱり無理だなんて後悔するなよ」

「安心して。二度とそんなことしないから」

瑛司を含め、誰も気づいていなかった。天音が今度こそ本気だとは。

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