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6話

Author: 東雲桃矢
last update publish date: 2026-06-16 23:33:59

 ビルから出ると、リムジンが停まっていた。ボディガードのひとりがドアを開ける。秋明は何食わぬ顔でリムジンに乗ると、困惑しながら立ったままの百合に目を向ける。

「何ぼさっと突っ立ってるんだ。はやく乗れ」

「え、えぇ……」

 おずおずとリムジンに乗り、百合は目を見開く。L字型をした革張りの座席があり、その向かいには小さなバーカウンターを想起させるテーブルがある。小型の冷蔵庫と食器棚もあり、食器棚の中には高そうなグラスが並んでいた。

「お前は俺の隣に座るんだ」

「分かったわ」

 少し距離を作って座ると、秋明はあからさまに不機嫌になる。どうしたらいいか分からずにいると、秋明は距離を詰め、百合の肩に手を回す。

「俺の隣に座る時は、この距離だ。いいな?」

「え、えぇ……」

「なんだ、不満か?」

「いえ。ただ、近いな、と……」

 秋明と体が密着し、彼の体温が伝わってくる。よく知らない男の体温は、居心地が悪いものだ。

「生娘じゃあるまいし、今のうちに慣れておけ。契約書を読む時に再度言うが、公の場では妻として振る舞ってもらう」

 契約書という言葉に、矢絃の父が母を縛っていた契約書を思い出し、顔をしかめる。

「安心しろ、俺は契約書に妙な小細工をするような狡い男ではない。……だが、警戒心を持つのは悪くない。特に、これからお前が入る世界は、嘘で溢れているからな」

 秋明の言葉に身を固くする。はやり、自分はとんでもない世界に飛び込まなければならないようだ。

 怯えていると、顎に手を添えられ目を合わされる。オニキスのような黒く力強い瞳に見つめられ、声が出ない。

「いいか、今からお前は俺の所有物だ。俺は所有物は大事にする。そう簡単に妙な奴を近づけさせたりしない。だが覚えておけ、守ってやる代わりに演技は最後までやり切れ」

「えぇ、もちろんよ。やるからにはしっかりやるつもり」

「そうか、期待しているぞ」

「ところで、どこに向かっているの?」

 外を見ると、リムジンは都会を離れ、寂しいところを走っている。てっきり都内にある彼の豪邸に行くと思っていた百合は、不安になって尋ねる。

「この先にうちが所有してる山があって、山頂に別荘がある。目的地はそこだ」

「そう……。ひゃっ!?」

 不安でうつむくと、首筋を撫でられて妙な声を出してしまう。

「いい声を出すじゃないか」

 秋明は喉を鳴らすように意地悪く笑う。百合は恐怖を感じながらも、首筋に甘い痺れを感じた。

(やっぱり、そういうこともするのね……)

 秋明の触り方に、契約の中に肉体関係もあると悟った。薄々そんな気はしていたが、気づかないふりをしていた。

(いい加減、腹を括らなきゃ)

 覚悟を決めようとするも、流産したばかりの体はそれを拒絶するようにかたくなる。

 リムジンは山を登り、山頂の豪邸に停まる。とても山頂とは思えない豪奢な建物に、百合は目を丸くする。

「すごい……」

「見上げてても何にもならん。入れ」

 秋明に手を引かれ、豪邸の中に入る。少しでも余裕があれば見回していただろうが、不安で自分の手を引く秋明の背中から目が離せない。

 秋明は執務室と書かれたプレートが飾られたドアを開けて中に入ると、百合をソファに座らせる。彼は窓際のデスクの引き出しから書類を引っ張り出し、百合に手渡す。

「これが契約書だ。声に出して読め」

「え……?」

「何度か確認してあるが、契約書に不備があってはお互い困るだろう。だから声に出して読め」

「そういうことね……。分かったわ」

 百合は契約書を手に取り、ざっと目を通すと口を開く。

「乙方は契約期間内、甲方のあらゆる親密行為の要求に無条件で協力しなければならない。これには、公の場での身体的接触、私的な場での交流を含むがこれに限らない。また、いつでもどこでも秋明の性的要求を満たし、関係の信憑性を確保しなければならない」

(やっぱり、肉体関係も必須なのね……)

 契約書を読みながら、気が沈んでしまい、音読が止まる。秋明は不機嫌そうに百合を見る。

 「どうした、続けろ」

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