ログイン高層ビルが立ち並び、忙しなく人々が行きかう街中を縫うように煌が歩いている。皺ひとつないスーツに身を包み、颯爽と歩く姿は道行く人の目を奪ってくる。
煌は高層マンションの前で足を止め、顔を見上げてマンションを眺めながら口元を緩めた。「……長かった」 ぽつりと呟き、中へ入って行った。「あ、煌くんおかえり!」 「ただいま」 玄関を開けると、結花が飛びついてくる。「ほら、結花、煌は疲れてるんだから離れなさい」 その後から柚が駆けてくる。不満そうな結花を離すと「おかえり」と優しい声がかかる。この瞬間が何よりも幸せを感じられる。「疲れたでしょ?ご飯できるわよ」 「ああ」 ネクタイを解きながら、柚の背中を眺めていた。「ん?どうしたの?」と怪訝な顔をした柚が顔を覗かせてくる。警戒心の全くない様子に、少しだけイラつく。 出来る事ならこのまま押し倒して、自分のものにしてしまいたい。息が出来ないほどキスをして、貪るように身体を重ねたい。 そんな衝動をグッと堪え、笑顔を作りなおした。「こうしてると本当の夫婦みたいだな」 「え!?」 耳元で囁くと、顔を赤らめて分かり易く動揺している。(それでいい) そうして俺を男だと認識していけばいい。ここには邪魔者はいないのだから……(早く俺に堕ちてこい) 欲望が渇欲となって襲ってくる。こんな醜くて恣意的な感情は柚に知られないようにしなければならない。 柚の頭を優しく撫でると、逃げるようにキッチンへと行ってしまった。「逃げられたか」 クスッと微笑みながら、自分の部屋に入り素早く着替えを済ませ、リビングへと向かった。リビングに入ると、すぐにいい匂いが鼻に匂ってくる。 テーブルには温かい料理が用意されいて、結花も箸を並べたりと柚の手伝いをしいつもより少し早い出勤の煌は「行ってらっしゃい」と、柚と結花に送り出されて家を出た。 マンションを出た所で、空を見上げながら口角を吊り上げた。 ここ最近の柚の態度が明らかに変化したからだ。 俺の事を兄として慕っていたが、その兄が実は自分の事を想っているのを知ったんだ。少しぐらいは反応してもらわなければ困る。 今までは体を密着させても顔色一つ変えなかったのに、今では少し手が触れただけで顔を真っ赤にして意識してくれている。それが、堪らなく可愛くてもっといじめたくなる。 ──もっと俺の知らない柚を見たい。 男として認識されれば、後はこっちのもの。 ほくそ笑みながら会社へと向かって足を進めていると、一人の老人が苦しそうに蹲っているのが見えた。 「どうしました!?大丈夫ですか!?」 慌てて駆け寄り声をかけるが、呼吸が荒く声すらも出せないような状態だった。 (まずいな) 煌はすかさずスマホを手に取ると、救急車を呼ぼうとボタンを押した。 「どうしました!?」 電話を掛けていると、駆けつけてくる人影が見えた。 「僕は医者です!」 そういう男の顔を、煌は知っていた。だが、今はそんな事より人命救助が先だ。 慌ただしく動いていると、いつの間にか辺りは人集りになり、老人の家族だという人もやってきた。 奏の処置が良かったのか、すぐに容態は安定したが、大事をとって救急車で病院へと搬送されて行った。 「本当にありがとうございます」 妻だと言う人に何度も何度も頭を下げられたが、当然の事をしたまでだと伝えておいた。 救急車を見送り、辺りも落ち着きを取り戻したのを見計らってから奏に向き合った。
「ごめん、ちょっとトイレ!」 「あ、おい!」 結花を煌に任せて、奏の姿が見えた当たりまで来ると、その姿を探した。だが、奏の姿は見当たらなかった。(見間違い……よね) いくらなんでも他人の空似だと思うが、何故か胸騒ぎが収まらない。「どうした!?」 私の様子を気にした煌と結花も慌ててやってきた。「ううん。なんでもない」 「すまん……俺の気が焦ったせいでお前を戸惑わせた」 煌は自分の告白のせいで逃げ出したと思っているようだった。「いや、本当に何でもないの!知り合いに似ている人が居たから……」 「知り合い?」 その言葉を聞いて、煌の眉間に皺が寄った。「あ、でも気のせいだったみたい。こんなところにいるはずないし……」 煌の目が光る中、気まずそうに目を逸らしながらそう伝えた。(誰とは口にしていないが、コイツがここまで気にする人物は一人しかいない) まさかと思いながらも、煌も辺りを見渡し奏の姿を探してみるがその姿を捉えることは出来なかった。ホッと安堵すると、柚と結花の手を取った。「よしっ、あっちに観覧車があるんだ。乗らないか?」 「乗る!」 「え、ちょっと待って!」 結花と煌に引っ張られるように手を引かれて行った。 その後は、奏の事なんて忘れるほど楽しい一日を過ごした。結花もずっと笑顔で、とても楽しそうだった。帰りは案の定、煌の背中で規則正しい寝息を立てていた。「結花も随分重くなったな」 「ごめんね。代わる?」 「いや、そういう事で言ったんじゃない。子供の成長は早いんだなと実感していた所だ」 「そうね。あっという間に私の元からも離れて行っちゃうわよ」 そうなったら、私は本当に一人きりになってしまう。寂しくないと言えば嘘になるが……「俺がいる」
次の日、煌は約束通り、私と結花を連れて大きなショッピングモールへやって来ていた。 沢山の店舗が入っていて、見ているだけでも楽しい。結花も目を輝かかせて、どの店から回ろうか吟味している様だった。 「ねぇ!こっちこっち!」 「こら、走るんじゃない」 煌に注意されても、気にせず一人で先に行ってしまう。 「まったくアイツは……」 「ふふふ、それだけ楽しいのよ」 ブツブツ文句は言うが、しっかり迷子にならないように目を光らせている煌を見て、思わず笑えてしまった。 「ママ!アイス食べたい!」 そう言いながら目の前の店を指さしていた。しっかりしているように見えても、こういう所は子供らしいと少しほっとしながら結花の元へ急いだ。 「お嬢ちゃん、今日はパパとママとお出かけ?」 「うん!」 「え!?」 私達の姿を見た店員の女の子が笑顔で声をかけたかと思えば、結花は満面の笑みで返事を返していた。その姿に思わず声がでた。 傍から見ればこの構成は家族のように見えておかしくないが、本来の関係性はまったく違う。 (ここで変に否定するのものな……) 変な疑惑を持たれそうだし……かといって否定しないのもどうなの?と必死に頭を巡らせていると、煌が肩を抱いてきた。 「良かったな結花。お姉さんに礼を言いなさい」 「うん。ありがとう!」 「いいえ。こちらこそありがとうございました」 結花は二つ乗ったアイスクリームを落とさないように持つと、嬉しそうにベンチに腰かけて食べ始めた。 「あんなに頬張っちゃって」 少し離れたところから微笑みながら呟いた。 「なあ」
柚と煌が仕事から帰ってきたのは、時計の針が18時を少し過ぎた頃だった。 「遅くなってごめん!」 「おかえりなさい。全然大丈夫だよ」 柚が飛び込むようにしてリビングに入ると、歪な形をしたおにぎりと、インスタの味噌汁が器に注がれていた。 「これ、結花が?」 「う、うん。火が使えないから……これしか出来なかったけど……」 顔を俯かせ、照れながらも申し訳なさそうにしている結花を見て、柚は力一杯に抱きしめた。 「ありがと~!すっごい嬉しい!」 「へぇ?これ全部結花が?大したものじゃないか」 「へ、へへへへ」 柚と煌に褒められて、子供らしい笑顔で喜んだ。 「「いただきます」」 三人で食卓を囲みながら、他愛のない話をしながら結花の作ってくれたおにぎりを頬張る。この何気ない日常がいつまでも続くことを祈って…… 「結花は何してたの?」 「え?」 「友達もいないしつまらなかったでしょ?」 「ううん。あのね──」 そこまで口が開いたところでハッとした。 『僕と会ったのは秘密』 先生と会ったことは内緒だった。と 「結花?」 急に黙ってしまった結花を心配して声をかけると「なんでもない」と元気な応えが返ってきた。 本当は言いたくて仕方ない。けど、約束は約束だと言いたい気持ちをグッと堪えて、笑顔で誤魔化した。 柚自身も、何か隠している雰囲気は読み取ったが、結花が話したくないと言っている事を無理強いするは良くないと思い、その場は黙っている事にした。 「そうだ。明日は休みだから何処か出掛けないか?」 「え!いいの!?
「行ってくるわね」 「いってらっしゃい」 結花は玄関で柚と煌に手を振って送り出した。 結花の学校開始まではまだ時間があるので、しばらくの間は一人で留守番だ。一人で家にいることは慣れているが、知らない土地というだけで不安はある。 幼い頃から母である柚の手伝いをしてきたので、六歳ながらに一通りの家事は出来る。火を使う事は出来ないし、大人のように力も身長もないので手間取ることは多いが、少しでも母の力になりたいと小さいながらに頑張って来た。「次は、洗濯物ね」 洗い立ての洗濯物を洗濯機の中から取り出した。「んしょッ!」 大きな掛け声をかけながら、重たい洗濯物の山をベランダへ運び入れると、一枚一枚丁寧に干していった。「あ!」 最後の一枚とところで、タオルが風に乗って飛んで行ってしまった。飛んで行った方向を見ると、一階の植木に引っかかっているのが見えた。「やっちゃった……ん?あれ?」 下を覗くと、一人の人影が見えた。キョロキョロと辺りを見渡して不審な様子だが、ここは9階。顔までは把握できない。「困ったな……」 あの人と鉢合わせしたくない。けど、また風に吹かれて飛んで行ってしまうかもしれないと思うと、じっとはしてられなかった。 何かされそうになったら大声を出せばいい。そんな安易な考えで、下へと下りて行った。「んと~……あ、あった!」 無事にタオルは回収できた。早く部屋にもどならきゃ。と踵を返したところで「結花ちゃん?」 自分の名を呼ばれて、思わず振り返った。 そこには、自分の主治医で自分の命を救ってくれた先生。奏が立っていた。「え?なんで先生がいるの?」 この国で知り合いに会えた喜びと、何故ここにいるのかという困惑がいっぺんに襲い掛かってきた。「あ、ああ、たまたまここを通りかかったんだ」 「そうなんだ!す
高層ビルが立ち並び、忙しなく人々が行きかう街中を縫うように煌が歩いている。皺ひとつないスーツに身を包み、颯爽と歩く姿は道行く人の目を奪ってくる。 煌は高層マンションの前で足を止め、顔を見上げてマンションを眺めながら口元を緩めた。「……長かった」 ぽつりと呟き、中へ入って行った。 「あ、煌くんおかえり!」 「ただいま」 玄関を開けると、結花が飛びついてくる。「ほら、結花、煌は疲れてるんだから離れなさい」 その後から柚が駆けてくる。不満そうな結花を離すと「おかえり」と優しい声がかかる。この瞬間が何よりも幸せを感じられる。「疲れたでしょ?ご飯できるわよ」 「ああ」 ネクタイを解きながら、柚の背中を眺めていた。「ん?どうしたの?」と怪訝な顔をした柚が顔を覗かせてくる。警戒心の全くない様子に、少しだけイラつく。 出来る事ならこのまま押し倒して、自分のものにしてしまいたい。息が出来ないほどキスをして、貪るように身体を重ねたい。 そんな衝動をグッと堪え、笑顔を作りなおした。「こうしてると本当の夫婦みたいだな」 「え!?」 耳元で囁くと、顔を赤らめて分かり易く動揺している。(それでいい) そうして俺を男だと認識していけばいい。ここには邪魔者はいないのだから……(早く俺に堕ちてこい) 欲望が渇欲となって襲ってくる。こんな醜くて恣意的な感情は柚に知られないようにしなければならない。 柚の頭を優しく撫でると、逃げるようにキッチンへと行ってしまった。「逃げられたか」 クスッと微笑みながら、自分の部屋に入り素早く着替えを済ませ、リビングへと向かった。リビングに入ると、すぐにいい匂いが鼻に匂ってくる。 テーブルには温かい料理が用意されいて、結花も箸を並べたりと柚の手伝いをし