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30話

Author: 東雲桃矢
last update publish date: 2026-03-23 16:46:20

「ですが、大丈夫ですか?」

「え?」

「水月家の人間は、冷徹だと聞きます。現当主がどういう方かは知りませんが、先代は血も涙もない悪名高い男でしたから……」

 山畑先生の気遣いが、ただただ嬉しかった。水月家がよく思われていないのは、うたも前から知っていた。だが、母もそうだが、皆文彦の悪口ばかりでげんなりしていた。

「文彦さんは、とても優しい方です」

「そうですか。もしよければ、新しい暮らしについて、教えてくださる? きっとあなたが今している貴重な経験は、今後活かされていくはずですから」

「役に立つかは分かりませんが……」

 うたは水月家で学んだことや、苦労したことなどを話した。山畑先生は真剣に聞き、時にはメモをとっていた。

「ありがとうございます。今後の教育に、きっと役に立たせます」

「はぁ、お役に立てたのなら、何よりです」

 教室に戻ると1時限目がちょうど終わったところで、女生徒達がうたに群がってくる。休んでた間の授業について聞くと、蜘蛛の子を散らすように散っていくのだから、分かりやすい。

 久しぶりの女学校はイレギュラーなことこそあれど、無事に終わった。

 校門に立ち、馬車を待つ。
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  • 怪人の花嫁   34話

    「起きてください!」 翌朝、ふさのけたたましい声で目を覚ました。「やかましいですね……」 次に聞こえてきたのは、文彦の眠そうな声。 意識が次第に覚醒していき、彼の腕の中で眠ってしまっていたことに気づき、飛び起きる。「す、すいません! 私、あのまま寝てしまって……!」「構いません。むしろ、礼を言いたいくらいです。あなたがあたたかいから、久しぶりによく眠れました」 珍しく穏やかな笑みを浮かべる文彦に、どう返そうか考えていると、ふさの咳払いが聞こえた。「奥様、支度をしてください。遅刻しますよ」「あ、はい。では、失礼します」 急いで自室に戻り、支度を済ませて食堂へ行く。同じ時刻に起きたというのに、文彦は先に座って朝食を食べていた。「遅くなってすいません」「急いで食べたほうがいいようですよ」 時計を見ると、屋敷から出ていく時間まで、あと10分ほど。「いけない!」「仕方ありません、マナーなど気にせずにお食べなさい」 文彦はそう言うが、汚い食べ方をするつもりなどない。うたはマナーを守りつつ、急いで食事を済ませた。「では、行きましょうか」「はい」 文彦と共に馬車に乗り、女学校に向かう。「ところで、なにか欲しいものはありますか?」「え?」「あなたのおかげで快眠だったので、何かお礼をしようと思いまして」 改めて文彦の顔を見ると、機嫌も肌艶もいい。うら若き乙女のうたでさえ嫉妬するほどの張りとツヤだ。「私はなにも……」「物欲がない人ですね。では、新しい服でも作りに行きますか」「いえ、そんな、大丈夫です」 初めて仕立て屋に行った日から、定期的に新しい服が届くため、未だに袖を通せていない服が何着もある。これ以上増えたら、クローゼットの余白がなくなってしまう。「あの、ものではなく、お願い事でもいいですか?」「小生にできることでしたら」「名前を、呼んでくれませんか? うた、と」 文彦は境界線でも引くように、ずっとうたの名前を呼んでこなかった。それがずっと寂しくて、どうしたら呼んでくれるか考えていた。「……妙な願い事を」 呆れ返るような言葉とは裏腹に、彼の表情は穏やかで優しい目をしている。「うた」「はい」「これでいいですか?」「はい」 名前を呼ばれたのが嬉しくて文彦を見上げていると、彼はため息を付き、うたを乱雑に抱き寄せ、

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     そんな目まぐるしい日常の中、うたの中で大きく変わる出来事が起きた。日曜の午前、うたはいつものように洗濯物を干していた。大きなシーツにうたが隠れていたせいで彼女に気づかなかったのか、サボりに来たであろう使用人達の悪口大会に出くわしてしまったのだ。「はぁ、こんなところ、やってらんないわ。怪人の使用人なんて、いつ殺されるか分かったもんじゃないよ」「給料がいいんだけどねぇ」(なんて言い草なの……!) 怒りで拳を固くする。いつもなら「また幼稚な戯言が始まった」と思うのだろうが、多忙で余裕がない今のうたには、不愉快だった。「にしても、あの化け物。ついに女を拐ってきたか」「しかも、あれでも一応華族なんだろ? そうは見えないけどな」「あはは、確かに。ちょっと可愛いけど、なんか野暮ったいのよねぇ」(鏡を見たことがないのかしら) 自分を嘲笑う使用人達に、うたは小首をかしげた。人の顔をとやかく言うのは好きではないが、彼女達の顔立ちが上品だとはお世辞にも言えない。性格の悪さが顔に出て下品だ。「でも、ちょっと可哀想かもね。私達も十分不幸だけど、あの怪人の相手をしないといけないんだから」「本当よね。よりによって、自分の家族を殺すような怪人となんて」「私だったら自殺してるかも」「確かに。人殺しの嫁なんて嫌よ。それも、怪人の嫁なんて」(ひどい……!)「あなた達、最低ね!」 それだけ言うと、うたは中途半端な洗濯物を残して、自室に戻った。ベッドに座って息を整え、愕然とする。(あぁ、私……。文彦さんのことが好きなんだ……。愛してるんだ……) 自分のことを言われてもいつものように流せたのに、文彦のことを言われて怒ったのが、愛した証拠だ。「でも、文彦さんは……」 いつも気遣ってくれるが、夜伽はどこか冷めていて事務的なものだった。気づかないようにしようと思ってはいても、嫌でも分かってしまう。 指が無意識に唇に触れる。躯は男を知ったというのに、唇は未だに無垢なまま。文彦は1度も口付けしてくれない。 ドアがノックされ、慌てて起き上がる。「は、はい」「小生です。今、よろしいですか?」「どうぞ」 文彦は部屋に入るなり、訝しげな顔をしてうたを見る。うたは自分がなにかやらかしてしまったのかと考えるが、心当たりはない。「急いで部屋に入っていくのが見えたので。またあの

  • 怪人の花嫁   30話

    「ですが、大丈夫ですか?」「え?」「水月家の人間は、冷徹だと聞きます。現当主がどういう方かは知りませんが、先代は血も涙もない悪名高い男でしたから……」 山畑先生の気遣いが、ただただ嬉しかった。水月家がよく思われていないのは、うたも前から知っていた。だが、母もそうだが、皆文彦の悪口ばかりでげんなりしていた。「文彦さんは、とても優しい方です」「そうですか。もしよければ、新しい暮らしについて、教えてくださる? きっとあなたが今している貴重な経験は、今後活かされていくはずですから」「役に立つかは分かりませんが……」 うたは水月家で学んだことや、苦労したことなどを話した。山畑先生は真剣に聞き、時にはメモをとっていた。「ありがとうございます。今後の教育に、きっと役に立たせます」「はぁ、お役に立てたのなら、何よりです」 教室に戻ると1時限目がちょうど終わったところで、女生徒達がうたに群がってくる。休んでた間の授業について聞くと、蜘蛛の子を散らすように散っていくのだから、分かりやすい。 久しぶりの女学校はイレギュラーなことこそあれど、無事に終わった。 校門に立ち、馬車を待つ。その間も結婚について聞いてくる女生徒がいてげんなりし、馬車がはやく来ることを祈った。 だが、いざ馬車が来ると、不躾に馬車の中を覗き、文彦の顔を見た女生徒が、黄色い声を上げてどこかに行き、やかましかった。「なんですか、あれば」「すいません、同級生です……」「あなたも苦労するのですね」「えぇ、まぁ……。でも、楽しかったです」「そうですか」 いつもどおりの無表情だが、眼差しは優しいものに感じられた。 それからうたの日常は忙しないものになっていった。女学校が終われば、花嫁修業と言う名の使用人からのいびりに、文彦とのテーブルマナーの練習。食事と湯浴みが終わると、予習をしなくてはならない。土曜の夜は文彦との夜伽があるから、土曜の予習は日曜にする。 唯一休めそうだと思っていた日曜は、文彦に食事以外のマナーを教わるのに忙しく、まとまった自分の時間を持てない。

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