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96話

Penulis: 東雲桃矢
last update Tanggal publikasi: 2026-09-05 11:00:53

「俺の狙いは、妻夫木財閥の失墜や」

「なんですって?」

「今日、妻夫木サンは大事な商談があるやろ? 妻夫木サンには既に、アンタを誘拐したから来いってメールしといたわ」

 今日、秋明には大事な商談があると、百合も知っていた。5億の商談を投げて、秋明が来るとは思えない。来るとしても、秋明ではなく別人だろう。

「あの人、お金と人脈は腐る程あるのよ? ボディガードだって雇ってるような人だもの。そういう人達に任せて、おしまいじゃない?」

「流石に居場所までは教えてへんよ。指定した場所についたら、場所と本人が分かる写真を送るように伝えてある。他の誰かが来たら、あんたを殺すって言ってある」

(はぁ、この男も遺産目当てなのかしら?)

 絶望を通り越して、ヤケになった。誰もが百合が相続する遺産目当てで、百合自身を見てる人など、ひとりもいない。実体がないに等しい遺産にも、それに群がる男にも、辟易としていた。

「妻夫木秋明は、何よりも利益を大事にする男や。きっと来ぉへん。そしたら、妻を見殺しにした男としてマスコミに売る
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     迷った挙げ句、百合は自宅に帰ることにした。秋明の書斎に入り、鍵付きの引き出しを開ける。引き出しの中は以前と同じだ。 百合は椅子に座ると、封筒を手に取り、アレグリアの文字を指先でなぞる。アレグリアがどんな宝石店だったのかは、百合は知らない。存在自体を知ったのも、最近だ。「ここに、手がかりが……」 ずっと見たいと思っていたのに、真実が近づいていると思うと、言いようのない恐怖に手が止まってしまう。「もう、情けないわね、私ったら。知るために探偵を雇ったりしてたのに。はっきりさせないと意味ないでしょ」 自分にそう言い聞かせ、封筒を開けた。中には数枚の写真と、書類が入っている。「これは……」 写真は昔のもので、若い宝生夫妻が、赤ん坊を抱っこして店の前で笑っている。看板には、アレグリアと書かれていた。 他の写真には、幼稚園児くらいの百合や、店内が写っている。最後の1枚に、百合は釘付けになった。「もしかして、これって……!」 写っていたのは、ひとつのネックレス。台座にはドーム状の赤い宝石がはめ込まれており、宝石には薔薇が彫刻されている。「これが、ローズジュエリー……」 古い写真越しでも、その美しさや繊細さが伝わる。実物はもっと美しいだろう。矢絃や秋明が欲しがるのもうなずける。この技術を手に入れたら、きっと売れる。 しばらく写真を眺めた後、書類に目を通す。書類には、アレグリアの売上が書かれていた。どの数字も好調に見える。こうして見ると、アレグリアが愛されていたと分かるが、潰れた理由は分からない。「よし、行こう……!」 百合は書類や写真を封筒に戻すと、クリアファイルに入れ、大きめのバッグにしまい、車を走らせた。 ついたのは藤子の家。どうやら収穫を終えたらしく、畑はがらんとしていた。 インターホンを押すと、藤子が眠そうに目をこすりながら出てきた。「あら百合! 

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     翌日、百合は秋明の元へ見舞いに行った。意識は戻っていたが、顔色はイマイチ良くない。「秋明さん……。よかった、意識が戻って」「百合、来たのか」「当たり前でしょ、私はあなたに助けられたんだから。秋明さんには謝らないといけないわね。私がもっと、秋明さんの話を聞こうとしてれば、こんなことにならなかったかもしれないのに……。 自分が何者か分からなくなって、正気じゃなかったわ。ごめんなさい」「お前が謝ることはない。俺も、隠し事をし過ぎた。こういうことに巻き込みたくなかったから、お前には黙ってたんだが、もう隠す必要もないな」「聞かせてくれるの?」「あぁ、分かっていることだけな。俺達の祖父母は、同じ志を持ち、同盟を組んだんだ。まぁ、父親同士は不仲で、交流が途絶えたがな」「だったら、あの写真はなんなの?」「あの写真? あぁ、引き出しに入ってた写真のことか。どうやら母親同士は仲が良かったようだ。ただ、父親同士が不仲なのと、うちが引っ越して海外に行ったことで、交流はなくなったらしいがな」「そうだったの……」「そのへんの詳細は俺も知らない。父はとっくに他界したし、母は喋りたがらないんでな」「そう……。ねぇ、アレグリアについて教えて」 アレグリアの名前を出した途端、秋明は険しい顔をした。「アレグリアの件は、まだ調査中だ。分かっているのは、熊谷家が絡んでることと、金庫が熊谷家にあることくらいだ」「それなら、どうして矢絃さんは、一緒にいる時に何も聞いてこなかったのかしら?」 そこがずっと気になっていた。百合を誘拐しようとした際、矢絃は金庫は自分が持っていると言っていた。それなら、婚約時に百合か藤子に聞けばいい。特に藤子は契約で使用人をしていたのだから、聞くには持って来いだろう。「百合の母親と契約をしたのは、おそらく矢絃の父親だ。だから矢絃は、お前達親子の価値に気づかなかった。アイツが遺産について

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     程なくして救急車が2台到着し、ふたりを運ぶ。百合は秋明がいる救急車に乗り、秋明の手を握った。「お願い、助かって……!」 病院に着くと、紫苑は既に到着していた。「奥様、大変でしたね。一緒に待ちましょう」「紫苑……。どうしよう、私のせいで……」「奥様のせいでは……」「私のせいよ! 私がもっと、秋明さんと向き合って話をしていれば……。秋明さんは、話そうとしてくれたのに、私がかっとなって家を出て、それで誘拐なんかされて……。商談を駄目にしちゃったし、あんな大怪我まで……」 顔を覆い、うつむく百合の肩に、紫苑は手を置いた。「奥様、どうかこれ以上、ご自分を責めないでください。分かりにくいでしょうが、秋明様は何よりも奥様を大事にしています。あの方は奥様を泣かせるために助けたのではありません。それに、秋明様も悪いんです」「え?」「奥様にも私にも、いくつもの隠し事をしているんですから。疑われて当然ですよ。大事にしているのなら、もっと打ち明けてくれてもいいのに……」 百合は紫苑の言うことに同調し、うなずいた。紫苑は今まで、秋明は百合を大事にしていると言っているが、隠し事があまりにも多すぎて、本心が見えない。そのせいで、本当に大事にされているとは思えなかった。「奥様。秋明様はとてもタフな方です。子供の頃だって、落馬しても擦り傷だけですんだような人ですから。だから、今回もきっと大丈夫ですよ」「そうね……。ありがとう、紫苑」 百合は秋明が生還することを祈りながら、手術が終わるのを待ち続けた。 2時間後、手術中のランプが消え、医師が出てくる。「手術は無事成功しました。しばらくは絶対安静が必要です」「ありがとうございます……! 紫苑&hellip

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     服に手をかけられるのと同時に、銃声がした。「あ?」 正樹は何事かと顔を上げる。(きっとボディガードね) こんな状態だというのに、百合は冷静だった。百合は秋明の命令でGPSを身に着けている。それもひとつだけではない。バッグの底、イヤリング。そしてスマホ。 おそらく、百合が気づいてないだけで、他にもあるだろう。バッグとスマホは車の中だが、イヤリングはつけっぱなしだ。 足音がこちらに近づき、正樹は百合を抱き起こす。ドアが開くのと同時に、銃声がした。大きな音に、百合は固く目を閉じる。「随分ふざけたことをしてくれたな、中務正樹」(嘘……!) 聞き馴染みのある声に目を開けると、秋明が銃を構えて立っていた。「どうやってここに……」 正樹は目を見開き、秋明を凝視する。「そんなことはどうでもいい。妻を返してもらおうか」 秋明が来たことに安堵していると、硬く冷たいものがこめかみに押し付けられる。「物騒なおもちゃを持ってるのは、自分だけや思うたら大間違いや。奥さんが大事なら、それ捨ててくれへん?」 秋明は銃を、正樹の足元めがけて放り投げる。(そんな……) 簡単に武器を手放した秋明を見て、百合は絶望した。これでは秋明が殺されてしまう。おそらく百合も、無事ではすまない。「両手を上げてそこに座り」 秋明は両手をあげ、ゆっくり膝をつく。正樹は秋明に銃口を向ける。正樹が引き金を引くのとほぼ同時に秋明が動き、後ろに隠していた銃で正樹の太ももを撃つ。 正樹が悲鳴を上げて倒れると、百合は秋明に駆け寄った。「秋明さん!」 命の危険から解放された百合が秋明に抱きつくと、うめき声をあげる。「秋明さん? やだ!」 秋明の脇腹から血が出ていた。百合は慌てて秋明のポケットからスマホを出し、救急車を呼ぼうとするも、秋明に手を掴まれる。「紫苑に、連絡してくれ……」 こんな時に何を

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    「俺の狙いは、妻夫木財閥の失墜や」「なんですって?」「今日、妻夫木サンは大事な商談があるやろ? 妻夫木サンには既に、アンタを誘拐したから来いってメールしといたわ」 今日、秋明には大事な商談があると、百合も知っていた。5億の商談を投げて、秋明が来るとは思えない。来るとしても、秋明ではなく別人だろう。「あの人、お金と人脈は腐る程あるのよ? ボディガードだって雇ってるような人だもの。そういう人達に任せて、おしまいじゃない?」「流石に居場所までは教えてへんよ。指定した場所についたら、場所と本人が分かる写真を送るように伝えてある。他の誰かが来たら、あんたを殺すって言ってある」(はぁ、この男も遺産目当てなのかしら?) 絶望を通り越して、ヤケになった。誰もが百合が相続する遺産目当てで、百合自身を見てる人など、ひとりもいない。実体がないに等しい遺産にも、それに群がる男にも、辟易としていた。「妻夫木秋明は、何よりも利益を大事にする男や。きっと来ぉへん。そしたら、妻を見殺しにした男としてマスコミに売る」「そうね、来ないと思うわ。さっさとマスコミにでも売ったら」 百合がそっけなく言うと、正樹は一瞬目を丸くし、声を上げて笑った。「はは、契約で結婚しただけあるわ。信頼してないんやねぇ」「してるわけないでしょ。それに私、契約を解除したいの」「それなら、俺の妻にでもならへん? かわいがったるよ」「お断り。どうせあんたも、遺産目当てなんでしょ」「遺産? よぉ分からんけど、遺産なんかどうでもええ。俺はただ、妻夫木財閥が目障りなだけ」「そう」「そっけないなぁ。自分の命もかかっとるかもしれへんのに」「あの人は王子でも騎士でもないし、私だって、お姫様じゃない。『あの人はきっと来るわ!』なんて、馬鹿げたこと言うとでも?」「あっはは! あんた、思ってたよりもずっとおもろいわ。なぁ、本気で俺のモンにならへん? どんな契約か教えてくれたら、契約解除手伝うで?」「何度も言わせないで。

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     百合が目を覚ますと、見慣れない部屋にいた。家具は一通りそろっているが、生活感がない。まるでモデルルームのような部屋だ。「ここは……、どこなの?」 見回すが、誰もいない。 百合はまだぼんやりする頭で、必死に考えた。事故に遭いかけ、落ち着こうとコンビニで紅茶を買ったところまではスムーズに思い出せた。「確か、誰かにスプレーをかけられて、それで……」 関西訛りのゆったりした喋り方の男に声をかけられたのは覚えているが、相手の顔は覚えていない。記憶が正しければ、ほとんど見れなかった。「逃げなきゃ……」 起き上がろうとしたが、足が開かない。見てみると、足がテープでひとまとめにされていた。どこにも繋がれてはいないが、これではうまく動けない。 手には手錠がかけられていた。後ろ手ではなく、前にまとめられたのは、不幸中の幸いと言えよう。「はぁ、デジャブ……。ううん、あの時よりまずいかも」 思い出したのは、前の会社の同僚である愛佳に誘拐された時のこと。愛佳は百合を愛しているがゆえに誘拐した。だから、命は奪われないという確証があった。 今回の誘拐犯は、関西訛りの男ということしか分かっていない。百合の知り合いに、そんな男はいなかった。つまり、相手の目的を読むことすら出来ない。 百合はソファから転がり落ちると、転がって室内を移動し、手錠の鍵か刃物がないか探し回った。棚の前で起き上がろうとしたところで、ドアが開いた。驚いてそちらを見ると、着流しを着た青年が百合を見下ろし、笑みを浮かべていた。「随分とアクティブな人質やなぁ」 その声は、スプレー男のものだ。「あなたが私を誘拐したのね? どういうつもり?」「はは、結構気が強いんやねぇ。ますます気に入ったわ。せっかくやし、座っておしゃべりせぇへん?」 男は百合に近寄り、抱き上げる。「触らないで!」「こらこら、暴れたら落ちて怪我すんで?」「あなたに触られるよりはマシよ!」「はいは

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     百合は疲れ切った顔で家に帰る。あの後、秋明と情報を共有していて遅くなってしまった。彼は百合が矢絃の家に住んでいると知ると、新しい家を用意するからすぐに出られるようにしろと言っていた。 これは百合にとって嬉しい話だ。1秒でもはやく、この家から出たいと思っている。(色々話したいけど、母さんはもう、寝てるだろうな……) 腕時計を見ると、もう12時になろうとしている。早朝から仕事がある母はきっと寝ているはずだ。(私も、シャワー浴びてはやく寝よう……) 自室に戻ることを考えながら玄関の前に立つと、ドアが開いた。「母さん……!」「おかえり、百合」 パジャマにカーディガンを羽織った母・藤

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